111 / 211
chapter3
step.21-2 理想と現実
しおりを挟む
* * *
「ら、頼久類……」
億劫そうに身体を起こした頼久類に、僕は思わず呟いた。
「ああ?」と、彼は形の良い眉を持ち上げる。
「フルネーム呼び捨てにされるほど、俺はお前のこと知らねぇんだけど」
ズボンのポケットに手を入れて、肩を怒らせる。
――今にして思えば類ちゃんが言ったのは当たり前のことなんだけど、あの時のボクには彼の言いざまはかなり衝撃的だった。
「み……帝人! コイツ、猫被ってた!! 儚げな美少年じゃないじゃん! 柄悪いヤンキーじゃん!」
「ちょ、ニャン太っ……」
「信じられない! みんな騙されてたんだ!」
「うっっっっっっぜぇ」
鼻に皺を寄せて、頼久類が吐き捨てる。
彼は不機嫌そうに目を細めると蔑むようにボクを見下ろした。
「勝手なイメージ押し付けてキャンキャン喚いてんなよ、このチビ」
「チビ!?」
「ご愁傷さまだな。牛乳飲んでも背は伸びねぇぞ」
手にしていた牛乳に目線を向けて、彼はニヤリと口の端を持ち上げる。
ボクはパクパクと口を開閉させて整った顔を見上げた。
ギャップとかそういうレベルの話じゃない。
なんだコイツ。ぜんっぜん見た目と中身が違うじゃないか!
「落ち着いて、ね、ニャン太。彼もビックリしてるし」
帝人がボクの腕を掴むと、地面に座っていたもうひとりの男子生徒を示す。
彼はパンを口に咥えたまま、ものすごく険しい顔をして固まっていた。
彼は、ええと、確か同じクラスの……
「君、汐崎くん……だよね? 同じクラスの」と、帝人。
かなりの間の後、汐崎くんは頷いた。
「……そうだけど」
「一緒にご飯食べてもいいかな?」
「別に……」
彼のすぐ隣に腰を下ろそうとした帝人にボクは仰天する。
「な、何言ってんの、帝人!?」
「え? でも、ここでお花見するって……」
「汐崎くんはいいとしても……ボクは頼久くんと一緒に食べるのなんてごめんだよ! ご飯がマズくなる!」
「俺もお断りだ。一緒にいてチビがうつったら困る」
すかさず頼久くんが言う。ボクはお弁当を持つ手を振り上げた。
「チビチビチビチビうるさーーーい!」
「わぁあああっ! ニャン太、ニャン太、ストップ!」
帝人に背中から羽交い締めにされる。
頼久くんは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてフッと噴き出した。
「小型犬ほどよく吠える」
「きぃぃぃいいいい!」
「もう、頼久くんも煽るのやめてよ!」
「煽ってねぇよ。ホントのことじゃん」
プチンと来た。
ああもう、小型犬らしく噛みついてやろうか……!
ボクは帝人を振り払うと、頼久くんに掴みかかろうとする。
「うわっ……」
「あ――」
と、帝人の大きな身体が傾いで、支える間もなく彼は汐崎くんの上に倒れ込んだ。
「帝人、ごめ――っ」
「ごめん、汐崎くん! 大丈夫!?」
「……大丈夫じゃない」
急いで身体を起こした帝人に、フリーズしていた汐崎くんは静かに言った。
食べかけのパンが地面に転がっている。
彼は制服をはたきながら短く吐息をこぼすと、落ちたパンを拾った。
「ほ、本当にごめん。代わりのパン買ってくるよ」
「いや……」
「あの……ヤキソバパン好き? これ、まだ口付けてないから……」
「悪い。はしゃぎすぎた」
購買で買ったパンを差し出せば、頼久くんも同じようにしてカツサンドを差し出した。
ボクらは顔を見合わせて、同時に苛立たしげに顔を背ける。
汐崎くんはじっとヤキソバパンとカツサンドを見比べていた。それから、小さく首を振った。
「そんなに食べられない」
そう言いながらも、彼はボクらの差し出したパンを手に取った。
「から、半分ずつ貰う」
「え、あ、うん……」
半分ずつとは思っていなかった。
彼はヤキソバパンの袋を開けると半分ちぎり取った。それからゆっくりと食べ始める。
所在なく立っていると、彼は不思議そうにした。
「……座れば?」
頼久くんが彼の隣に腰を下ろす。帝人も同じようにしてから、お弁当を広げた。
ボクも渋々座った。
「桜、キレイだね」
帝人が桜を見上げて、のほほんと言う。
ボクは複雑な気持ちでお弁当の包みの結び目を見下ろした。
