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chapter2
step.11-3 餃子と眼差し
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* * *
まずは自然に、友人らしい会話をする。
全てはそこからだ。
「ソウさん」
ある日の夜。
僕はお風呂から出てきたソウさんに、声をかけた。
また睨み付けられたらどうしようと心配だったが、そんなこともなく、彼はタオルで髪を拭っていた手を止めてこちらを見た。
「……なに」
「か、肩凝ってませんか!? マッサージしますよ!」
寮にいた頃よく頼まれたことだ。あの頃、いろいろ調べたこともあり、ちょっとだけマッサージには自信がある。
「……いらない」
「わ、わかりました……」
即答だった。でもめげずに僕は話を変えた。
「そ……そういえば! 明日、バイト上がり早いんです。夕食の買い物、僕も荷物持ちで一緒に行きます!」
「いらない。原付で行くから」
「じゃ、じゃあ、この前、ソウさんが見てたドラマ! あれ、映画版もあるの知ってましたか!? 借りてきたんで、一緒に観ませ――」
「興味ない」
僕は笑みを浮かべたまま、固まる。
あれ? もしかして……逆効果になってる?
でも祖母も『まとわりつく犬は可愛い』って言っていたし。
それに……
『類ちゃんが愛してる相手なら、ボクも愛せる自信があるから』
ニャン太さんの言葉が脳裏に蘇る。
……だから僕は思うんだ。僕だってソウさんと仲良くなれる、はずだって。
どんなに時間がかかっても諦めない。僕は、前向きにソウさんと関わっていこうと決意したのだ。
しかし……鬱陶しがられてるなら少し控えた方がいいんだろうか。
いや、いや。彼はこの前、夜食を作ってくれた。取り付く島がない、というわけではないだろう。ということは、僕が諦めたら試合は終了だ。……などという考え自体が鬱陶しいのか?
グルグルと思考がループする。どれが正解だ。誰か教えてくれ。
「ソウ。伝くん戸惑ってるよ」
思わぬ方向から助け船が出たのは、そんな時だった。
リビングで寛いでいた帝人さんだ。
「だから?」と、ソウさんは小首を傾げた。
「君と話をしたいんじゃないのかな」
「……そうなのか?」
一拍の間の後、ソウさんが僕に向き直る。
「はい……」
素直に頷けば、彼は首を振った。
「無駄だからやめた方がいい」
無駄。
ガツンと、『無駄』の文字が後頭部に直撃したかのような衝撃。
それってあれですか。会話しようと頑張るのは無意味って意味ですか。
僕と仲良くする気は全くないってことですか。
口を突いて出そうになるのを必死で押しとどめる。
と、その時、玄関の方で「ただいま~!」と元気な声が弾けた。
「ニャン太さまのお帰りだよ~って、なになに、何かあった?」
背中から飛びつかれる。鼻先を南国を思わせるフレーバーがくすぐる。
「ソウが最近見てるドラマの話をしてたんだよ」
「あー、結婚詐欺の話? あれどうなの? 面白い?」
「わからない」とソウさんが応える。
「そか。デンデンは? 観てるんだよね?」
「はい……」
会話の糸口になると思って、全部観た。
出演している俳優さんの簡単な経歴も調べて覚えた。ついでに周辺の作品も目を通した。……何の話にも発展しなかったけど。
「え、どうしてそんな悲しそうな顔するの? そんなつらい話なんだ?」
「いえ、コメディですよ……」
「コメディって顔じゃないけど……?」
僕は力なく笑う。するとニャン太さんは僕の頬を抓んで引っ張った。
「どしたの、デンデン。元気ないじゃん」
「そんなことは……」
言葉の途中で、ちゅっと唇で音が立つ。
「……ッ!?」
「隙あり」
ニッと口の端を持ち上げるニャン太さんから、僕は勢い良く距離を取った。
「ちょっ……ニャン太さんっ……!?」
「あはは~、良かった。元気出た出た」
元気とはまた違います。
というか、ああっ、ほらっ、ソウさんがまた凄い目つきでこっちを見てる……っ!
そんな僕らを眺めて帝人さんが和やかに口を開いた。
「随分と仲良くなったんだね。何かーー」
あったの、と問いを続けようとして、ポンッと手を打つ。
「あったわけか」
「えへへへへ」
ニコニコするニャン太さんには構わず、ソウさんは再びタオルで髪をぐしゃっと掻き回した。それからスタスタと歩き始めてしまう。
「あ、あの、ソウさんっ……!」
呼べば、彼は足を止めた。
それから首だけ巡らせて、僕を振り返る。
「……おやすみ」
「お、やすみなさい……」
「デンデン。ソウちゃんに用でもあった?」
ニャン太さんが僕の背中にぶらさがりながら言った。
僕は肩をすくめてみせる。
「……いえ、何も。大丈夫です」
「そうだ、ニャン太。アイス買ってきてあるから食べなよ」
「ふおおっ、帝人気が利く~♪ やっぱ仕事終わりには甘い物だよね~」
背中から重さが消えた。
僕はバタンと閉じられたソウさんの部屋の扉を見つめた。
……何のこれしき。
必要ならば僕はエベレストだって登ってみせる覚悟があるんだ。
しかし、人間、ムキになればなるほど事態は悪化するもので。
翌日の朝、事件は起こってしまった。
まずは自然に、友人らしい会話をする。
全てはそこからだ。
「ソウさん」
ある日の夜。
僕はお風呂から出てきたソウさんに、声をかけた。
また睨み付けられたらどうしようと心配だったが、そんなこともなく、彼はタオルで髪を拭っていた手を止めてこちらを見た。
「……なに」
「か、肩凝ってませんか!? マッサージしますよ!」
寮にいた頃よく頼まれたことだ。あの頃、いろいろ調べたこともあり、ちょっとだけマッサージには自信がある。
「……いらない」
「わ、わかりました……」
即答だった。でもめげずに僕は話を変えた。
「そ……そういえば! 明日、バイト上がり早いんです。夕食の買い物、僕も荷物持ちで一緒に行きます!」
「いらない。原付で行くから」
「じゃ、じゃあ、この前、ソウさんが見てたドラマ! あれ、映画版もあるの知ってましたか!? 借りてきたんで、一緒に観ませ――」
「興味ない」
僕は笑みを浮かべたまま、固まる。
あれ? もしかして……逆効果になってる?
