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chapter1

step.3-2* 傘とボディランゲージ

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 手を引かれ立ち上がると、類さんが口を開いた。

「酔っ払いにでもぶつかった? ケガは?」

「な……ないです……」

「そうか、良かった」

 また類さんに会えるなんて……これは夢か?

「久々に店に顔出したら、イサミちゃんに今さっきあんたが来たって聞いて探してたんだ。随分落ち込んでたって言うし……何かあったのかなって」

 彼は僕を連れて道の端に避けると、優しく問いかけてきた。

「部屋が雨漏りしてしまって……」

 呆然としながら答える。

「マジか。そりゃ災難だったな」

「そう、ですね……災難と言えば災難でした……でも……」

 鼻の奥がツンとする。
 僕は唇を引き結んだ。

 もう後悔したくない。
 きっとこれは神様がくれた最後のチャンスだろう。

 僕は1、2度、無意味に唇を開閉させてから唾を飲み下すと、類さんを真っ直ぐ見つめた。

「でも、お陰であなたに会えた」

 きょとんとする類さんに、顔が熱くなった。けれど僕は握り締めた手を足に押し当てて、俯きたい衝動に耐えると続けた。

「……その、会いたかったんです。あなたに」

「洞谷……」

 類さんが驚いたように目を見開く。

「失恋したばかりでこんなこと……軽薄だって、自分でも思います。
正直言うと、この感情が好意なのか、寂しさなのか僕には分からない。自分勝手な気持ちに、あなたを巻き込もうとしているのかもしれない。でも」

 舌がもつれる。ちゃんと話せているか不安になる。

「でも、あなたと食事をして凄く楽しかったんです。だから、また会いたかった。会って、話がしたかった」

 一息に告げる。
 心臓がこれ以上なくバクバクしている。

 類さんが気恥ずかしそうに俯いて、鼻の頭を指先でかく。
 それから目を細めて笑った。

「どんな感情だっていい。巻き込んでくれるなんて本望だ。……そもそも弱ってるとこにつけ込んだのは俺だしな」

 彼の笑顔に全身の血が沸騰する。
 身体がバラバラになってしまいそうだ。

「うち来ないか。ここから近いんだよ。……そのままだと風邪ひいちまうし」

 断る理由なんてあるわけない。
 僕は「はい」と上擦った声で応えた。
 
* * *

 類さんのマンションは、最寄りの地下鉄通路と直結していた。
 カードキーをかざしウォールナット製の扉が開くと、芳しい香りで満ちた目も眩むようなエントランスロビーが広がる。

 第一印象は、とんでもないところに来てしまった、だった。

 磨き抜かれた大理石の床に、笑顔で出迎えてくれる美人コンシェルジュ、少し進むと流水の落ちる涼しげなパネルが設置されていて、その前には控えめにライトアップされた観葉植物が置かれていた。さながらホテルのようだ。
 類さんは勝手知ったる様子で――いや当たり前なんだが――奥のエレベーターに乗った。
 再びカードキーをかざし、1分もかからず目的階に到着する。

 玄関を入った先にも、大理石の床が広がっていた。広さは、僕のアパートが一棟丸ごと入りそうなくらいだ。
 狭い東京にこんなに広大な居住空間があることが信じられない。

「とりあえず、シャワー浴びろよ。着替えとかタオルとか持ってくから」

「は……はい……お借りしますね……」

 再会の喜びのままついてきてしまったが、場違い感が半端なく、僕はそそくさと逃げるように教えてもらった部屋に飛び込んだ。
 肌に張り付く気持ち悪い服を脱ぎ捨て、浴室に足を踏み入れる。

「……はぁ」

 シャワーのお湯を頭からかぶって、僕は溜息を吐いた。
 前髪を伝って流れ落ちる水滴を見つめているうちに、だんだんと思考が巡り始める。
 豪勢なマンションへの尻込みが、別の緊張へシフトして、心臓の鼓動がバクバクと激しさを増す……

 家に来ないか、とは『そういうこと』だ。
 さすがに、これから何が起こるか分からないほど僕はウブじゃない。

 心配事といえば、ひとつ――入るか? と、いうことだけだ。

 僕は恐る恐る後穴に指を這わせた。
 せっかく手に入れたチャンスなのに、失敗したくない。何度も自身で慰めたことはあるから不可能ではないだろうが……この場合、事前に自分で解しておくのが正解なんだろうか。
 変に時間がかかって面倒がられたら嫌だし。

「洞谷。タオル持ってきたぞ」

 扉の外から聞こえた声に、僕は慌てて手を引っ込めた。

「あっ、ありがとうございます……! 適当に置いておいてください!」

 首だけ巡らせて扉に向かって声を張り上げる。すると何故か浴室の扉が開いた。

「……って、何してるんですか!?」

 眼鏡を外してぼやぼやした視界に、タオルを腰に巻いた姿の類さんが立っている。

「洗ってやるよ」

 彼は楽しげにそう言うと、浴室に入ってきた。

「いや、いやいやいや、自分で出来ますから!」

「でも、もう脱いじまったし。遠慮すんなって」

 そう言って、ケラケラ笑う。

 遠慮じゃないです……
 そうか細く呟きつつ、僕は股間を両手で隠し身を縮こまらせた。
 類さんは気にせず、持ってきたタオルにボディーソープを垂らして泡立て始める。

「綺麗な背中だな」

「あ……りがとうございます……」

 類さんが僕の背にタオルを押し付ける。
 首筋、肩、肩甲骨の辺り、と丁寧に洗ってくれる。

「脇洗うから、腕上げろ」

「はい……」

 僕はさりげなく足を閉じて前傾姿勢になった。
 まだキスすらしていないのに隆起してしまっている。恥ずかしいことこの上ない。

「次は前」

「い、いえ、それはさすがに……」

「なんで?」

 耳元で囁かれて、僕は身体を強張らせた。
 すると泡でぬるついた脇腹に類さんの手が触れた。

「ぁ……」

 その手は腹筋をくすぐるようにして下降すると、恥骨を撫で、やがて足の間に到達した。

「ここ、こうなってるのバレたら……恥ずかしい?」

 ツツ、と双球を指先が突き、血管の浮き上がった裏筋をなぞられる。

「や、類さっ……」

 手を払おうとすれば、逆に掴まれ、後ろに導かれた。
 彼は僕の背に体を密着させると、ソコを握らせてくる。

「あ……」

「あんただけじゃねぇよ。ほら……俺もバッキバキ」

 彼の中心もまた、僕のと同じように熱く反り立っていた。
 興奮しているのは自分だけじゃないと知って、胸の鼓動が跳ねる。

「前向いて。……伝」

 ねっとりと、情熱的に類さんが僕の名前を呼んだ。

「なんで、名前……」

「あんたも俺のこと名前で呼ぶだろ……?」

「それは、だって……」

 イサミさんの呼び方に引きずられていただけだ。
 でも、それを告げたって、彼が僕のことを名前で呼ぶのを止める理由にはならない。

「伝」

「っ……」

 ちゅっ、と耳朶に口付けられる。
 続いてザラついた舌が耳穴をくすぐった。

「んっ、んんっ、類さ……ぁ……」

「耳、弱いんだ……?」

「そんなこと……」

 口籠もっていると、類さんの方へ身体を向けられた。

「はは。顔真っ赤だな。可愛い」

「……洗うだけって言ったじゃないですか」

 視線を落として言えば、頬を両手で包み込まれ上向かせられる。

「ご馳走前にして、味見するなって方が無理」

 荒い呼吸が重なり合うほど近くに、彼の整った顔があった。
 自然と唇が開いて瞼が落ちる。

 唇が重なった。
 薄くて冷たい感触……触れるだけのキスをして、類さんの顔が離れる。
 初めてのキスは、夢見るようにとびきり優しい。

 僕は薄目を開け、再び目を閉じた。
 角度を変えて、もう一度。続いて貪るような口付けが仕掛けられる。

「んむっ、ぅ……!」

 舌と舌を擦り合わせ、絡みとられたそれを唇で扱かれた。
 今まで味わったことのない心地良さに、反射的に身を引きそうになるも、頬をがっちりと両手で包まれ、逆に口中深くを暴かれる。

「はっ、ぁ、んンッ、ふぁ……類しゃ……」

 吐息を奪われ、お腹の奥がズクズクした。
 性的な興奮は最高潮に達し、目眩がして立っていられない。

 唇が離れて、類さんが僕を支えた。
 背中をトントンと優しく撫でて、ちゅ、と頬にキスを落とす。

「……泡、流すぞ」

 呼吸が少しだけ落ち着いた頃、類さんが言った。
 僕は彼の肩に鼻先を押しつけて首を振った。

「あの……僕も、洗います。背中ください」

「いや、俺はいいよ。軽く流すだけで」

 固い声だった。
 僕は違和感を覚えて顔を上げる。すると、彼は困ったように笑った。

「店行く前にシャワー浴びたから」

「でも……僕ばっかり……」

「我慢出来ねぇの。……分かるだろ?」

 はぐらかすように尾てい骨の辺りを指先でくすぐられる。
 我慢できないのは僕も同じで、僅かに脳裏を過った違和感は、甘くくすぐられている間にさっさと消えてしまった。
 僕は大人しく泡を流して貰うと浴室を出た。

 タオルで濡れた身体を荒々しく拭い合う。
 用意して貰った真新しい下着を身につけ、ズボンを履こうとすれば手を引かれた。
 僕は慌てて眼鏡だけ掴み、彼についていく。

 大理石の床を裸足で歩くペタペタという音。
 奥の部屋へ辿り着くと、類さんは電気もつけず僕をベッドに押し倒した。
 眼鏡を取り上げられる。

「伝……」

 情欲に潤んだ瞳に吸い込まれそうだ。
 僕らは夢中になって再びキスをした。
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