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chapter2
step.17-8 バカと恋わずらい
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「は……?」
僕は目を瞬いた。
なんだろう、今、理解できない言葉を聞いた気がする。
「は? って何だよ、反応薄過ぎるだろ!?」
将臣が吠える。僕はますますパニックに陥った。
「いや……え? 好き? 誰が、誰を……?」
「俺がお前を!!」
僕は宇宙人を前にしたような気持ちになる。
好き、だという。将臣が僕を。
え? え?????
「ご、ごめん、意味がわからないんだけど。ええと……将臣、ゲイだったの?」
「……そうだよ。なんでわかんねぇんだよ」
「わかるわけないでしょ」
僕は真顔で首を振った。
わかるわけがない。彼はよく友人と男女の猥談で盛り上がっていた。アイドルやグラビアモデルについて、誰よりも詳しかったのも彼だ。
そもそも彼女だっていたことがあったはずだ。
「君、女の人と付き合ってたよね? 昨日だって合コンの話とかしてたし……てっきりノンケなのかと……」
「カモフラージュだよ。この年で女に興味ないなんておかしいだろ」
僕はまじまじと将臣を見た。
彼はほんのりと目元を赤らめると、視線を逸らした。
……全く気付かなかったのは僕の観察眼がポンコツなのか。それとも、彼のフリが上手すぎたのか。
「そういうわけだから、アイツと別れて俺と付き合え」
「ごめん、ムリ」
「お前、俺のこと好きだったろ!?」
「昔のことだから……」
「たった4か月前じゃねぇか!!」
「ちょっ……」
押しやられて、壁に背中がぶつかった。
「こっちが新しい環境でヒィヒィ頑張ってるうちに連絡こなくなるし、寮も出たとかいうし……やっと時間作って会いに来てやれば、恋人できたとか、お前ふざけんなよ!」
眦を吊り上げ、将臣は掴んだ僕の手を壁に押し付けた。
……どうして僕が怒られているんだ?
付き合ってもいないし、そもそもキモイと言って、友人と笑っていたのは彼の方だ。
あれはカモフラージュだったのかもしれないけど、そんなこと僕にはまかり知らぬことである。
「そりゃ、お前から告ってくるの待ってた俺も悪かったよ。だから1回くらい間違ったって許してやる。俺は寛大だからな」
尊大な様子で、鼻を鳴らす。僕はますます眉根を寄せた。
「間違った、ってなにを」
「あのチャラチャラしたヤツとヘンタイ的セックスしてることだよ!」
頬の筋肉がピクピクと痙攣する。
苛立ちすぎて咄嗟に声も出なかった。
僕は大きく息を吸った。それから、ため息と共に言った。
「別に許してくれなくていいよ。僕は類さんが好きだし、これからもずっとこの気持ちは変わらない」
真っ直ぐ見つめて言う。
彼は愕然としているようだった。忌々しげに唇を震わせ、鼻に皺を寄せる。
かと思えば、フッと鼻から息を逃した。目を閉じて苛立ちを抑えるようにしてから、言った。
「……オーケー、わかった、切り口を変えよう」
声色は落ち着いていたが、手首を掴む力はますます強くなっていく。
「伝、冷静にアイツのことを見てみろよ。どっからどう見ても、あの金髪とデキてんだろ。浮気されてるぞ? そんなヤツと一緒にいて幸せか!?」
「浮気なんてしてないってば」
「お前は見ないようにしてるだけだ。傷つきたくないから」
将臣は自信満々に言った。
僕は何と言えばさっさとこの話を切り上げられるか言葉を探して……話の終着地点を変えようと決めた。
「……というかね、あの金髪の人も類さんの恋人なんだよ。僕はそれを知ってて付き合ってる」
「……は?」
「だから浮気じゃないんだよ」
類さんとニャン太さんには何の関わりはない、と何度言っても無駄だろう。何故なら、将臣が疑うようにふたりには深い関係があるからだ。
だったらもう事実を事実のまま話して納得してもらうしかない。
「????」
将臣は混乱したように目をぐるぐるさせた。
