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chapter2

step.20-2 火事と背中

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 類さんと付き合い始めて、僕はいろんなことを知ったと思う。
 例えば、歩き方に人柄が出ることだとか。

 類さんの歩く速度は絶妙だ。

 速くもなく、遅くもない。
 さりげなく車道側をキープし、他愛もない話をしながらいつも周囲に意識を払っているのがわかる。それに歩き方ひとつを取っても華があった。
 すれ違うたくさんの女性が、いや、男性も、彼をチラ見する。
 それを類さんはちゃんと自覚している、というか、どう見られるのかをわかっているんだと思う。
 そういえば初めて出会った時、僕は彼を芸能人かな、なんて思ったけど、そういう振る舞いが理由だろう。

 ちなみに、ソウさんは空を駆ける猛禽類みたいに歩く。人の流れを読んで的確に力強く進んでいく。めちゃくちゃ速くて、付いていくのにいつも苦労する。
 ニャン太さんも歩くスピードがかなり速い。
 小股でスイスイ歩いていき、話がヒートアップするとますます速度が上がる。でも途中でこちらに気付いて少し速度を落としてくれる。
 帝人さんはかなりゆっくりなタイプだ。
 流れを作るというか、気がついたら彼と同じ速度で歩いている。

 ……閑話休題。

 デートにやって来た僕は、類さんの半歩後ろを歩いていた。
 人にぶつかりかけて謝って、またぶつかりかけて、が基本な僕だが、今日はトラブルなく歩けている。
 それもこれも全て、類さんのエスコート力のお陰である。

 辿り着いたショッピングモールは、雨にも関わらずそこそこ人がいた。

「類さんって、服いつもどこで買ってるんですか?決まったお店とかあるんです?」

「決まってるな。毎回探すのメンドイし。伝は?」

「僕はその時々ですね」

 なんて応えつつも、僕も服を買うお店はほぼ決まっているようなものだった。安価で長持ちするとなると、選択肢は自然とひとつかふたつに絞られる。

 だけど、どちらのお店も、今いるモールには入っていなさそうだ。
 ……というか、なんだか凄く高そうなお店ばかりだ。

 エスカレーターで移動していくと、階層がどんどん高級感溢れるものになっていく。
 ブランド物って、バッグとか財布だけじゃないんだな、とか考えていると、類さんは慣れた様子であるお店に入っていく。

 マネキンが類さんみたいな服を着ていた。
 たぶん、彼のお気に入りのお店なんだろう。眩い店員さんとも顔見知りみたいだ。

 僕は正直、入店を躊躇った。

 自分の足元を見下ろす。スニーカーだ。しかも所々、ほつれてるいる。

「伝。どうした?  早く来いよ」

「あ、は、はい……っ!」

 意を決して入った。別に僕が買うわけでもないと言い聞かせた。

「この辺のだと、あんたどの色が好き?」

「そうですね……」

 類さんがセーターを手にする。
 僕はうん、と低く唸った。青のネックセーターと、大きな柄の入ったベージュのフード付きオーバーサイズのセーター。
 どちらも類さんに似合うのは間違いない。というか、類さんが着こなせない服の方がない気がする。

「どっちも素敵ですけど、どちらかと言えば、僕はベージュの方が好きです」

 類さんは在宅の仕事だし、普段着るならネックセーターの方だとくつろげない気がした。と。

「じゃあ、試着してみ?」

 そう言って、類さんが店員さんを呼ぼうとする。
 僕は咄嗟に彼の腕を掴んだ。

「どうした?」

 僕は店員さんに愛想笑いを向けてから、類さんを店の外まで引っ張る。それから小声で言った。

「む……むむむむ、無理です無理です!」

「?  何が無理?  似合うと思うけど」

「……値段のケタがふたつ違います」

「俺が買うからいいよ」

「それは絶対にダメです。というか、イヤです」

 僕はブンブンと首を振った。

「イヤって……」

 類さんが悲しげにした。胸が痛んだがこればかりは譲れない。

「前から言ってますが、そんなに貰えません」

「なんでだよ。恋人が恋人にプレゼントして何がいけねぇの」

「返せないからですよ」

「返さなくていいよ」

「そういうことではなくてですね……僕はできるだけ類さんと対等でいたいんですよ」

 言えば、彼は少し目を見開いた。

「対等でいたいって……対等だろ」

「僕からしたら全然違います……。家賃も光熱費も……食費だって全然受け取ってくれないですし」

「当たり前だろ。あんたは学費大変なんだから」

「当たり前じゃないです。凄く、凄く、ありがたいことです。だからもう、これ以上は受け取れません」

「恋人なのに?」

「関係ないです」

 キッパリ言った。
 類さんは少しだけ困ったように鼻の頭をかく。
 ついで、小さく嘆息した。

「……お前の言いたいことはわかったよ。店、変えよう」

「ありがとうございます。……生意気言って、すみません」

 頭を下げると、類さんは「いいよ」と、僕の髪をくしゃりと撫でた。

「でもな、伝。……貰いすぎたら対等じゃなくなるなんてことはないからな。何度も言うけど、俺だってたくさんのもの貰ってるわけだし。目に見える物が全てじゃねぇだろ?」

「……はい」

 僕は悄然と俯いた。
 確かに、遠慮する、というのは彼の好意を否定することにもなる。

「んじゃ、次の店行くか」

 類さんは気を取り直すように明るく言うと、踵を返した。さっきの店員さんと短く挨拶を交わすと戻ってくる。それから僕の肩を叩き歩き出した。

「あんたの気持ちはよくわかるよ。……受け取るってのは難しいから」

 エスカレーターで下っていると、ふと、類さんが呟いた。

「愛されるよりも、愛する方がずっと楽っつーか。そんな感じだよな」

 確かに貰ったら返したいとは思うが、与えたからって返して欲しいとは思わないわけで。

 類さんがこっこりと僕の手を握る。
 僕は同意を示すように、指を絡めて強く握り返した。
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