お昼休みは限られているし、帝人もご飯食べ始めちゃったし、ボクだけ移動する気にはなれない。だからってお弁当を開ける気にもなれない。
「あ。汐崎くん、春巻き好き?」
帝人は気にせず、汐崎くんに声をかけた。
「嫌いじゃない」
「じゃあ、これ。お詫びにどうぞ」
「お前が詫びる必要はないと思うが。……貰う」
お弁当の蓋に乗せた春巻きを、汐崎くんが指で摘まむ。
頼久くんもカツサンドの半分を春巻きの横に置いてから、食事を始めた。
ボクは大きな溜息をついて。お弁当の包みを広げた。意地を張って午後お腹が空く方が馬鹿らしいと思った。
「飯マズくなるから俺と一緒に食うのはイヤだったんじゃねーの?」
頼久くんがカツサンドを頬張りながら言う。ボクはじと、と彼を睨んだ。
「そっちこそチビが移ってもいいわけ?」
「少しくらい縮んでも問題なかったわ。お前と違って俺タッパあるし」
こめかみがヒクつく。
ボクは何も聞かなかったことにして、お弁当を掻き込んだ。
「そ、そういえば、汐崎くんと頼久くんって同じ中学なの?」
気まずい空気に耐えかねたのか、帝人が問う。すると汐崎くんは首を左右に振った。
「違う」
「じゃあ、どうして……」
「俺がナンパした」と頼久くん。
「ナンパされた」
汐崎くんが淡泊に同意する。
「そ、そうなんだ……」
ボクは飲み込むようにお弁当を平らげた。
それから努めて頼久くんの声を頭の外に追い出しつつ、帝人がご飯を食べ終わるのを待った。
彼は急ぐ様子もなく、マイペースにお弁当を食べていた。
* * *
その日の帰り。
家の最寄り駅を帝人と一緒に出たボクは、足を踏みならしながら改札を出た。
強い風が吹いて、はたはたと髪を揺らす。
ボクは風に負けじと夕日に吠えた。
「ムカつくムカつくムカつく!」
午後の授業が終わっても、頼久くんのニヤついた顔が離れなかった。
「まだイラついてるの? ニャン太、これから背伸びると思うし気にしなくていいと思うけど……」
帝人が困ったように言う。
ボクは鼻息荒く彼を振り返った。
「怒ってるのはそっちじゃないよ。すっごい裏切られた気分なの! アイツ、めっちゃ猫被ってたんだよ? 皆騙されてるんだよ!?」
「ええ? 猫被ってないよ。彼、初めからあんな感じだったよ」
帝人が驚いたように言う。
「……えっ?」
ボクはキョトンとした。
「ニャン太、席近いのに聞いてなかったの? 女子にも男子にも口悪いねって言われてたじゃないか」
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
ボクは入学式の日と、今日一日の記憶を追いかける。
窓の外をぼんやり見つめていた横顔と、くったくなく笑う表情しか思い出せない。
「……よっぽどニャン太の好きな顔なんだね」
帝人が苦笑する。ボクは全力でそれを否定した。
「ボクの好みとかじゃなくて! 無駄に顔、良すぎでしょ。アイツ、なんか人形みたいじゃん!」
「そうだね、キレイだよね。ちょっとゾクッてするくらい。でも……それで彼のことこうって決めつけちゃ可哀想なんじゃないかな」
「決めつける……?」
「だって、ニャン太は予想してた性格じゃないからショック受けちゃったんでしょ?」
「う……それは……」
「でも、そんなの頼久くんのまかり知らぬことだよ」
ボクは腕を組んで、うーんと唸った。
帝人のいうことは最もだと思った。
チビチビ言われてカチンとしたけど、ボクも彼に同じようなことをしていた……のかも。
いや、たぶん、していた。
「……ニャン太?」
「待って。……今、自己嫌悪中」
帝人が眉をハの字にして笑う。
窓際を見つめる横顔が、ニヤニヤ笑う表情に塗り替えられていく。
あれが彼なのだ。儚げな美少年なんかじゃなくて。
ボクは申し訳ないと思う一方で、なんだか凄くすごーーく損した気持ちになった。
そんなボクの気持ちを嘲笑うように、一陣の風が砂埃を舞い上げて、空に吸い込まれていった。
* * *
翌日の昼休み。
同じ場所に行くと、昨日の風のせいか桜はすっかり散ってしまっていた。
「またうるせぇのが来た」
頼久くんは、ボクを見やると鼻を鳴らした。
草の上にあぐらをかいて、昨日と同じくカツサンドを頬張っている。
