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日常1
蒼悟とヤキモチ(3)
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□ ■ □
床の揺れが落ち着き白い煙が晴れると、類は辺りを見渡し、困ったように前髪を掻き上げた。
「完全に別れちゃったね」と隣の帝人が嘆息する。
「まさか、ソウが後ろに走るとは思わなかったわ」
「本当に」
「おーい、伝! 大丈夫かー!」
僅かに伝の声が聞こえたような気がして返事をするが、意思疎通は不可能のようだ。
「大丈夫かな、あのふたり」
帝人が心配そうに眉根を下げる。
「無理なら、リタイアしたいって脅かし役に言えば非常口教えてもらえるだろ」
「それ、ふたりとも知ってるかな? 説明の時、それどころじゃなさそうだったけど」
ふたりは顔を見合わせた。
お化け屋敷に入ると、まずこの廃校舎の設定動画が流れ、スタッフからさまざまな説明を聞かされるのだが、動画が始まって数分もせず震え上がっていたふたりが、非常口のことを聞いていたとは思えない。
自分たちがいるから別にいいだろうと、類も帝人も確認しなかったのである。
「……とりあえず、先進むか。合流できるだろうし」
「そうだね」
ふたりは全く同じことを思いながら、黙々と薄暗い階段を上り始めた。
(帝人と回ってもなあ)
(類と回ってもなあ)
自分が怖がることを楽しむより、怖がる好きな人を見るのが楽しいというのに……
そんなことを考えつつ階段を上り終えると、前方の血だらけのソファに、ナイフでめった刺しにされたテディベアがドスンッと落ちてきた。
「わっ……!」
と、思わず声を上げたのは帝人だ。
それに類は弾けたように笑った。
「ははっ。手、繫いでやろうか?」
「……いらないよ」
こめかみに青筋を立てて、帝人は差し出された手を払い退ける。
気恥ずかしそうに顔を背け、もう無様な姿は見せないというように唇を引き結ぶと、彼は歩く速度を上げた。
そんな彼に、類はますます笑う。
その時だ。
完全に油断していたふたりの頭上に、小さな影がいくつも落ちてきて、
「……ッ!!!!」
その正体を目にしたふたりは、声にならない声を上げて飛び上がった。
□ ■ □
一方、その頃。
伝とソウは亀のような速度ながらも、なんとか前へと進んでいた。
* * *
僕は薄目を開けて、すり足で歩いていた。
左脇にはソウさんがピッタリとくっついている。というか、しがみついてきていて、僕は彼を引きずるようにして歩いていた。
「ソウさん、目、つむってていいですからね」
「問題ない」
さっきからソウさんは「問題ない」しか言わない。
階段を上ると、再び真っ直ぐな廊下が続いていた。並んでいる教室は、図書室、音楽室で、寂しげなピアノの音が鼓膜を震わせる。
……しばらく驚かされていない。これは、そろそろ何かしらくるだろう。
嫌な予感に喉が鳴る。さっきも「何も来ない?」と油断した瞬間、理科室から現れた人体模型に追いかけられたのだ。
僕は慎重に辺りを窺う。脅かし役が隠れているのを事前に見つけ出せれば、恐怖も少しは軽減させることができる……はず。
類さんや帝人さんといた時よりも、どこか冷静な自分がいた。
たぶんソウさんの存在が僕を奮い立たせているのだろう。
大丈夫、大丈夫。
僕は自分に言い聞かせる。
脅かし役は人間だ。僕と同じ人間だ。
音だって人為的なものだし、説明できないものは、ここには存在しない。
ただ、雰囲気にびっくりしているだけだ。
そういうアトラクションなのだ。
そんな風に歩いていると、背後で微かに音がした。
「伝」とソウさんが口を開く。
「は、はい。どうしました?」
僕は何でも無いという風に、明るい声で返事をする。
「変な音がする」
「……ええ、僕も聞こえてます」
僕は頷いた。
音はまだ続いている……というか、この感じ、物凄い速さで近づいてきていないか?
僕はソウさんを抱きしめ返すと、歩く速度を更に上げた。
早く、早く、この廊下を渡り終えなければ。
背中を冷たい汗が流れる。
「伝。何か、いる。後ろに」
「ソウさん、足、止めちゃダメですよ」
「わ、わかった」
ゼェゼェという荒い呼吸音が、すぐ近くで聞こえた。
無視できないほどその異質な気配が大きくなる。
ソウさんの密着度が上がって、足がもつれた。
でも、なんとか踏ん張り前に進む。
呻き声。生温かな風。
今にも絶叫したい。
「ソウさん、もう少しですよ……!」
気がつけば僕たちは走っていた。
とにかく絶対に後ろは振り返らないようにして、前方の扉へ向かいひた走る。
やがて、飛びつくようにドアノブを掴んだ僕は息を飲んだ。
「えっ!? 開かない!?」
すぐ後ろに恐怖が迫ってきている時の、出口を塞がれた絶望をなんと表現しよう?
追い打ちとばかりに、バチバチッとスパーク音が響いて光が弾けた。
僕とソウさんは互いに抱きついた。
次の瞬間、目の前の扉がギギギと音を立てて開き――
「あ、ダメです、ソウさん! 今、顔上げたら……!」
床の揺れが落ち着き白い煙が晴れると、類は辺りを見渡し、困ったように前髪を掻き上げた。
「完全に別れちゃったね」と隣の帝人が嘆息する。
「まさか、ソウが後ろに走るとは思わなかったわ」
「本当に」
「おーい、伝! 大丈夫かー!」
僅かに伝の声が聞こえたような気がして返事をするが、意思疎通は不可能のようだ。
「大丈夫かな、あのふたり」
帝人が心配そうに眉根を下げる。
「無理なら、リタイアしたいって脅かし役に言えば非常口教えてもらえるだろ」
「それ、ふたりとも知ってるかな? 説明の時、それどころじゃなさそうだったけど」
ふたりは顔を見合わせた。
お化け屋敷に入ると、まずこの廃校舎の設定動画が流れ、スタッフからさまざまな説明を聞かされるのだが、動画が始まって数分もせず震え上がっていたふたりが、非常口のことを聞いていたとは思えない。
自分たちがいるから別にいいだろうと、類も帝人も確認しなかったのである。
「……とりあえず、先進むか。合流できるだろうし」
「そうだね」
ふたりは全く同じことを思いながら、黙々と薄暗い階段を上り始めた。
(帝人と回ってもなあ)
(類と回ってもなあ)
自分が怖がることを楽しむより、怖がる好きな人を見るのが楽しいというのに……
そんなことを考えつつ階段を上り終えると、前方の血だらけのソファに、ナイフでめった刺しにされたテディベアがドスンッと落ちてきた。
「わっ……!」
と、思わず声を上げたのは帝人だ。
それに類は弾けたように笑った。
「ははっ。手、繫いでやろうか?」
「……いらないよ」
こめかみに青筋を立てて、帝人は差し出された手を払い退ける。
気恥ずかしそうに顔を背け、もう無様な姿は見せないというように唇を引き結ぶと、彼は歩く速度を上げた。
そんな彼に、類はますます笑う。
その時だ。
完全に油断していたふたりの頭上に、小さな影がいくつも落ちてきて、
「……ッ!!!!」
その正体を目にしたふたりは、声にならない声を上げて飛び上がった。
□ ■ □
一方、その頃。
伝とソウは亀のような速度ながらも、なんとか前へと進んでいた。
* * *
僕は薄目を開けて、すり足で歩いていた。
左脇にはソウさんがピッタリとくっついている。というか、しがみついてきていて、僕は彼を引きずるようにして歩いていた。
「ソウさん、目、つむってていいですからね」
「問題ない」
さっきからソウさんは「問題ない」しか言わない。
階段を上ると、再び真っ直ぐな廊下が続いていた。並んでいる教室は、図書室、音楽室で、寂しげなピアノの音が鼓膜を震わせる。
……しばらく驚かされていない。これは、そろそろ何かしらくるだろう。
嫌な予感に喉が鳴る。さっきも「何も来ない?」と油断した瞬間、理科室から現れた人体模型に追いかけられたのだ。
僕は慎重に辺りを窺う。脅かし役が隠れているのを事前に見つけ出せれば、恐怖も少しは軽減させることができる……はず。
類さんや帝人さんといた時よりも、どこか冷静な自分がいた。
たぶんソウさんの存在が僕を奮い立たせているのだろう。
大丈夫、大丈夫。
僕は自分に言い聞かせる。
脅かし役は人間だ。僕と同じ人間だ。
音だって人為的なものだし、説明できないものは、ここには存在しない。
ただ、雰囲気にびっくりしているだけだ。
そういうアトラクションなのだ。
そんな風に歩いていると、背後で微かに音がした。
「伝」とソウさんが口を開く。
「は、はい。どうしました?」
僕は何でも無いという風に、明るい声で返事をする。
「変な音がする」
「……ええ、僕も聞こえてます」
僕は頷いた。
音はまだ続いている……というか、この感じ、物凄い速さで近づいてきていないか?
僕はソウさんを抱きしめ返すと、歩く速度を更に上げた。
早く、早く、この廊下を渡り終えなければ。
背中を冷たい汗が流れる。
「伝。何か、いる。後ろに」
「ソウさん、足、止めちゃダメですよ」
「わ、わかった」
ゼェゼェという荒い呼吸音が、すぐ近くで聞こえた。
無視できないほどその異質な気配が大きくなる。
ソウさんの密着度が上がって、足がもつれた。
でも、なんとか踏ん張り前に進む。
呻き声。生温かな風。
今にも絶叫したい。
「ソウさん、もう少しですよ……!」
気がつけば僕たちは走っていた。
とにかく絶対に後ろは振り返らないようにして、前方の扉へ向かいひた走る。
やがて、飛びつくようにドアノブを掴んだ僕は息を飲んだ。
「えっ!? 開かない!?」
すぐ後ろに恐怖が迫ってきている時の、出口を塞がれた絶望をなんと表現しよう?
追い打ちとばかりに、バチバチッとスパーク音が響いて光が弾けた。
僕とソウさんは互いに抱きついた。
次の瞬間、目の前の扉がギギギと音を立てて開き――
「あ、ダメです、ソウさん! 今、顔上げたら……!」
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