20 / 211
chapter2
step.9 腰痛とDIY
しおりを挟む
新しい環境に慣れるのはなかなか難しい。
引っ越してきてからしばらく経つが、まだ外が暗いうちに目が覚めてしまう。
しかしそれも悪いことばかりではなかった。日が開けるまで学校やバイトの準備をし、空いた時間は本棚の整理に専念できたからだ。
そのお陰で、部屋の片付けは予想以上に早く終わった。
ニャン太さんと類さんが僕の部屋を訪れたのは、ある土曜日の朝だった。
「えーっ、本当に終わってる! 手伝おうと思ってたのに」
僕の部屋を覗き込んで、ニャン太さんが目を丸くする。
「頑張ったな、マジで」
類さんも感心したように部屋を眺めて言った。
僕は胸にこそばゆいものを感じて肩を竦める。
入って左の壁の本棚には、所狭しと本がはめ込まれている。大きさとジャンルでしっかり整頓されたそれは、自分でいうのもなんだが壮観だ。……勉強した気にならないようにしないと。
「なんていうか……ザ・学者先生って感じ!」
「すみません、ほとんど趣味の本です……」
「お、柳田国男全集がある」
類さんが1冊の文庫本を手に取り、パラパラとめくった。
「誰? それ」
ニャン太さんが彼の背中から本を覗きこむ。
「ガキの頃、よく神隠しにあってた民俗学の偉いオッサンだよ」
「はえ? どういうこと??」
「あの、興味あったら好きに読んでくださいね。そっちの方が本も嬉しいと思うんです」
「ありがと! じゃ、ボクのお気に入りのコミックと交換会しよね~」
「楽しみです」
ニャン太さんは類さんから降りると僕の手を握った。それから彼はよくわからないダンスを踊り始める。
「デンデンの好きなジャンルはなんじゃろな~? お仕事もの? 推理? 意外と萌え系?」
「どうでしょうか。あんまり読んだことがないので……」
「ふむふむ。じゃあ、片っ端から沼に突き落としてあげる♪」
「沼……?」
そんな話をしていると、文庫を棚に戻した類さんが口を開いた。
「そういや、伝。……デスクは?」
「え? ないですけど」
「ない?」
眉根を寄せる類さんに、僕は頭をかいた。
「引っ越しの時に捨てちゃったんですよ」
「捨てた? なんで?」
「前の家では物を置くだけの場所になってたので、必要ないかなと思いまして」
「必要ないって、今どうしてんの」
「それは……段ボールを代わりに……」
「はあ!?」
物置になっていたこともさることながら、正直なことを言えば、あれをこのマンションに運び入れるのは恥ずかしかった……
小学校の頃、親戚にお下がりで貰ってからずっと使っていた年季ものだ。
色は禿げてるし、シールの剥がした後だとか、彫刻刀で彫った跡だとか(僕ではなく前の持ち主がやったものだ)……まあ、とにかく汚かったから。
「そりゃまずいだろ」
類さんが神妙な顔をした。
「問題ないですよ」
「今のところはな。でも、そのうち絶対に腰痛めるぞ」
僕の両肩を掴み、彼は熱心に語った。
もしかしなくても経験者だろうか?
でも、なくても困っていないものを買うのは気が進まない。
と、ニャン太さんが突然片手をあげた。
「はーい。だったら、ボクらからの引越祝いをデスクにするってどう?」
「ああ、それいいな」
「ええっ!? いや、だから、デスクは……!」
「善は急げって言うし、今日買いに行っちゃおーよ。カーテンも早く変えたかったし」
「僕の話を聞いて下さいよ!」
家賃も払っていないのに引越祝いなんて貰えない。
「本当にいらないんですって。僕は健康そのものですし、そもそもデスクを置くスペースがあるなら、本を増やしたいといいますか……」
「伝。腰痛はクセになる。なってからじゃ遅い。遅いんだ!」
「僕は類さんみたいにずっと座ってるわけじゃないんですよ……っ」
「デンデン」
と、ニャン太さんが僕と類さんのやり取りを遮った。
「は、はい……?」
あまりにも真剣な様子に背を正せば、彼は僕の耳朶に唇を寄せてきた。
それから、僕にだけ聞こえる声で囁いた。
「腰が痛くなっちゃったら……エッチできなくなっちゃうよ?」
僕は唇を引き結んだ。
「いいの? それで?」
「…………デスク買います」
引っ越してきてからしばらく経つが、まだ外が暗いうちに目が覚めてしまう。
しかしそれも悪いことばかりではなかった。日が開けるまで学校やバイトの準備をし、空いた時間は本棚の整理に専念できたからだ。
そのお陰で、部屋の片付けは予想以上に早く終わった。
ニャン太さんと類さんが僕の部屋を訪れたのは、ある土曜日の朝だった。
「えーっ、本当に終わってる! 手伝おうと思ってたのに」
僕の部屋を覗き込んで、ニャン太さんが目を丸くする。
「頑張ったな、マジで」
類さんも感心したように部屋を眺めて言った。
僕は胸にこそばゆいものを感じて肩を竦める。
入って左の壁の本棚には、所狭しと本がはめ込まれている。大きさとジャンルでしっかり整頓されたそれは、自分でいうのもなんだが壮観だ。……勉強した気にならないようにしないと。
「なんていうか……ザ・学者先生って感じ!」
「すみません、ほとんど趣味の本です……」
「お、柳田国男全集がある」
類さんが1冊の文庫本を手に取り、パラパラとめくった。
「誰? それ」
ニャン太さんが彼の背中から本を覗きこむ。
「ガキの頃、よく神隠しにあってた民俗学の偉いオッサンだよ」
「はえ? どういうこと??」
「あの、興味あったら好きに読んでくださいね。そっちの方が本も嬉しいと思うんです」
「ありがと! じゃ、ボクのお気に入りのコミックと交換会しよね~」
「楽しみです」
ニャン太さんは類さんから降りると僕の手を握った。それから彼はよくわからないダンスを踊り始める。
「デンデンの好きなジャンルはなんじゃろな~? お仕事もの? 推理? 意外と萌え系?」
「どうでしょうか。あんまり読んだことがないので……」
「ふむふむ。じゃあ、片っ端から沼に突き落としてあげる♪」
「沼……?」
そんな話をしていると、文庫を棚に戻した類さんが口を開いた。
「そういや、伝。……デスクは?」
「え? ないですけど」
「ない?」
眉根を寄せる類さんに、僕は頭をかいた。
「引っ越しの時に捨てちゃったんですよ」
「捨てた? なんで?」
「前の家では物を置くだけの場所になってたので、必要ないかなと思いまして」
「必要ないって、今どうしてんの」
「それは……段ボールを代わりに……」
「はあ!?」
物置になっていたこともさることながら、正直なことを言えば、あれをこのマンションに運び入れるのは恥ずかしかった……
小学校の頃、親戚にお下がりで貰ってからずっと使っていた年季ものだ。
色は禿げてるし、シールの剥がした後だとか、彫刻刀で彫った跡だとか(僕ではなく前の持ち主がやったものだ)……まあ、とにかく汚かったから。
「そりゃまずいだろ」
類さんが神妙な顔をした。
「問題ないですよ」
「今のところはな。でも、そのうち絶対に腰痛めるぞ」
僕の両肩を掴み、彼は熱心に語った。
もしかしなくても経験者だろうか?
でも、なくても困っていないものを買うのは気が進まない。
と、ニャン太さんが突然片手をあげた。
「はーい。だったら、ボクらからの引越祝いをデスクにするってどう?」
「ああ、それいいな」
「ええっ!? いや、だから、デスクは……!」
「善は急げって言うし、今日買いに行っちゃおーよ。カーテンも早く変えたかったし」
「僕の話を聞いて下さいよ!」
家賃も払っていないのに引越祝いなんて貰えない。
「本当にいらないんですって。僕は健康そのものですし、そもそもデスクを置くスペースがあるなら、本を増やしたいといいますか……」
「伝。腰痛はクセになる。なってからじゃ遅い。遅いんだ!」
「僕は類さんみたいにずっと座ってるわけじゃないんですよ……っ」