「ま、待て。あの金髪も恋人? で、お前も付き合ってるって……公然と二股かけてるってことか……?」
恋人はニャン太さんだけじゃないけど、話がややこしくなるから僕は無言で頷いた。
将臣は目線を彷徨わせると、俯いた。
ブツブツとひとりごとを呟いてから、やがて勢いよく顔を持ち上げた。
「おかしいだろ!?!?!?」
「世間的にはそうかもしれないけど、僕は気にしてないから」
「いや、そこは気にしろよ!!」
「と、言われても……」
彼は僕から手を離すと頭をグシャグシャと激しくかき回した。
「あーーー! そうだよなっ……! お前って、自己評価どん底だったもんな……! だから、そんな蔑ろにされる状況でも受け入れちまうんだ!」
「蔑ろになんてされていないよ」
すかさず否定したが、無視された。
「お前のことだーー自分はダメだから愛されない、こんな僕のこと好きになってくれる彼を逃したら一生ひとりかも、とかなんとか思ったんだろ!? そこに付け込まれちまったんだ!」
僕はきょとんとした。
そういえば、そんな風に考えていた時期があったっけ。
でも、ここ最近は全く考えもしなかった。
それは、たぶん……類さんが大事にしてくれているからだ。
類さんは僕のことを否定しない。
何かを強制するでもない。
ただ、僕という存在をそのまま傍に置いてくれる。そして、好きだと言ってくれる。
悩んでも、諦めかけても、彼は僕が導き出す答えを静かにじっと待ってくれる。
彼は僕を……尊重、してくれている。
それを思うと、胸に愛おしさがじんわりと溢れた。
イサミさんは僕のことを変わったと言ったけど、確かに前よりも自分を嫌いじゃなくなっているような気がする。
類さんと……ニャン太さんや、ソウさん、帝人さんと関わる中で、否定し続けてきた自分とやっと向き合うことができたというか。譲れないものができたというか。
そんな温かな思案に暮れていると、将臣が吠えた。
「聞いてんの、お前!?」
「聞いてるよ。類さんと出会えて本当に良かったなぁって、改めて思ってたんだ」
「全然、俺の話を聞いてねぇじゃねぇか!」
頭を抱えて、彼は天井を仰ぐ。それから大袈裟な身振りで続けた。
「伝。もっと自分のことを大事にしろ。自分のことを大事にしてくれる相手と付き合うべきだ。そう、俺のような……!」
「心配してくれてありがとう。でも、僕はこれ以上ないくらいに大事にして貰ってるから。だから、将臣の気持ちには応えられない。ごめんね」
「今……俺、振られた……?」
「さっきからずっと断ってるけど」
「…………洗脳だ」
「え?」
「お前はあの男に洗脳されてる!!」
ドンッと彼は壁に拳を打ち付けた。
殴られたのかと思って、ビクリとしてしまう。
将臣は何だか決意めいたように瞳を燃やして、顔を近づけてきた。
「俺がまともに戻してやるからな。お前に本当の愛を教えてやる……っ」
僕は慌てて彼の顎を押しやる。
「なっ、何するつもりだよ……っ!?」
将臣は、ぐぎぎ、と顎の位置を戻そうとしながら口を開いた。
「眠り姫を目覚めさせる方法なんてひとつだろ?」
……うっっっっわ。
「うっわ」
思わず心の声が漏れ出た。
「伝……」
迫り来る唇に、ぞわわわわわわわと背に鳥肌が立つ。
「やめっ、やめろ!」
なんとかして壁と腕の間から逃げ出そうとすれば揉み合いになった。
さすが運動部出身なだけあって、将臣は力が強い。
「なんで全力で抵抗するんだよ!?」
「イヤだからだよ!!」
「さっきから、ごめんだとかイヤだとかさすがに傷つくんだが!?」
「じゃあ、もう少し僕の意見を聞いてくれよ!?」
「聞いてるだろ! 聞いてるから、ラリってるお前のこと正気に戻そうとーーっつか、お前、力強くなってない!?」
「き、鍛えてるから……っ」
「余計なことしてんな! ヒョロガリのくせに!」
一層、強い力で押し込まれる。
壁に背中を殴打して、息が弾んだ。
将臣と僕とでは体力の基礎値があまりにも違い過ぎた。
全力の抵抗は長くは続かず、どんどん距離が縮められてしまう。
鼻先を掠める荒い吐息に、嫌悪感で目の前が暗くなる。
イヤだ、類さん……ニャン太さんっ……!
――トイレの扉が乱暴に開いたのは、その時だ。
「戻ってくるの、遅いなぁと思ったら……」
「人の恋人に何してんの、お前」
まるで心の中の声が届いたかのように、ニャン太さんと、類さんが立っていた。
僕は目を瞬いた。
なんだろう、今、理解できない言葉を聞いた気がする。
「は? って何だよ、反応薄過ぎるだろ!?」
将臣が吠える。僕はますますパニックに陥った。
「いや……え? 好き? 誰が、誰を……?」
「俺がお前を!!」
僕は宇宙人を前にしたような気持ちになる。
好き、だという。将臣が僕を。
え? え?????
「ご、ごめん、意味がわからないんだけど。ええと……将臣、ゲイだったの?」
「……そうだよ。なんでわかんねぇんだよ」
「わかるわけないでしょ」
僕は真顔で首を振った。
わかるわけがない。彼はよく友人と男女の猥談で盛り上がっていた。アイドルやグラビアモデルについて、誰よりも詳しかったのも彼だ。
そもそも彼女だっていたことがあったはずだ。
「君、女の人と付き合ってたよね? 昨日だって合コンの話とかしてたし……てっきりノンケなのかと……」
「カモフラージュだよ。この年で女に興味ないなんておかしいだろ」
僕はまじまじと将臣を見た。
彼はほんのりと目元を赤らめると、視線を逸らした。
……全く気付かなかったのは僕の観察眼がポンコツなのか。それとも、彼のフリが上手すぎたのか。
「そういうわけだから、アイツと別れて俺と付き合え」
「ごめん、ムリ」
「お前、俺のこと好きだったろ!?」
「昔のことだから……」
「たった4か月前じゃねぇか!!」
「ちょっ……」
押しやられて、壁に背中がぶつかった。
「こっちが新しい環境でヒィヒィ頑張ってるうちに連絡こなくなるし、寮も出たとかいうし……やっと時間作って会いに来てやれば、恋人できたとか、お前ふざけんなよ!」
眦を吊り上げ、将臣は掴んだ僕の手を壁に押し付けた。
……どうして僕が怒られているんだ?
付き合ってもいないし、そもそもキモイと言って、友人と笑っていたのは彼の方だ。
あれはカモフラージュだったのかもしれないけど、そんなこと僕にはまかり知らぬことである。
「そりゃ、お前から告ってくるの待ってた俺も悪かったよ。だから1回くらい間違ったって許してやる。俺は寛大だからな」
尊大な様子で、鼻を鳴らす。僕はますます眉根を寄せた。
「間違った、ってなにを」
「あのチャラチャラしたヤツとヘンタイ的セックスしてることだよ!」
頬の筋肉がピクピクと痙攣する。
苛立ちすぎて咄嗟に声も出なかった。
僕は大きく息を吸った。それから、ため息と共に言った。
「別に許してくれなくていいよ。僕は類さんが好きだし、これからもずっとこの気持ちは変わらない」
真っ直ぐ見つめて言う。
彼は愕然としているようだった。忌々しげに唇を震わせ、鼻に皺を寄せる。
かと思えば、フッと鼻から息を逃した。目を閉じて苛立ちを抑えるようにしてから、言った。
「……オーケー、わかった、切り口を変えよう」
声色は落ち着いていたが、手首を掴む力はますます強くなっていく。
「伝、冷静にアイツのことを見てみろよ。どっからどう見ても、あの金髪とデキてんだろ。浮気されてるぞ? そんなヤツと一緒にいて幸せか!?」
「浮気なんてしてないってば」
「お前は見ないようにしてるだけだ。傷つきたくないから」
将臣は自信満々に言った。
僕は何と言えばさっさとこの話を切り上げられるか言葉を探して……話の終着地点を変えようと決めた。
「……というかね、あの金髪の人も類さんの恋人なんだよ。僕はそれを知ってて付き合ってる」
「……は?」
「だから浮気じゃないんだよ」
類さんとニャン太さんには何の関わりはない、と何度言っても無駄だろう。何故なら、将臣が疑うようにふたりには深い関係があるからだ。
だったらもう事実を事実のまま話して納得してもらうしかない。
「????」
将臣は混乱したように目をぐるぐるさせた。
「ま、待て。あの金髪も恋人? で、お前も付き合ってるって……公然と二股かけてるってことか……?」
恋人はニャン太さんだけじゃないけど、話がややこしくなるから僕は無言で頷いた。
将臣は目線を彷徨わせると、俯いた。
