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chapter2
step.7 引越しとピザ
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7月某日、天気は快晴。
予報に寄れば、本日の気温は30度を上回るらしい。
風は熱を孕んでいる。マンション周辺の木々からは、セミのけたたましい声が聞こえてきて、すっかり真夏の景色だ。
僕は額から滝のような汗を流しながら、ニャン太さんと引越し業者のトラックを待っていた。
「あっ……! 来たみたい!」
隣で声が上がる。
引越しのトラックが入ってきて、僕らは地下の駐車場に彼らを案内した。
住居者用のエレベーターと、搬入用のエレベータが別なのだ。
物凄い速さでマンションの床や搬入口に緩衝剤が設置され、すぐさま段ボールの運び入れが始まった。
持ってきた家電はノートパソコンだけで、残りは全て本だ。他は全て売って引越し代の足しにした。と言っても、洗濯はコインランドリーだったから、手放したのは中古で買った冷蔵庫と炊飯器だけだったが。
手持ち無沙汰で搬入作業を眺めていると、
「これ二人で持たないと腰逝くヤツ」
「鬼重いのいきまーす」「うっ……」
――なんて、物騒な声が聞こえてきた。
僕はひたすらに申し訳なく、心の中で何度もすみませんと繰り返した。
小さい段ボールに可能な限り分けて入れたものの、辞書やら辞典やら学術書やら図録やらのせいでこの世ならざる重さになってしまった。
「あのー……これ、何入ってるんですか?」と業者の人に問われて、僕は「本です」と応える。また別の人に「これは……」と問われて「本です」と繰り返す。
「凄い本の量だねぇ」
ニャン太さんが感心したように言った。
「すみません……」
「いやいや。コレは腕が鳴りますよ?」
「?」
きょとんとする僕に、ニャン太さんは楽しそうな様子で半袖をまくった。
それから、ふたりがかりで段ボールを運ぶ業者さんのところへ足取り軽く向かった。
「ボク、手伝いますよ。その鬼重いやつ、貸してください」
ニャン太さんの言葉に、業者の人たちが目を瞬かせる。
「やめといた方がいいですよ。本当に重いので……」
と、業者さんが言う。僕も頷いた。
「そ、そうですよ、プロの人がふたりがかりなのにーー」
僕が全てを言い終わる前に、ニャン太さんは業者の人から荷物をヒョイッと取り上げた。
「え……」
目を疑う。たぶん業者の人も同じ顔をしているんじゃないか。
「うわっ、確かにめちゃくちゃ重い……よく、床抜けなかったね、これ」
「それは、はあ、運が良かったみたいで……って、ニャン太さん平気なんですか……?」
「エレベーターもあるし、なんとかなるっしょ」
そう言って、さっさと業者専用のエレベーターの方へと歩いて行く。
その背を業者の人たちがあんぐりと口を開けて見ていた。
「じゃ、デンデン。ボクは運ぶの手伝うから、部屋の方で待ってて」
「は、はい……っ!」
指示を出されて我に返る。
僕はキツネにつままれたような気持ちのまま、住居者用のエレベーターまで走ると、部屋に戻った。
* * *
部屋に着くと、類さんが玄関周りの調度品を片付けていた。
「お。トラック着いた?」
立ち上がって腰を伸ばす類さんは、今日も清々しいほど格好いい。
本日の彼はエスニックスタイルだ。
高円寺辺りで売ってそうなカラフルな色合いの長袖のシャツを着ている。雑誌の表紙を飾れるんじゃないか、とか、そんなことを思いつつ僕は頷いた。
「はい。今から荷物が来ます」
「じゃあ、もう俺らに出来ることはねぇな」
それから類さんは、僕の方を見て何かを探すように視線を彷徨わせた。
「あれ? ニャン太は?」
「ニャン太さんは業者さんの手伝いを……」
「あー、なるほど」
彼は台所でコップを手にすると、ウォーターサーバーに向かった。
水を飲む。ゴクリゴクリと喉仏が上下する。
「あの、類さん……」
「うん?」
「ニャン太さん、力凄くないですか……?」
「気付いたか。アイツ、ああ見えてゴリラだぞ」
「ゴ……?」
聞き間違いではなさそうだ。