その隣では、相変わらず汐崎くんが黙々とあんパンにパクついていた。
「こんにちは。今日も一緒にいいかな?」
汐崎くんが頷く。帝人がニコニコ笑って、彼の隣に座る。
ボクは口の中の唾液を飲み込むと、思い切って頼久くんの前に座った。昨日のことを謝ろうと思ったのだ。
タイミングを探しつつお弁当を広げる。
と、彼はあの性格の悪そうな、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「俺と一緒に飯食いたくなった?」
せっかく謝ろうと思っていたのに、出鼻を挫かれる。ボクはお弁当のブロッコリーに箸を突き刺すと、唇を尖らせた。
「それ以上にお花見したかったの。昨日は全然見れなかったし」
「もう葉桜だけどな」
ぐ……いちいち嫌な言い方を……
「……そっちこそ退散しなくていいの? チビがうつるけど」
負けじと言い返せば、彼はストローの刺さった小さい牛乳パックを持ち上げた。
「平気。今日はお守り飲んでるから」
「牛乳飲んでも背は伸びないんじゃないの」
「そんな話聞いたことねーなー」
すっとぼけたように言う。
ボクは心の中で「自分が言ったくせに」と毒突いた。
そんなボクらを見て、帝人が苦笑をこぼす。
それからゆっくりと桜の木を見上げた。
「本当、すっかり散っちゃったね」
ボクもつられて目線を持ち上げる。
もうお花見はできないのに、ボクと帝人は翌日も同じ場所でお昼ご飯を食べた。
頼久くんは、うるせぇと文句を言いながらも、汐崎くんとそこにいた。
そんな日が続き……気が付けば、ボクらはなんとなく4人で連むようになっていた。
「ら、頼久類……」
億劫そうに身体を起こした頼久類に、僕は思わず呟いた。
「ああ?」と、彼は形の良い眉を持ち上げる。
「フルネーム呼び捨てにされるほど、俺はお前のこと知らねぇんだけど」
ズボンのポケットに手を入れて、肩を怒らせる。
――今にして思えば類ちゃんが言ったのは当たり前のことなんだけど、あの時のボクには彼の言いざまはかなり衝撃的だった。
「み……帝人! コイツ、猫被ってた!! 儚げな美少年じゃないじゃん! 柄悪いヤンキーじゃん!」
「ちょ、ニャン太っ……」
「信じられない! みんな騙されてたんだ!」
「うっっっっっっぜぇ」
鼻に皺を寄せて、頼久類が吐き捨てる。
彼は不機嫌そうに目を細めると蔑むようにボクを見下ろした。
「勝手なイメージ押し付けてキャンキャン喚いてんなよ、このチビ」
「チビ!?」
「ご愁傷さまだな。牛乳飲んでも背は伸びねぇぞ」
手にしていた牛乳に目線を向けて、彼はニヤリと口の端を持ち上げる。
ボクはパクパクと口を開閉させて整った顔を見上げた。
ギャップとかそういうレベルの話じゃない。
なんだコイツ。ぜんっぜん見た目と中身が違うじゃないか!
「落ち着いて、ね、ニャン太。彼もビックリしてるし」
帝人がボクの腕を掴むと、地面に座っていたもうひとりの男子生徒を示す。
彼はパンを口に咥えたまま、ものすごく険しい顔をして固まっていた。
彼は、ええと、確か同じクラスの……
「君、汐崎くん……だよね? 同じクラスの」と、帝人。
かなりの間の後、汐崎くんは頷いた。
「……そうだけど」
「一緒にご飯食べてもいいかな?」
「別に……」
彼のすぐ隣に腰を下ろそうとした帝人にボクは仰天する。
「な、何言ってんの、帝人!?」
「え? でも、ここでお花見するって……」
「汐崎くんはいいとしても……ボクは頼久くんと一緒に食べるのなんてごめんだよ! ご飯がマズくなる!」
「俺もお断りだ。一緒にいてチビがうつったら困る」
すかさず頼久くんが言う。ボクはお弁当を持つ手を振り上げた。
「チビチビチビチビうるさーーーい!」
「わぁあああっ! ニャン太、ニャン太、ストップ!」
帝人に背中から羽交い締めにされる。
頼久くんは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてフッと噴き出した。
「小型犬ほどよく吠える」
「きぃぃぃいいいい!」
「もう、頼久くんも煽るのやめてよ!」
「煽ってねぇよ。ホントのことじゃん」
プチンと来た。
ああもう、小型犬らしく噛みついてやろうか……!
ボクは帝人を振り払うと、頼久くんに掴みかかろうとする。
「うわっ……」
「あ――」
と、帝人の大きな身体が傾いで、支える間もなく彼は汐崎くんの上に倒れ込んだ。
「帝人、ごめ――っ」
「ごめん、汐崎くん! 大丈夫!?」
「……大丈夫じゃない」
急いで身体を起こした帝人に、フリーズしていた汐崎くんは静かに言った。
食べかけのパンが地面に転がっている。
彼は制服をはたきながら短く吐息をこぼすと、落ちたパンを拾った。
「ほ、本当にごめん。代わりのパン買ってくるよ」
「いや……」
「あの……ヤキソバパン好き? これ、まだ口付けてないから……」
「悪い。はしゃぎすぎた」
購買で買ったパンを差し出せば、頼久くんも同じようにしてカツサンドを差し出した。
ボクらは顔を見合わせて、同時に苛立たしげに顔を背ける。
汐崎くんはじっとヤキソバパンとカツサンドを見比べていた。それから、小さく首を振った。
「そんなに食べられない」
そう言いながらも、彼はボクらの差し出したパンを手に取った。
「から、半分ずつ貰う」
「え、あ、うん……」
半分ずつとは思っていなかった。
彼はヤキソバパンの袋を開けると半分ちぎり取った。それからゆっくりと食べ始める。
所在なく立っていると、彼は不思議そうにした。
「……座れば?」
頼久くんが彼の隣に腰を下ろす。帝人も同じようにしてから、お弁当を広げた。
ボクも渋々座った。
「桜、キレイだね」
帝人が桜を見上げて、のほほんと言う。
ボクは複雑な気持ちでお弁当の包みの結び目を見下ろした。
お昼休みは限られているし、帝人もご飯食べ始めちゃったし、ボクだけ移動する気にはなれない。だからってお弁当を開ける気にもなれない。
「あ。汐崎くん、春巻き好き?」
帝人は気にせず、汐崎くんに声をかけた。
「嫌いじゃない」
「じゃあ、これ。お詫びにどうぞ」
「お前が詫びる必要はないと思うが。……貰う」
お弁当の蓋に乗せた春巻きを、汐崎くんが指で摘まむ。
頼久くんもカツサンドの半分を春巻きの横に置いてから、食事を始めた。
ボクは大きな溜息をついて。お弁当の包みを広げた。意地を張って午後お腹が空く方が馬鹿らしいと思った。
「飯マズくなるから俺と一緒に食うのはイヤだったんじゃねーの?」
頼久くんがカツサンドを頬張りながら言う。ボクはじと、と彼を睨んだ。
「そっちこそチビが移ってもいいわけ?」
「少しくらい縮んでも問題なかったわ。お前と違って俺タッパあるし」
こめかみがヒクつく。
ボクは何も聞かなかったことにして、お弁当を掻き込んだ。
「そ、そういえば、汐崎くんと頼久くんって同じ中学なの?」
気まずい空気に耐えかねたのか、帝人が問う。すると汐崎くんは首を左右に振った。
「違う」
「じゃあ、どうして……」
「俺がナンパした」と頼久くん。
「ナンパされた」
汐崎くんが淡泊に同意する。
「そ、そうなんだ……」
ボクは飲み込むようにお弁当を平らげた。
それから努めて頼久くんの声を頭の外に追い出しつつ、帝人がご飯を食べ終わるのを待った。
彼は急ぐ様子もなく、マイペースにお弁当を食べていた。
* * *
その日の帰り。
家の最寄り駅を帝人と一緒に出たボクは、足を踏みならしながら改札を出た。
強い風が吹いて、はたはたと髪を揺らす。
ボクは風に負けじと夕日に吠えた。
「ムカつくムカつくムカつく!」
午後の授業が終わっても、頼久くんのニヤついた顔が離れなかった。
「まだイラついてるの? ニャン太、これから背伸びると思うし気にしなくていいと思うけど……」
帝人が困ったように言う。
ボクは鼻息荒く彼を振り返った。
「怒ってるのはそっちじゃないよ。すっごい裏切られた気分なの! アイツ、めっちゃ猫被ってたんだよ? 皆騙されてるんだよ!?」