ブツブツとひとりごとを呟いてから、やがて勢いよく顔を持ち上げた。
「おかしいだろ!?!?!?」
「世間的にはそうかもしれないけど、僕は気にしてないから」
「いや、そこは気にしろよ!!」
「と、言われても……」
彼は僕から手を離すと頭をグシャグシャと激しくかき回した。
「あーーー! そうだよなっ……! お前って、自己評価どん底だったもんな……! だから、そんな蔑ろにされる状況でも受け入れちまうんだ!」
「蔑ろになんてされていないよ」
すかさず否定したが、無視された。
「お前のことだーー自分はダメだから愛されない、こんな僕のこと好きになってくれる彼を逃したら一生ひとりかも、とかなんとか思ったんだろ!? そこに付け込まれちまったんだ!」
僕はきょとんとした。
そういえば、そんな風に考えていた時期があったっけ。
でも、ここ最近は全く考えもしなかった。
それは、たぶん……類さんが大事にしてくれているからだ。
類さんは僕のことを否定しない。
何かを強制するでもない。
ただ、僕という存在をそのまま傍に置いてくれる。そして、好きだと言ってくれる。
悩んでも、諦めかけても、彼は僕が導き出す答えを静かにじっと待ってくれる。
彼は僕を……尊重、してくれている。
それを思うと、胸に愛おしさがじんわりと溢れた。
イサミさんは僕のことを変わったと言ったけど、確かに前よりも自分を嫌いじゃなくなっているような気がする。
類さんと……ニャン太さんや、ソウさん、帝人さんと関わる中で、否定し続けてきた自分とやっと向き合うことができたというか。譲れないものができたというか。
そんな温かな思案に暮れていると、将臣が吠えた。
「聞いてんの、お前!?」
「聞いてるよ。類さんと出会えて本当に良かったなぁって、改めて思ってたんだ」
「全然、俺の話を聞いてねぇじゃねぇか!」
頭を抱えて、彼は天井を仰ぐ。それから大袈裟な身振りで続けた。
「伝。もっと自分のことを大事にしろ。自分のことを大事にしてくれる相手と付き合うべきだ。そう、俺のような……!」
「心配してくれてありがとう。でも、僕はこれ以上ないくらいに大事にして貰ってるから。だから、将臣の気持ちには応えられない。ごめんね」
「今……俺、振られた……?」
「さっきからずっと断ってるけど」
「…………洗脳だ」
「え?」
「お前はあの男に洗脳されてる!!」
ドンッと彼は壁に拳を打ち付けた。
殴られたのかと思って、ビクリとしてしまう。
将臣は何だか決意めいたように瞳を燃やして、顔を近づけてきた。
「俺がまともに戻してやるからな。お前に本当の愛を教えてやる……っ」
僕は慌てて彼の顎を押しやる。
「なっ、何するつもりだよ……っ!?」
将臣は、ぐぎぎ、と顎の位置を戻そうとしながら口を開いた。
「眠り姫を目覚めさせる方法なんてひとつだろ?」
……うっっっっわ。
「うっわ」
思わず心の声が漏れ出た。
「伝……」
迫り来る唇に、ぞわわわわわわわと背に鳥肌が立つ。
「やめっ、やめろ!」
なんとかして壁と腕の間から逃げ出そうとすれば揉み合いになった。
さすが運動部出身なだけあって、将臣は力が強い。
「なんで全力で抵抗するんだよ!?」
「イヤだからだよ!!」
「さっきから、ごめんだとかイヤだとかさすがに傷つくんだが!?」
「じゃあ、もう少し僕の意見を聞いてくれよ!?」
「聞いてるだろ! 聞いてるから、ラリってるお前のこと正気に戻そうとーーっつか、お前、力強くなってない!?」
「き、鍛えてるから……っ」
「余計なことしてんな! ヒョロガリのくせに!」
一層、強い力で押し込まれる。
壁に背中を殴打して、息が弾んだ。
将臣と僕とでは体力の基礎値があまりにも違い過ぎた。
全力の抵抗は長くは続かず、どんどん距離が縮められてしまう。
鼻先を掠める荒い吐息に、嫌悪感で目の前が暗くなる。
イヤだ、類さん……ニャン太さんっ……!
――トイレの扉が乱暴に開いたのは、その時だ。
「戻ってくるの、遅いなぁと思ったら……」
「人の恋人に何してんの、お前」
まるで心の中の声が届いたかのように、ニャン太さんと、類さんが立っていた。
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