類さんは口元を手の甲で拭うと続けた。
「俺のこと余裕でお姫様抱っこ出来るし、なんならクルミを指で割れる」
リンゴを片手で潰せる話は聞いたことがあったけど、クルミを指で割るって初めて聞いたな……。
「玄関入って、すぐ右の部屋に運んでください。あっ、そこ、段差あるから気を付けて!」
その時、ちょうど玄関の外でニャン太さんの賑やかな声が聞こえてきて、僕は慌てて引越し作業に戻った。
* * *
業者さんが帰ると、引き続き類さんとニャン太さんは片付けを手伝ってくれた。
3人だと、本棚代わりのラックも易々と組み立てられるのだと知って感動する。
残る作業は、そのラックに中身を入れるだけだ。まあ、段ボールの9割は本なので、根気よくひとつずつ潰していくしかない。と思っていると。
「よっしゃ。段ボールの中身、全部出してくか」
類さんが足元の段ボールを開封しながら言った。
「ぜ、全部ですか?」
同じように荷解きをしていた僕は、驚いて顔を上げる。
今日中に片付け終わる量ではないし、全部開けるだなんて収拾が付かなくなりそうだ。
「引越しで片付かない原因は、いつまでも段ボールに突っ込んでおくからだ。コイツらが諸悪の根源。と、俺は学んだ」
箱を叩きながら類さんは言った。
「……なるほど」
僕は頷いた。思い当たる節が多過ぎる。
それからは黙々と作業を続けた。
取り出した本を床に平積みにし、潰した段ボールを部屋の外に運ぶを、僕らは繰り返した。
首に提げた手ぬぐいで、額から落ちる汗を拭う。小まめな水分補給も忘れない。
「ねえ、デンデン。この重たい本は何? これで誰か殴殺するの?」
ニャン太さんが漢和辞典をパラパラとめくりながら口を開く。
B5版、1冊あたり18000ページもある大型辞典だ。
「しませんよ。授業で使うんです」
「ひえー。院生ってこんなの使ってんの。めっちゃ筋トレになりそう……」
ニャン太さんはページを開いたまま、ダンベルのように上下に動かした。
彼は軽々と片手でやってのけているが、同じことをすると手首を捻挫するのを僕は知っている。
「ニャン太、それよこせ。重いやつは本棚の下って決まってっから」
「はいよ」
類さんの言葉に、ニャン太さんが辞典を閉じた。かと思うと、ポイッと放ろうとする。
「わぁあっ……!?」
僕は慌ててそれを阻止した。
「なっ、投げたらダメです……っ!」
「あっ……ごめん、高価な本だった!?」
「違います。先輩が足に落として指の骨折ってたので……っ」
告げると、ニャン太さんはマジマジと辞典を見つめた。
「やっぱり凶器じゃん……」
「いや、フツーに本は投げんなよ……」
* * *
外がとっぷりと暗くなる頃、僕らは作業を止めた。
窓を開けると、吹き込む風はだいぶ涼しくなっていた。
「結構片付いたんじゃね?」
類さんが肩を回しながら部屋を見渡す。それにニャン太さんがニコニコ笑って頷いた。
「うんうん、いい感じ」
「おふたりとも、本当にありがとうございました。助かりました」
僕は深々と頭を下げた。
正直、一日でここまで整頓できるとは想像だにしていなかった。足の踏み場もあるし、ベッドもデスクも本来の用途に使える。前のアパートの惨状を思うと奇蹟だ。
「後はカーテン買ってこようね~。暗い色じゃ気が滅入るだろうし」
「え、素敵な柄だと思いますけど……」
「ダメダメ。あくまでこれは物置用なんだから」
「そういうものですか……」
「そういうものです」
ニャン太さんが何故か自信ありげに胸を張る。
「わかりました。それじゃあ、今度カーテン選んでください」
僕は苦笑をこぼすと、麻紐とハサミを手に立ち上がった。
「およ? デンデン、どこ行くの?」
「外の段ボールまとめてきます。後で捨てる場所教えて貰ってもいいですか?」
「もちのロン。ってか、まとめるの手伝うし」
「んじゃ、俺は夕飯買いに行くかな。そろそろソウたちも帰ってくるだろ」
類さんが言う。すると、ニャン太さんが勢いよく彼を振り返った。
「おおっ、アレですな!?」
キラキラと目を輝かせる。
「もちろん、アレだ」
類さんはニヤリと口の端を持ち上げた。
「あの、アレって……?」
夕飯の話なんてしていただろうか?
首を傾げる僕に、ふたりは顔を見合わせる。
それから少年みたいな笑顔を浮かべると、口を揃えて言った。
「「ピザだよ」」
なるほど、ピザか。
「……って、どうしてピザなんですか」
「引越しの時はピザ食うだろ?」
よく分からないが、彼らの中ではそうらしい。
「ついでに生春巻きも買ってきて」
「了解」
類さんが出かけると、僕はニャン太さんと段ボールをまとめた。
それから家を軽く案内してもらった。
ゴミを出す場所、台所、洗濯機の場所、掃除用具を片付ける棚、誰の個室が何処にあるかなどなど……
「こんな感じかな。分からないことがあったら、つど遠慮なく聞いてね」
「はい」
僕はニャン太さんの説明を頭の中で反芻しながら、頷いた。
ここでの居場所を確保するため、僕は迅速に自分の出来ることを探さなければならない。
類さんは僕のバイト代を受け取ってくれなかったから尚更だ。
もちろんそんな微々たるお金なんて、彼には何の意味もないだろう。だが、何度「気にするな」と言われても、おんぶに抱っこな立場に甘んじるわけにはいかない。断固として。
なので、最低限、身体でーーつまり労働力で役に立たねば、と思うのだ。
* * *
「ただいま」
1時間もせず、類さんは帰ってきた。
「おかえり~類ちゃん!」
玄関までニャン太さんと出迎えに行く。
ピザとスーパーの袋を受け取ると、彼は類さんの頬にキスをした。
見ては失礼かと目を逸らせば、
「デンデンはお帰りのチューしないの?」
と訊かれた。
「しません」と上擦った声で応えると、類さんからただいまのチューをされた。
すっかり忘れかけていた関係性を思い出し頭が混乱する。頬が熱を持つ。
でも、やっぱり類さんに触れられるのは嬉しいわけで。
ドギマギしつつ、ふたりについてリビングに戻ると、ニャン太さんの携帯が鳴った。
「ソウちゃん、駅着いたって。帝人も一緒みたい」
「なら、もう準備していいな」
リビングのテーブルにピザを広げ、グラスと取り皿を用意する。
スーパーの袋の中身は、生春巻きとコーラだった。
しばらくすると玄関が開く音がして、「帰ったよ」と穏やかな声が続いた。
「引越しお疲れさま。下でソウと会ったんだけど……」
そう言って、リビングに現れた帝人さんは、テーブルの上を見て目を瞬かせた。
「あ」
帰ってきたふたりの手には、ピザ屋さんの袋がぶら下がっている。
「……な? 引越しの日は、ピザを食べるんだよ」
類さんが苦笑しながら僕に小首を傾げてみせた。
――とにかく引越しの日はピザを食べるものらしい。
彼らについて、僕が一番初めに知ったことはそれだった。
step.7「引越しとピザ」おしまい
予報に寄れば、本日の気温は30度を上回るらしい。
風は熱を孕んでいる。マンション周辺の木々からは、セミのけたたましい声が聞こえてきて、すっかり真夏の景色だ。
僕は額から滝のような汗を流しながら、ニャン太さんと引越し業者のトラックを待っていた。
「あっ……! 来たみたい!」
隣で声が上がる。
引越しのトラックが入ってきて、僕らは地下の駐車場に彼らを案内した。
住居者用のエレベーターと、搬入用のエレベータが別なのだ。
物凄い速さでマンションの床や搬入口に緩衝剤が設置され、すぐさま段ボールの運び入れが始まった。
持ってきた家電はノートパソコンだけで、残りは全て本だ。他は全て売って引越し代の足しにした。と言っても、洗濯はコインランドリーだったから、手放したのは中古で買った冷蔵庫と炊飯器だけだったが。
手持ち無沙汰で搬入作業を眺めていると、
「これ二人で持たないと腰逝くヤツ」
「鬼重いのいきまーす」「うっ……」
――なんて、物騒な声が聞こえてきた。
僕はひたすらに申し訳なく、心の中で何度もすみませんと繰り返した。
小さい段ボールに可能な限り分けて入れたものの、辞書やら辞典やら学術書やら図録やらのせいでこの世ならざる重さになってしまった。
「あのー……これ、何入ってるんですか?」と業者の人に問われて、僕は「本です」と応える。また別の人に「これは……」と問われて「本です」と繰り返す。
「凄い本の量だねぇ」
ニャン太さんが感心したように言った。
「すみません……」
「いやいや。コレは腕が鳴りますよ?」
「?」
きょとんとする僕に、ニャン太さんは楽しそうな様子で半袖をまくった。
それから、ふたりがかりで段ボールを運ぶ業者さんのところへ足取り軽く向かった。
「ボク、手伝いますよ。その鬼重いやつ、貸してください」
ニャン太さんの言葉に、業者の人たちが目を瞬かせる。
「やめといた方がいいですよ。本当に重いので……」
と、業者さんが言う。僕も頷いた。
「そ、そうですよ、プロの人がふたりがかりなのにーー」
僕が全てを言い終わる前に、ニャン太さんは業者の人から荷物をヒョイッと取り上げた。
「え……」
目を疑う。たぶん業者の人も同じ顔をしているんじゃないか。
「うわっ、確かにめちゃくちゃ重い……よく、床抜けなかったね、これ」
「それは、はあ、運が良かったみたいで……って、ニャン太さん平気なんですか……?」
「エレベーターもあるし、なんとかなるっしょ」
そう言って、さっさと業者専用のエレベーターの方へと歩いて行く。
その背を業者の人たちがあんぐりと口を開けて見ていた。
「じゃ、デンデン。ボクは運ぶの手伝うから、部屋の方で待ってて」
「は、はい……っ!」
指示を出されて我に返る。
僕はキツネにつままれたような気持ちのまま、住居者用のエレベーターまで走ると、部屋に戻った。
* * *
部屋に着くと、類さんが玄関周りの調度品を片付けていた。
「お。トラック着いた?」
立ち上がって腰を伸ばす類さんは、今日も清々しいほど格好いい。
本日の彼はエスニックスタイルだ。
高円寺辺りで売ってそうなカラフルな色合いの長袖のシャツを着ている。雑誌の表紙を飾れるんじゃないか、とか、そんなことを思いつつ僕は頷いた。
「はい。今から荷物が来ます」
「じゃあ、もう俺らに出来ることはねぇな」
それから類さんは、僕の方を見て何かを探すように視線を彷徨わせた。
「あれ? ニャン太は?」
「ニャン太さんは業者さんの手伝いを……」
「あー、なるほど」
彼は台所でコップを手にすると、ウォーターサーバーに向かった。
水を飲む。ゴクリゴクリと喉仏が上下する。
「あの、類さん……」
「うん?」
「ニャン太さん、力凄くないですか……?」
「気付いたか。アイツ、ああ見えてゴリラだぞ」
「ゴ……?」
聞き間違いではなさそうだ。
類さんは口元を手の甲で拭うと続けた。
「俺のこと余裕でお姫様抱っこ出来るし、なんならクルミを指で割れる」
リンゴを片手で潰せる話は聞いたことがあったけど、クルミを指で割るって初めて聞いたな……。
「玄関入って、すぐ右の部屋に運んでください。あっ、そこ、段差あるから気を付けて!」
その時、ちょうど玄関の外でニャン太さんの賑やかな声が聞こえてきて、僕は慌てて引越し作業に戻った。
* * *
業者さんが帰ると、引き続き類さんとニャン太さんは片付けを手伝ってくれた。
3人だと、本棚代わりのラックも易々と組み立てられるのだと知って感動する。
残る作業は、そのラックに中身を入れるだけだ。まあ、段ボールの9割は本なので、根気よくひとつずつ潰していくしかない。と思っていると。
「よっしゃ。段ボールの中身、全部出してくか」
類さんが足元の段ボールを開封しながら言った。
「ぜ、全部ですか?」
同じように荷解きをしていた僕は、驚いて顔を上げる。
今日中に片付け終わる量ではないし、全部開けるだなんて収拾が付かなくなりそうだ。
「引越しで片付かない原因は、いつまでも段ボールに突っ込んでおくからだ。コイツらが諸悪の根源。と、俺は学んだ」
箱を叩きながら類さんは言った。
「……なるほど」
僕は頷いた。思い当たる節が多過ぎる。
それからは黙々と作業を続けた。
取り出した本を床に平積みにし、潰した段ボールを部屋の外に運ぶを、僕らは繰り返した。
首に提げた手ぬぐいで、額から落ちる汗を拭う。小まめな水分補給も忘れない。
「ねえ、デンデン。この重たい本は何? これで誰か殴殺するの?」
ニャン太さんが漢和辞典をパラパラとめくりながら口を開く。
B5版、1冊あたり18000ページもある大型辞典だ。
「しませんよ。授業で使うんです」
「ひえー。院生ってこんなの使ってんの。めっちゃ筋トレになりそう……」
ニャン太さんはページを開いたまま、ダンベルのように上下に動かした。
彼は軽々と片手でやってのけているが、同じことをすると手首を捻挫するのを僕は知っている。
「ニャン太、それよこせ。重いやつは本棚の下って決まってっから」
「はいよ」
類さんの言葉に、ニャン太さんが辞典を閉じた。かと思うと、ポイッと放ろうとする。
「わぁあっ……!?」
僕は慌ててそれを阻止した。
「なっ、投げたらダメです……っ!」
「あっ……ごめん、高価な本だった!?」
「違います。先輩が足に落として指の骨折ってたので……っ」
告げると、ニャン太さんはマジマジと辞典を見つめた。
「やっぱり凶器じゃん……」
「いや、フツーに本は投げんなよ……」
* * *
外がとっぷりと暗くなる頃、僕らは作業を止めた。
窓を開けると、吹き込む風はだいぶ涼しくなっていた。
「結構片付いたんじゃね?」
類さんが肩を回しながら部屋を見渡す。それにニャン太さんがニコニコ笑って頷いた。
「うんうん、いい感じ」
「おふたりとも、本当にありがとうございました。助かりました」
僕は深々と頭を下げた。
正直、一日でここまで整頓できるとは想像だにしていなかった。足の踏み場もあるし、ベッドもデスクも本来の用途に使える。前のアパートの惨状を思うと奇蹟だ。
「後はカーテン買ってこようね~。暗い色じゃ気が滅入るだろうし」
「え、素敵な柄だと思いますけど……」
「ダメダメ。あくまでこれは物置用なんだから」
「そういうものですか……」
「そういうものです」
ニャン太さんが何故か自信ありげに胸を張る。
「わかりました。それじゃあ、今度カーテン選んでください」
僕は苦笑をこぼすと、麻紐とハサミを手に立ち上がった。
「およ? デンデン、どこ行くの?」
「外の段ボールまとめてきます。後で捨てる場所教えて貰ってもいいですか?」
「もちのロン。ってか、まとめるの手伝うし」
「んじゃ、俺は夕飯買いに行くかな。そろそろソウたちも帰ってくるだろ」
類さんが言う。すると、ニャン太さんが勢いよく彼を振り返った。
「おおっ、アレですな!?」
キラキラと目を輝かせる。
「もちろん、アレだ」
類さんはニヤリと口の端を持ち上げた。
「あの、アレって……?」
夕飯の話なんてしていただろうか?
首を傾げる僕に、ふたりは顔を見合わせる。
それから少年みたいな笑顔を浮かべると、口を揃えて言った。
「「ピザだよ」」
なるほど、ピザか。
「……って、どうしてピザなんですか」
「引越しの時はピザ食うだろ?」
よく分からないが、彼らの中ではそうらしい。
「ついでに生春巻きも買ってきて」
「了解」
類さんが出かけると、僕はニャン太さんと段ボールをまとめた。
それから家を軽く案内してもらった。
ゴミを出す場所、台所、洗濯機の場所、掃除用具を片付ける棚、誰の個室が何処にあるかなどなど……
「こんな感じかな。分からないことがあったら、つど遠慮なく聞いてね」
「はい」
僕はニャン太さんの説明を頭の中で反芻しながら、頷いた。
ここでの居場所を確保するため、僕は迅速に自分の出来ることを探さなければならない。
類さんは僕のバイト代を受け取ってくれなかったから尚更だ。
もちろんそんな微々たるお金なんて、彼には何の意味もないだろう。だが、何度「気にするな」と言われても、おんぶに抱っこな立場に甘んじるわけにはいかない。断固として。
なので、最低限、身体でーーつまり労働力で役に立たねば、と思うのだ。
* * *
「ただいま」
1時間もせず、類さんは帰ってきた。
「おかえり~類ちゃん!」
玄関までニャン太さんと出迎えに行く。
ピザとスーパーの袋を受け取ると、彼は類さんの頬にキスをした。
見ては失礼かと目を逸らせば、
「デンデンはお帰りのチューしないの?」
と訊かれた。
「しません」と上擦った声で応えると、類さんからただいまのチューをされた。
すっかり忘れかけていた関係性を思い出し頭が混乱する。頬が熱を持つ。
でも、やっぱり類さんに触れられるのは嬉しいわけで。
ドギマギしつつ、ふたりについてリビングに戻ると、ニャン太さんの携帯が鳴った。
「ソウちゃん、駅着いたって。帝人も一緒みたい」
「なら、もう準備していいな」
リビングのテーブルにピザを広げ、グラスと取り皿を用意する。
スーパーの袋の中身は、生春巻きとコーラだった。
しばらくすると玄関が開く音がして、「帰ったよ」と穏やかな声が続いた。
「引越しお疲れさま。下でソウと会ったんだけど……」
そう言って、リビングに現れた帝人さんは、テーブルの上を見て目を瞬かせた。
「あ」
帰ってきたふたりの手には、ピザ屋さんの袋がぶら下がっている。
「……な? 引越しの日は、ピザを食べるんだよ」
類さんが苦笑しながら僕に小首を傾げてみせた。
――とにかく引越しの日はピザを食べるものらしい。
彼らについて、僕が一番初めに知ったことはそれだった。
step.7「引越しとピザ」おしまい
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