でも祖母も『まとわりつく犬は可愛い』って言っていたし。
それに……
『類ちゃんが愛してる相手なら、ボクも愛せる自信があるから』
ニャン太さんの言葉が脳裏に蘇る。
……だから僕は思うんだ。僕だってソウさんと仲良くなれる、はずだって。
どんなに時間がかかっても諦めない。僕は、前向きにソウさんと関わっていこうと決意したのだ。
しかし……鬱陶しがられてるなら少し控えた方がいいんだろうか。
いや、いや。彼はこの前、夜食を作ってくれた。取り付く島がない、というわけではないだろう。ということは、僕が諦めたら試合は終了だ。……などという考え自体が鬱陶しいのか?
グルグルと思考がループする。どれが正解だ。誰か教えてくれ。
「ソウ。伝くん戸惑ってるよ」
思わぬ方向から助け船が出たのは、そんな時だった。
リビングで寛いでいた帝人さんだ。
「だから?」と、ソウさんは小首を傾げた。
「君と話をしたいんじゃないのかな」
「……そうなのか?」
一拍の間の後、ソウさんが僕に向き直る。
「はい……」
素直に頷けば、彼は首を振った。
「無駄だからやめた方がいい」
無駄。
ガツンと、『無駄』の文字が後頭部に直撃したかのような衝撃。
それってあれですか。会話しようと頑張るのは無意味って意味ですか。
僕と仲良くする気は全くないってことですか。
口を突いて出そうになるのを必死で押しとどめる。
と、その時、玄関の方で「ただいま~!」と元気な声が弾けた。
「ニャン太さまのお帰りだよ~って、なになに、何かあった?」
背中から飛びつかれる。鼻先を南国を思わせるフレーバーがくすぐる。
「ソウが最近見てるドラマの話をしてたんだよ」
「あー、結婚詐欺の話? あれどうなの? 面白い?」
「わからない」とソウさんが応える。
「そか。デンデンは? 観てるんだよね?」
「はい……」
会話の糸口になると思って、全部観た。
出演している俳優さんの簡単な経歴も調べて覚えた。ついでに周辺の作品も目を通した。……何の話にも発展しなかったけど。
「え、どうしてそんな悲しそうな顔するの? そんなつらい話なんだ?」
「いえ、コメディですよ……」
「コメディって顔じゃないけど……?」
僕は力なく笑う。するとニャン太さんは僕の頬を抓んで引っ張った。
「どしたの、デンデン。元気ないじゃん」
「そんなことは……」
言葉の途中で、ちゅっと唇で音が立つ。
「……ッ!?」
「隙あり」
ニッと口の端を持ち上げるニャン太さんから、僕は勢い良く距離を取った。
「ちょっ……ニャン太さんっ……!?」
「あはは~、良かった。元気出た出た」
元気とはまた違います。
というか、ああっ、ほらっ、ソウさんがまた凄い目つきでこっちを見てる……っ!
そんな僕らを眺めて帝人さんが和やかに口を開いた。
「随分と仲良くなったんだね。何かーー」
あったの、と問いを続けようとして、ポンッと手を打つ。
「あったわけか」
「えへへへへ」
ニコニコするニャン太さんには構わず、ソウさんは再びタオルで髪をぐしゃっと掻き回した。それからスタスタと歩き始めてしまう。
「あ、あの、ソウさんっ……!」
呼べば、彼は足を止めた。
それから首だけ巡らせて、僕を振り返る。
「……おやすみ」
「お、やすみなさい……」
「デンデン。ソウちゃんに用でもあった?」
ニャン太さんが僕の背中にぶらさがりながら言った。
僕は肩をすくめてみせる。
「……いえ、何も。大丈夫です」
「そうだ、ニャン太。アイス買ってきてあるから食べなよ」
「ふおおっ、帝人気が利く~♪ やっぱ仕事終わりには甘い物だよね~」
背中から重さが消えた。
僕はバタンと閉じられたソウさんの部屋の扉を見つめた。
……何のこれしき。
必要ならば僕はエベレストだって登ってみせる覚悟があるんだ。
しかし、人間、ムキになればなるほど事態は悪化するもので。
翌日の朝、事件は起こってしまった。
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