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chapter2

step.9 腰痛とDIY

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 新しい環境に慣れるのはなかなか難しい。
 引っ越してきてからしばらく経つが、まだ外が暗いうちに目が覚めてしまう。
 しかしそれも悪いことばかりではなかった。日が開けるまで学校やバイトの準備をし、空いた時間は本棚の整理に専念できたからだ。
 そのお陰で、部屋の片付けは予想以上に早く終わった。


 ニャン太さんと類さんが僕の部屋を訪れたのは、ある土曜日の朝だった。

「えーっ、本当に終わってる! 手伝おうと思ってたのに」

 僕の部屋を覗き込んで、ニャン太さんが目を丸くする。

「頑張ったな、マジで」

 類さんも感心したように部屋を眺めて言った。
 僕は胸にこそばゆいものを感じて肩を竦める。
 入って左の壁の本棚には、所狭しと本がはめ込まれている。大きさとジャンルでしっかり整頓されたそれは、自分でいうのもなんだが壮観だ。……勉強した気にならないようにしないと。

「なんていうか……ザ・学者先生って感じ!」

「すみません、ほとんど趣味の本です……」

「お、柳田国男全集がある」

 類さんが1冊の文庫本を手に取り、パラパラとめくった。

「誰? それ」

 ニャン太さんが彼の背中から本を覗きこむ。

「ガキの頃、よく神隠しにあってた民俗学の偉いオッサンだよ」

「はえ? どういうこと??」

「あの、興味あったら好きに読んでくださいね。そっちの方が本も嬉しいと思うんです」

「ありがと! じゃ、ボクのお気に入りのコミックと交換会しよね~」

「楽しみです」

 ニャン太さんは類さんから降りると僕の手を握った。それから彼はよくわからないダンスを踊り始める。

「デンデンの好きなジャンルはなんじゃろな~? お仕事もの? 推理? 意外と萌え系?」

「どうでしょうか。あんまり読んだことがないので……」

「ふむふむ。じゃあ、片っ端から沼に突き落としてあげる♪」

「沼……?」

 そんな話をしていると、文庫を棚に戻した類さんが口を開いた。

「そういや、伝。……デスクは?」

「え? ないですけど」

「ない?」

 眉根を寄せる類さんに、僕は頭をかいた。

「引っ越しの時に捨てちゃったんですよ」

「捨てた? なんで?」

「前の家では物を置くだけの場所になってたので、必要ないかなと思いまして」

「必要ないって、今どうしてんの」

「それは……段ボールを代わりに……」

「はあ!?」

 物置になっていたこともさることながら、正直なことを言えば、あれをこのマンションに運び入れるのは恥ずかしかった……

 小学校の頃、親戚にお下がりで貰ってからずっと使っていた年季ものだ。
 色は禿げてるし、シールの剥がした後だとか、彫刻刀で彫った跡だとか(僕ではなく前の持ち主がやったものだ)……まあ、とにかく汚かったから。

「そりゃまずいだろ」

 類さんが神妙な顔をした。

「問題ないですよ」

「今のところはな。でも、そのうち絶対に腰痛めるぞ」

 僕の両肩を掴み、彼は熱心に語った。
 もしかしなくても経験者だろうか?
 でも、なくても困っていないものを買うのは気が進まない。

 と、ニャン太さんが突然片手をあげた。

「はーい。だったら、ボクらからの引越祝いをデスクにするってどう?」

「ああ、それいいな」

「ええっ!? いや、だから、デスクは……!」

「善は急げって言うし、今日買いに行っちゃおーよ。カーテンも早く変えたかったし」

「僕の話を聞いて下さいよ!」

 家賃も払っていないのに引越祝いなんて貰えない。

「本当にいらないんですって。僕は健康そのものですし、そもそもデスクを置くスペースがあるなら、本を増やしたいといいますか……」

「伝。腰痛はクセになる。なってからじゃ遅い。遅いんだ!」

「僕は類さんみたいにずっと座ってるわけじゃないんですよ……っ」

「デンデン」

 と、ニャン太さんが僕と類さんのやり取りを遮った。

「は、はい……?」

 あまりにも真剣な様子に背を正せば、彼は僕の耳朶に唇を寄せてきた。
 それから、僕にだけ聞こえる声で囁いた。

「腰が痛くなっちゃったら……エッチできなくなっちゃうよ?」

 僕は唇を引き結んだ。

「いいの? それで?」

「…………デスク買います」
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