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日常3

カップルとお姫様抱っこ(7)

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* * *

「わ~~っ! なにこれ、なにこれっ! かーわーいーいーっっ!!」

 家に帰ると、さっそく家族みんなの前でお土産の開封式が行われた。

 ニャン太さんは動物のグラスを取り出すや否や、さっそく冷蔵庫にあった缶ビールを注いだ。黄金色の、逆さの犬がグラスに浮かび上がる。

「それでカクテル作ったらいいな」と類さん。

「だねー。めっちゃバえると思う!」

「そう思って買ったんだよ。ね?」

「ええ」

 帝人さんの問いに、僕は頷いた。

 ソウさんはと言えば、帝人さんから受け取った紙袋をリビングのローテーブルの上で丁寧に広げていた。

「これ……」

 ソウさんは桐箱に記された名前を目にして、息を飲む。
 それから少し興奮気味にそれを開けた。
 現れた青色のお皿は、写真よりもずっと深い色合いだった。朝焼けの色、とでも言おうか。縁の部分に向かうにつれて、赤くグラデーションがかかっている不思議な色で、吸い込まれそうな雰囲気を持っている。

 袋の中には食器を手がけた陶芸家さんに関するリーフレットも入っていたが、彼には不要のものだろう。
 ソウさんは小皿をそっと手に持ち、左右に傾けてうっとりと眺めてから、帝人さんにキラキラした目を向けた。

「ありがとう、帝人」

「伝くんが協力してくれたお陰だよ」

「伝も。ありがとう」

「いえいえ、僕は何もしてません。帝人さんが頑張ったんですよ」

「で、帝人は来月、ソウと何処行くことにしたんだ?」

 ニャン太さんが人数分運んできたカフェオレの入ったアニマルグラスを受け取りながら、類さんがソファに背を預けた。
 片腕を背もたれに乗せる。そのスペースに、ビールを手にしたニャン太さんがちょこんと腰掛けた。

「ああ、それは……」

 帝人さんは言葉を探すようにしてから、はにかんだ。

「もう少し伝くんと相談してみるつもり」

「はっ!?」

 ソファに移動しかけていた僕は、声を裏返らせる。

「散々回ったじゃないですか!」

「今日のは仮のものだもの。ここから本番に向けて精度を上げていかないと」

「これ以上、何の精度を上げる必要が?」

「まずは君の物真似スキルとか……」

「さっさとソウさんとデートしてください!」

 そんなやり取りをしていると、食器を棚に片付け終えたソウさんが口を開いた。

「伝も来ればいい」

「えっ……来ればいいって、ふたりのデートに、ですか……?」

 僕はチラリと帝人さんを見てから続けた。

「い、いいい、行きませんよ。そんな恐ろ……あ、いや、ええと……」

 顔の前に手を上げ、首を左右にブンブン振る。
 帝人さんとソウさんの邪魔をするなんてとんでもない。
 するとソウさんは「……そうか」と、目を伏せた。

「連れて行くよ。また前みたいに3人で出かけよう」

 すかさず帝人さんが告げる。僕は驚愕した。

「なんて!?」

「……ソウの顔見なよ。明らかに伝くんのことを連れて行きたそうじゃないか」

 帝人さんが耳打ちした。
 僕も彼の耳に唇を寄せて応える。

「……僕が行ったらデートにならないですよ」

「そんなことないよ。俺がデートだと思えばデートだよ」

 本当にそれでいいのだろうか……?
 帝人さんの横顔を見つめるが、怒っているとか落ち込んでいるとか、そういう様子もない。

 僕はどう返答すべきか悩みつつ、類さんの隣に腰を下ろす。
 と、

「わっ……」

 唐突に腕を引かれて、僕は類さんに倒れ込んだ。

「類さん……? どうかしました?」

「……なんでもねぇけど」

 太股に頭を押し付けるようにされたかと思えば、ポンポンと髪を撫でられる。
 僕はソファに身体を伸ばし、そっぽを向く類さんを不思議そうに見上げた。
 横ではニャン太さんがニヤニヤしている。

 そんな中、

「あ、そうだ。みんなにチョコ買ってあったんだ」

 帝人さんが踵を返すと、あのチョコを手に戻ってきた。

「な……これ、大阪の……?」

 指輪が入っていそうな、小さな5つの黒い箱をテーブルに置いた帝人さんに、類さんが目を丸くする。すぐにどこのお店のチョコか気付いたらしい。さすがというか、何というか。

「この前、学会で出かけたついでにね。どんな味なのか前から興味があったんだよ」と帝人さん。

「えー、なになに? そんなにいいチョコなの?」

「……食えばわかる。たぶん」

 類さんがいつもよりも丁寧な様子で箱を開ける。
 一方、その横で、ニャン太さんはヒョイ、と箱を手に取ったかと思うと、包装紙を破きチョコを口の中に放って表情をほころばせた。

「わっ、おいし-! これ、ホントにチョコ? この世のものとは思えない美味しさ!」

「1個しかないから、味わって食べてね」

「はぇっ!? もう食べちゃったよ!?」

 ニャン太さんがチラリと類さんを見やる。次いで、コテンと彼の肩に頭を乗せた。

「俺のはやんねぇぞ」

 箱を手の中に隠しながら、彼はニャン太さんから距離を取る。

「そんなあ……半分! 半分でいいから!」

「断る」

「ケチ! ケチケチケチ!」

「何で俺が俺の分食べてケチになるんだよ!?」

「あ、あの、僕の、どうぞ」

 僕はおずおずと片手を伸ばして、自分の分の箱をニャン太さんの方へと押しやった。

「デンデンは神様だった……?」

 胸の前で手を組んで、目を潤ませるニャン太さんに僕は、曖昧に笑う。
 ……もう既に2個食べているとは言えない。

 箱を手にしたニャン太さんは、けれど、少ししてから唇を引き結びキツく目を閉じるとチョコを元の位置に戻した。

 腕を伸ばし距離を取り、顔を背け、

「や、ウソ。ゴメン。デンデンのだし、デンデンが食べなきゃ」と首を振る。

「俺との扱いの差よ」

 言って、類さんがチョコを口に放った。それから嬉しそうに口の端を持ち上げた。

「……ん、めちゃくちゃ美味いわ」

 その後、僕は今日のことを――帝人さんと挑んだカップルチャレンジのことや、将臣と会ったこと、彼の恋人らしき人のことなどを話した。

「へえ? それで?」

 類さんはいつものように、楽しげに話を聞いてくれたけれど、その日は珍しく僕にベッタリだった。



「カップルとお姫様抱っこ」 おしまい
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