上 下
6 / 211
chapter1

step.3 傘とボディランゲージ

しおりを挟む
 僕は肩を落としてビジネスホテルに向かって歩いていた。

 湿ったカビの臭いが鼻をつく。
 雨は家を出た時よりも、だいぶ落ち着いていた。

 ……実はついさっき、思い切って行きつけのバーに寄ってみた。
 でも類さんはいなかった。
 イサミさんの話によると、最近は全く顔を見せていないらしい。
 一応、彼が来たら渡して欲しいと電話番号を書いたメモを置いてきたが……連絡がくる確率は低そうだ。

 そんなことを考えていた矢先ーー
 ズボンのポケットで携帯が震えて、僕は飛びつくようにして電話に出た。

「はいっ、洞谷です……!」

『やっと繋がった』

 胸の高鳴りが、一瞬で凍りつく。
 抑揚のない高圧的な声……兄だ。

「ひ、久しぶり、兄さん。元気にしてーー」

『来週末、仕事で東京に行くことになった。話があるから時間を空けておけ』

「えっ!? ちょ、急にそんなこと言われても困るよ。僕にだって用事がっ」

『用事?』

 電話の向こうで、兄は冷ややかに鼻で笑った。

『そんなものがあるなら今すぐ断れ。学生の用など、たかが知れている』

「そんな……」

『詳しい時間が分かったら後でメールする。……いいな。逃げるなよ、伝』

「ま、待ってよ、兄さっ……」

 プツリと電話が切れた。

「……本当、相変わらずな人だ」

 彼は僕のことを同じ人間と思っていない節がある。親からの期待を一身に背負う優秀な彼からしたら、いい歳をして就職もせず、学生を続けている僕はゴミみたいなものなんだろう。

 深い溜息が溢れた。

 身体は雨でぐしょぐしょ。
 新居は雨漏りをして、兄からは何やら不穏な話があるらしい。
 類さんとの繋がりも切れてしまって、

「邪魔だ!」

「……っ」

 すれ違い様に突き飛ばされて、僕は水溜りに尻餅をついた。
 携帯が手から滑り落ちて、濡れたコンクリートの上を転がる。

 ……なんかもう、いろいろダメだ。

 道行く人が不審な視線を向けてくるのに、僕はすぐには立ち上がれなかった。

 いつも後悔ばかりしている。こんな自分が嫌いでたまらない。
 でも、どうしたらいい?
 変わろうと何度も思った。でも変われなかった。
 それってつまりは、自分はそんなこと望んでいないってことじゃないのか。
 なら、もう、このままで……

 雨が止んだのは、そんな時だ。
 ぼんやりと顔を持ち上げると、見覚えのない傘が差し出されている。

「大丈夫か?」

 それから、身体をかがめ、心配そうにこちらを覗き込んでくる男と目が合った。
 雨で霞むネオンの光に、ワインレッドの髪がキラキラと輝いている。

「類さん」

 僕は呆然と彼の名前を呼んだ。
 類さんは大きな手を僕に伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

孤独な王女

恋愛
第一部 愛情を与えられない王女リエン。 母親は生まれた直後に暗殺され、父親は心を壊し、親戚はリエンをおいて逃げ出し、結果として後妻のもとに取り残された、別名「忘れられた王女」。 幼い身で折檻を受け続け、瀕死の憂き目に遭ったリエンは、己の中で目覚めた救世主に希望を知る……。 誰もが哀れみ、蔑み、そうして彼女のようになりたくはないと目を背け嘲笑う王女は、ひっそりと強さを知り、味方と出会い、力を身につけていく……。 王女の目の前には幸福などない。だからといって、誰が絶望するものか。与えられる餌で誰が牙を抜かれるものか。 鉄より強固な反骨精神を隠しながら、王女は「来たる日」までひっそりと日々をやり過ごしていく。 第二部 王女として復権したリエン。大きな抑圧から外れた彼女の魂には、まだまだ枷が残っていた。 最強の騎士を従者にしつつも孤独は変わらず。 毒殺未遂に誘拐既遂、初めてできた侍女に友人に前世の因縁に学園生活に……続々と起こる様々な出来事。 加えて他国はこの肥沃な国土に爛々と目を光らせている。 普通とはかけ離れた波乱まみれの日々を乗り越えて、やっと王女は「幸せ」を手に入れる。 ※恋愛要素はとっっっっても薄いです。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

私の作った料理を食べているのに、浮気するなんてずいぶん度胸がおありなのね。さあ、何が入っているでしょう?

kieiku
恋愛
「毎日の苦しい訓練の中に、癒やしを求めてしまうのは騎士のさがなのだ。君も騎士の妻なら、わかってくれ」わかりませんわ? 「浮気なんて、とても度胸がおありなのね、旦那様。私が食事に何か入れてもおかしくないって、思いませんでしたの?」 まあ、もうかなり食べてらっしゃいますけど。 旦那様ったら、苦しそうねえ? 命乞いなんて。ふふっ。

スキル『日常動作』は最強です ゴミスキルとバカにされましたが、実は超万能でした

メイ(旧名:Mei)
ファンタジー
この度、書籍化が決定しました! 1巻 2020年9月20日〜 2巻 2021年10月20日〜 3巻 2022年6月22日〜 これもご愛読くださっている皆様のお蔭です! ありがとうございます! 発売日に関しましては9月下旬頃になります。 題名も多少変わりましたのでここに旧題を書いておきます。 旧題:スキル『日常動作』は最強です~ゴミスキルだと思ったら、実は超万能スキルでした~ なお、書籍の方ではweb版の設定を変更したところもありますので詳しくは設定資料の章をご覧ください(※こちらについては、まだあげていませんので、のちほどあげます)。 ────────────────────────────  主人公レクスは、12歳の誕生日を迎えた。12歳の誕生日を迎えた子供は適正検査を受けることになっていた。ステータスとは、自分の一生を左右するほど大切であり、それによって将来がほとんど決められてしまうのだ。  とうとうレクスの順番が来て、適正検査を受けたが、ステータスは子供の中で一番最弱、職業は無職、スキルは『日常動作』たった一つのみ。挙げ句、レクスははした金を持たされ、村から追放されてしまう。  これは、貧弱と蔑まれた少年が最強へと成り上がる物語。 ※カクヨム、なろうでも投稿しています。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

処理中です...