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chapter3

step.21-3 理想と現実

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 入学したばかりの、ある4月の昼休み。

「そういえば帝人は部活入るの?」

 お弁当を広げながら、ボクはなんとなしに問いかけた。

「俺は予備校入るから無理かな。汐崎くんは?」

「俺は陸上部に入ってる」

 汐崎くんはいつもの様子で淡々と答える。今日の昼ご飯はお好み焼きパンだ。

「ぅえっ、ガチのヤツじゃん」

 ボクは呻いた。

 全国津々浦々から、猛者が集まり集められた当高の陸上部は全国大会優勝の常連で、最も厳しい部活だと聞いている。
 1年時の下積みは半端なく過酷で、3ヶ月と経たずに新入部員の8割が辞めるらしい。
 そんな部に好き好んで入るなんて、汐崎くんはマゾなのかな、なんて思えば、

「スポーツ推薦だから」

「そんな凄いの!?」

 彼はガチ勢だった。

「凄いかどうかは知らないが」

「いやいやいやいや、猛者じゃん」

 裏返った声を漏らすボクに、彼はキョトンとする。

 スポーツ推薦ってことは、学校が「コイツは功績を残す」って期待しているという意味だ。
 この全国区常勝の高校で。それってめちゃくちゃ凄いことだと思う。

 涼しい顔して汐崎くん、侮れない……

「頼久くんは? 部活何入るの?」と、帝人。

 問われた彼は食べ終わったクリームパンの袋をぐしゃりと潰すと口を開いた。

「俺はバイト。今、面接の結果待ち中」

「あ、ニャン太と同じだね」

「同じってか、ボクのは父さんの居酒屋手伝うだけだけどね」

 ボクは野菜炒めを突きながら応える。

「大変じゃん」と頼久くん。ボクはゆるく首を左右に振った。

「そうでもないよ。ちゃんとバイト代出るし、彼女のためにもしっかりお金貯めとかなきゃ」

「えっ!? ニャン太恋人いたの!?」

 目を丸くする帝人に、ボクは自信満々に答えた。

「まだいないけどね。でも、備えあれば憂いなしって言うでしょ?」

「狸の皮算用……」

「何か言った?」

 ボソリと呟いた頼久くんを睨みつける。
 彼は大袈裟に肩を竦めた。

「いや、何も」

* * *

 翌日の夕方。
 父さんの居酒屋に行くと、エプロン姿の新しいバイトメンバーを紹介された。

「今日から入るバイトの――」

「頼久です……」

 満面の笑みで新しいバイトメンバーを紹介してくれた父とは裏腹に、ボクと頼久くんは微妙な表情で顔を見合わせた。

「なんだ、なんだ、知り合いか?」

「う、うん……クラス、メート……」

「おおっ、父さんの目論み通りだな!」

 ボクの答えに父は呵々大笑した。

「同じ学校、同じ学年って聞いて即採用したんだよ。ほらな、帰宅部じゃ友達も出来ないだろうし、父さんのせいで寂しい高校生活になったら申し訳ないからさ」

「えー……そんな気遣いいらないよー……」

 ガクリと肩を落とす。

 なんで学校でつるんで、バイト先でもつるまないといけないんだ……。

「それじゃあ、新人の教育はニャン太に頼むぞ」

 父さんはなんだか晴れ晴れとした顔でボクの肩をバンバン叩くと、キッチンに入っていった。

「よろしく、根子くん」

 気を取り直したように頼久くんが言う。

「やめてよ。キミに根子くんって言われるとゾゾッとする……」

 もう決まっちゃったもんはしょうがない。
 しょうがないんだけど……なんだか落ち着かない。

「いや、まさかお前んとこの店だとは思わなかったわ。店長の苗字も違うし」

「母さんと父さん今は結婚してないからね」

 軽く話題を流しつつ、ボクはホールを案内する。
 席数は50。竹の間仕切りがある奥まった席は団体用だ。

「この席、キッチンからだと見えないからお皿下げるのちょっと気をつけて欲しいかな」

「わかった」

「ひとまずメニューとテーブル番号覚えて。ホール慣れたらドリンクとレジのやり方教えるね。うち、個人店で人手少ないから最終的にはキッチンも入って貰うと思う」

「おう」と頷いて、頼久くんはテーブル席を再び巡り番号を確認していく。
 その緊張した横顔に、優越感というか……不思議とニヤニヤした。

「あ。あと、ボクのが先輩だから。ちゃんと敬うように」

「センパイこえー。後輩は可愛がってくださいよー」

 頼久くんはいつもの調子に戻ると、ケラケラ笑った。
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