「ええ? 猫被ってないよ。彼、初めからあんな感じだったよ」
帝人が驚いたように言う。
「……えっ?」
ボクはキョトンとした。
「ニャン太、席近いのに聞いてなかったの? 女子にも男子にも口悪いねって言われてたじゃないか」
「……そうだっけ?」
「そうだよ」
ボクは入学式の日と、今日一日の記憶を追いかける。
窓の外をぼんやり見つめていた横顔と、くったくなく笑う表情しか思い出せない。
「……よっぽどニャン太の好きな顔なんだね」
帝人が苦笑する。ボクは全力でそれを否定した。
「ボクの好みとかじゃなくて! 無駄に顔、良すぎでしょ。アイツ、なんか人形みたいじゃん!」
「そうだね、キレイだよね。ちょっとゾクッてするくらい。でも……それで彼のことこうって決めつけちゃ可哀想なんじゃないかな」
「決めつける……?」
「だって、ニャン太は予想してた性格じゃないからショック受けちゃったんでしょ?」
「う……それは……」
「でも、そんなの頼久くんのまかり知らぬことだよ」
ボクは腕を組んで、うーんと唸った。
帝人のいうことは最もだと思った。
チビチビ言われてカチンとしたけど、ボクも彼に同じようなことをしていた……のかも。
いや、たぶん、していた。
「……ニャン太?」
「待って。……今、自己嫌悪中」
帝人が眉をハの字にして笑う。
窓際を見つめる横顔が、ニヤニヤ笑う表情に塗り替えられていく。
あれが彼なのだ。儚げな美少年なんかじゃなくて。
ボクは申し訳ないと思う一方で、なんだか凄くすごーーく損した気持ちになった。
そんなボクの気持ちを嘲笑うように、一陣の風が砂埃を舞い上げて、空に吸い込まれていった。
* * *
翌日の昼休み。
同じ場所に行くと、昨日の風のせいか桜はすっかり散ってしまっていた。
「またうるせぇのが来た」
頼久くんは、ボクを見やると鼻を鳴らした。
草の上にあぐらをかいて、昨日と同じくカツサンドを頬張っている。
その隣では、相変わらず汐崎くんが黙々とあんパンにパクついていた。
「こんにちは。今日も一緒にいいかな?」
汐崎くんが頷く。帝人がニコニコ笑って、彼の隣に座る。
ボクは口の中の唾液を飲み込むと、思い切って頼久くんの前に座った。昨日のことを謝ろうと思ったのだ。
タイミングを探しつつお弁当を広げる。
と、彼はあの性格の悪そうな、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「俺と一緒に飯食いたくなった?」
せっかく謝ろうと思っていたのに、出鼻を挫かれる。ボクはお弁当のブロッコリーに箸を突き刺すと、唇を尖らせた。
「それ以上にお花見したかったの。昨日は全然見れなかったし」
「もう葉桜だけどな」
ぐ……いちいち嫌な言い方を……
「……そっちこそ退散しなくていいの? チビがうつるけど」
負けじと言い返せば、彼はストローの刺さった小さい牛乳パックを持ち上げた。
「平気。今日はお守り飲んでるから」
「牛乳飲んでも背は伸びないんじゃないの」
「そんな話聞いたことねーなー」
すっとぼけたように言う。
ボクは心の中で「自分が言ったくせに」と毒突いた。
そんなボクらを見て、帝人が苦笑をこぼす。
それからゆっくりと桜の木を見上げた。
「本当、すっかり散っちゃったね」
ボクもつられて目線を持ち上げる。
もうお花見はできないのに、ボクと帝人は翌日も同じ場所でお昼ご飯を食べた。
頼久くんは、うるせぇと文句を言いながらも、汐崎くんとそこにいた。
そんな日が続き……気が付けば、ボクらはなんとなく4人で連むようになっていた。
0
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる