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chapter1
step.4 ピアスと家族
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僕はカーテンから差し込む柔らかな光で目を覚ました。
頭がボーッとしている。……泣き過ぎたのだ。
隣から規則正しい寝息が聞こえてきて、僕は眼鏡をかけるとそちらを見た。
類さんが無防備な様子で眠っている。
ちゃんと長袖のトレーナーを着込み、丸まって眠る姿はなんだか子供みたいだ。でも、その寝顔は驚くほど色っぽい。
長い睫毛が色濃く影を落とし、半開きの唇は昨日の情事を思わせるようにぽってりと赤くなっている。
昨日……気持ち良かったな。
知れず、僕は溜息をこぼした。
情熱的な夜はまるでフィクションだった。思い出すと、ズクズクと身体の奥にもどかしげな熱が湧き上がってくる。
僕は下唇を舐めた。
類さんにキスしたい。……でも、せっかく気持ちよく寝ているのに起こしてはダメだ。
僕は浅く呼吸を繰り返して、劣情を頭の中から追い出す。
と、彼の右耳にピアスがついていることに気がついた。
赤い石は、ルビーだろうか。ガーネットだろうか。
アルファベットのUの……いや、馬の蹄のデザインだろう。
それは類さんの薄い耳朶に、しっくりと吸い付いている。まるで彼の身体の一部みたいに。
「あれ……?」
ピアスを眺めていた僕は、突然デジャブを感じて目を瞬いた。
僕はこのピアスを……
これを付けた人をどこかで見たことがある……気がする。
その時、思案を巡らせる僕の頭に、とある考えが降って湧いた。
もしかして、僕はバーで声をかけられる前に、類さんと出会っていたのではないだろうか。
その時の何かがきっかけで、彼は僕に興味を抱いた……?
だとしたら、いつ、何処で彼と会ったのだろう。
僕は更に記憶を探る。
思い出せそうで思い出せない。
しかし、このピアスを知っていることは確かだ。Uの字のデザインを不思議に思って、ああ馬の蹄か、と思い直したのだ。さっきのように。
でも、こんな俳優みたいな素敵な人を忘れるだろうか……
じっと考え込んでいると、パチリと類さんが目を開けた。
「あ、おはようございます」
「……おはよ」
類さんは僕と目が合うと柔らかく微笑んで、気怠げに言った。
「なに……? 俺の寝顔に見惚れてた……?」
「……そんなところです」
頷けば、彼は僕の頬に愛おしそうに触れる。
甲でそっと撫でられると、胸が甘く震えた。
僕は彼の手を取り唇を押し付ける。
ああ……愛おしいな、と思う。
切なくて、温かくて、とても……幸せだ。
「……ねえ、類さん」
僕は彼に身体を寄せ額をくっ付けるようにすると、口を開いた。
「もしかして、僕……バーで声をかけられる前に、あなたと会ったことがあるんじゃないですか?」
類さんが目を見開く。
ついで、フッと視線を逸らした。
「あるんですね」と、僕は確信を込めて言った。
「…………まあ、な」
「それ、いつのことです?」
「内緒」
「ええ? どうして隠すんですか」
言葉を重ねると、口を封じるように抱きしめられる。
「類さん?」
「……わざわざ自分のカッコ悪い話はしたくねぇよ」
つまり、『その時』は今の彼とは印象が違っているということだ。
例えば、太っていたとか?
うーん……それはちょっと違う気がする……
「……おい。思い出そうとするなって」
「だって気になりますよ」
「ダメだっつの。幻滅するから」
「そんなことしませんってーー」
眼鏡を取り上げられたかと思えば、思考を追い払うようなキスをされた。
そのまま組み敷かれ、更に深く口中を貪られる。
「んっ、んんっ、ンッ……」
身体が火照っていく。
エアコンの冷風が心地良く頬を撫でる。
「は、ぁっ……も、朝ですよっ……?」
「だから、なに……?」
少し長めのワインレッドの髪が、耳の辺りで緩くカールしている。
その髪の合間から覗く、同色のピアスーー
「あ」
僕は類さんの肩を押した。
「電車……電車で会った……?」
頭がボーッとしている。……泣き過ぎたのだ。
隣から規則正しい寝息が聞こえてきて、僕は眼鏡をかけるとそちらを見た。
類さんが無防備な様子で眠っている。
ちゃんと長袖のトレーナーを着込み、丸まって眠る姿はなんだか子供みたいだ。でも、その寝顔は驚くほど色っぽい。
長い睫毛が色濃く影を落とし、半開きの唇は昨日の情事を思わせるようにぽってりと赤くなっている。
昨日……気持ち良かったな。
知れず、僕は溜息をこぼした。
情熱的な夜はまるでフィクションだった。思い出すと、ズクズクと身体の奥にもどかしげな熱が湧き上がってくる。
僕は下唇を舐めた。
類さんにキスしたい。……でも、せっかく気持ちよく寝ているのに起こしてはダメだ。
僕は浅く呼吸を繰り返して、劣情を頭の中から追い出す。
と、彼の右耳にピアスがついていることに気がついた。
赤い石は、ルビーだろうか。ガーネットだろうか。
アルファベットのUの……いや、馬の蹄のデザインだろう。
それは類さんの薄い耳朶に、しっくりと吸い付いている。まるで彼の身体の一部みたいに。
「あれ……?」
ピアスを眺めていた僕は、突然デジャブを感じて目を瞬いた。
僕はこのピアスを……
これを付けた人をどこかで見たことがある……気がする。
その時、思案を巡らせる僕の頭に、とある考えが降って湧いた。
もしかして、僕はバーで声をかけられる前に、類さんと出会っていたのではないだろうか。
その時の何かがきっかけで、彼は僕に興味を抱いた……?
だとしたら、いつ、何処で彼と会ったのだろう。
僕は更に記憶を探る。
思い出せそうで思い出せない。
しかし、このピアスを知っていることは確かだ。Uの字のデザインを不思議に思って、ああ馬の蹄か、と思い直したのだ。さっきのように。
でも、こんな俳優みたいな素敵な人を忘れるだろうか……
じっと考え込んでいると、パチリと類さんが目を開けた。
「あ、おはようございます」
「……おはよ」
類さんは僕と目が合うと柔らかく微笑んで、気怠げに言った。
「なに……? 俺の寝顔に見惚れてた……?」
「……そんなところです」
頷けば、彼は僕の頬に愛おしそうに触れる。
甲でそっと撫でられると、胸が甘く震えた。
僕は彼の手を取り唇を押し付ける。
ああ……愛おしいな、と思う。
切なくて、温かくて、とても……幸せだ。
「……ねえ、類さん」
僕は彼に身体を寄せ額をくっ付けるようにすると、口を開いた。
「もしかして、僕……バーで声をかけられる前に、あなたと会ったことがあるんじゃないですか?」
類さんが目を見開く。
ついで、フッと視線を逸らした。
「あるんですね」と、僕は確信を込めて言った。
「…………まあ、な」
「それ、いつのことです?」
「内緒」
「ええ? どうして隠すんですか」
言葉を重ねると、口を封じるように抱きしめられる。
「類さん?」
「……わざわざ自分のカッコ悪い話はしたくねぇよ」
つまり、『その時』は今の彼とは印象が違っているということだ。
例えば、太っていたとか?
うーん……それはちょっと違う気がする……
「……おい。思い出そうとするなって」
「だって気になりますよ」
「ダメだっつの。幻滅するから」
「そんなことしませんってーー」
眼鏡を取り上げられたかと思えば、思考を追い払うようなキスをされた。
そのまま組み敷かれ、更に深く口中を貪られる。
「んっ、んんっ、ンッ……」
身体が火照っていく。
エアコンの冷風が心地良く頬を撫でる。
「は、ぁっ……も、朝ですよっ……?」
「だから、なに……?」
少し長めのワインレッドの髪が、耳の辺りで緩くカールしている。
その髪の合間から覗く、同色のピアスーー
「あ」
僕は類さんの肩を押した。
「電車……電車で会った……?」
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