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chapter2

step.14-5 勝手と勝手

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* * *

 翌日は朝からゆっくり過ごした。
 類さんは母にコンニャクの作り方を聞いて、その工程の多さに驚いていた。

 夜は例年通り子供会の手伝いに駆り出された。
 地元の小学校で行われる肝試しの手伝いなのだが、子供の会と侮るなかれ。
 お坊さん監修の下に行われる、本格的なイベントだ。

「伝って、怖いの苦手だったんだな」

 そんな肝試しの手伝いを終え、僕らは田んぼのあぜ道を歩いて帰っていた。

「はい。でも、怖い物見たさの方が勝ると言いますか……ついつい見たり読んだりしちゃうんですよね」

 ……その後は、部屋の隅の暗闇が気になって眠れなくなったりするにも関わらず。
僕は内心そう続けて苦笑をもらす。

「じゃあ東京に戻ったら、ホラー映画上映会するか。部屋真っ暗にしてさ。キンキンに冷えたコーラ飲んで、アイス食べて……」

「楽しそうですね」

 ニャン太さんのオーバーリアクションが目に浮かぶようだ。

 と、実家の玄関につくと兄が待っていた。

「兄さん? どうかしたの?」

「話がある。ふたりとも……ちょっとこい」

* * *

 連れて行かれたのは、仏間だった。
 壁上に遺影が飾られている。洞谷家の歴代の当主とその奥さんだ。

 仏壇の横の山水画の掛軸、その前の美しく生けられた花。
 薄暗い部屋には畳と線香、それからほんのりと花の香りがただよっていた。

 兄はゆっくりとした歩みで仏間に入ると、振り返った。
 僕は沈黙に耐えかねて、口を開いた。

「……それで話って何」

 兄は眼鏡を手で持ち上げた。

「単刀直入に言う。伝、そいつと別れてうちに戻ってこい」

 想定範囲内の言葉だ。
 僕は小さく嘆息した。

「……僕は別れるつもりはないし、戻るつもりもないよ」

「うちは地方とはいえ名士の家系。お前は由緒正しい洞谷家の人間だ。何処の馬とも知れないそいつとは違う」

「家柄とか、今時、そんなこと言うの兄さんだけだよ。誰ももうそんなの気にしてない」

 そもそもうちは、そんなご大層な家ではない。
 地方の、ただちょっと土地を持っている古い家なだけだ。

「言ったでしょ。家なんてどうでもいいって。僕は僕の人生を生きるって」

「目的もなく、だらだらと学生を続けるのがお前の人生か」

「だらだらしているわけじゃない。ちゃんと勉強してるよ」

「それは何のために勉強しているんだ? 就職のためか?」

「そういうわけじゃないけど……」

「選択を先延ばしにするのは、お前の悪い癖だ。このままズルズル大学に残ってみろ。大して情熱のないお前じゃ、研究職についてもロクな結果も出せない。よしんば講師になれたとして、お前に教わる学生の気持ちは考えたのか? そもそもお前に、他人に教えられるものがあるのか?」

「……」

 怒濤の言葉に僕は閉口した。
 いつものパターンだ。僕が何も言い返さないのを、兄は自分が正しいからだと思い込んでいる。
 実際のところは、面倒になっただけなのに。
 そんな風に思う僕は、驚くほど冷静だった。

「だから俺はずっと言っているんだ。実家に帰ってこいと。父も母も心配している。こっちなら俺が引き継いでいる仕事だってあるんだぞ」

「……僕は、東京で就職する。もう決めたんだよ」

「去年も同じことを聞いた。だが、実際にはまだ学生を続けているじゃないか」

「だから、去年は失敗して……」

「また来年も同じ言い訳をするつもりだろう」

 次いで彼は、僕の後ろで静かにやり取りを見ていた類さんをキッと睨みつけた。

「そこにきて、その男だ。お前は、戻らないためにいろいろと言い訳を作っているだけに過ぎない。実家に戻れば問答無用で社会人にならなきゃならないからな」

「言い訳なんかじゃないよ。僕は類さんが好きなんだ」

「お前のは恋に恋しているだけだ」

「違うよ。本気だ」

 僕は兄の視線を遮るように、類さんの前に立った。

「兄さんに何を言われたって、僕は絶対に別れないから」

 静かに告げる。
 その態度が癪に障ったのだろう、兄は暗闇の中でもわかるくらい、怒りで顔を染めた。

「いい加減にしろッ!!」

 平手が振り下ろされて、僕は目をぎゅっとつむる。
 と、押しやられて身体がフラついた。
 平手打ちの甲高い音。けれど痛みはいつまで経っても感じない。
 目を開ければ、視界に類さんの背中が飛び込んできた。
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