「デンデン」
と、ニャン太さんが僕と類さんのやり取りを遮った。
「は、はい……?」
あまりにも真剣な様子に背を正せば、彼は僕の耳朶に唇を寄せてきた。
それから、僕にだけ聞こえる声で囁いた。
「腰が痛くなっちゃったら……エッチできなくなっちゃうよ?」
僕は唇を引き結んだ。
「いいの? それで?」
「…………デスク買います」
0
お気に入りに追加
355
あなたにおすすめの小説
社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活
楓
BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。
草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。
露骨な性描写あるのでご注意ください。
4人の人類国王子は他種族に孕まされ花嫁となる
クズ惚れつ
BL
遥か未来、この世界には人類、獣類、爬虫類、鳥類、軟体類の5つの種族がいた。
人類は王族から国民までほとんどが、他種族に対し「低知能」だと差別思想を持っていた。
獣類、爬虫類、鳥類、軟体類のトップである4人の王は、人類の独占状態と差別的な態度に不満を抱いていた。そこで一つの恐ろしい計画を立てる。
人類の王子である4人の王の息子をそれぞれ誘拐し、王や王子、要人の花嫁として孕ませて、人類の血(中でも王族という優秀な血)を持った強い同族を増やし、ついでに跡取りを一気に失った人類も衰退させようという計画。
他種族の国に誘拐された王子たちは、孕まされ、花嫁とされてしまうのであった…。
※淫語、♡喘ぎなどを含む過激エロです、R18には*つけます。
※毎日18時投稿予定です
※一章ずつ書き終えてから投稿するので、間が空くかもです
俺の番が変態で狂愛過ぎる
moca
BL
御曹司鬼畜ドSなα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!!
ほぼエロです!!気をつけてください!!
※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!!
※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️
初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀
病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!
松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。
ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。
ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。
プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。
一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。
ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。
両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。
設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。
「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」
そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?
俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!
しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎
高校2年生のちょっと激しめの甘党
顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい
身長は170、、、行ってる、、、し
ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ!
そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、
それは、、、
俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!!
容姿端麗、文武両道
金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい)
一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏!
名前を堂坂レオンくん!
俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで
(自己肯定感が高すぎるって?
実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して
結局レオンからわからせという名のおしお、(re
、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!)
ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど
なんとある日空から人が降って来て!
※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ
信じられるか?いや、信じろ
腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生!
、、、ってなんだ?
兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる?
いやなんだよ平凡巻き込まれ役って!
あーもう!そんな睨むな!牽制するな!
俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!!
※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません
※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です
※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇♀️
※シリアスは皆無です
終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています
奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。
生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…?
自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。
※エロは後半です
※ムーンライトノベルにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる