人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード28

シロとユリア(8)

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「ねえ、どうして止めるの?
 別にユリアが戦ったっていいじゃん」

 いつの間にか背後に立っていたセシルが言った。

「……よくねぇよ」

 オレは首を振る。

「お前はユリアのこと何も知らねぇから、
 そんな風に言えるんだ」

 生きることを放棄するくらい、
 ユリアは戦うことを拒絶している。
 力を憎んでいる。自分を憎んでいる。
 そんな彼が戦うことを選ぶなんて、ありえない。

「止めねぇと。
 ユリアは戦いたくないんだ」

「稽古を付けてって言ったのはユリアだよ。
 何か彼の中で変わったんじゃないの?」

「そんなことありえねぇよ。
 そもそも……ユリアが戦う必要なんてないんだ。
 アイツの中には人狼がいる。
 戦闘に関しては、ヤツに丸投げしちまった方が良い」

 そうすれば、嫌なことをしないで済む。
 ……いや、もうユリアはシロの記憶を見れたのだったか。

 それなら、シロが戦おうが、自分が戦おうが同じだとでも思ったのかもしれない。
 ユリアは知らないのだ。
 自ら相手を傷つけることが、いかに精神的負担になるかということを。

「バン」

 思案を巡らせていると、セシルに腕を引かれた。

「本当どうしちゃったの」

 庭の端に移動してから、彼はその大きな目でオレの顔を覗きこんでくる。

「変だよ、お前」

「変って、何がだよ。
 主人の嫌なことを排除する。
 それは世話係として当たり前のことだろ」

「そういうこと言ってんじゃないってば。
 キミってそんなに過保護だったっけ、ってこと」

「過保護……?」

「余裕ないっていうか……必死過ぎて、なんか痛いよ。
 もしかしてユリアと上手くいってないの?」

 問いにオレは目を瞬かせる。
 必死過ぎる? ……必死にもなるだろ。
 愛する人が傷つくかもしれないのに。

「恋人としてユリアを戦わせたくないと思うのは、変なことか?」

「戦わせたくないだけなら変じゃないけど……なんていうかさ……」

「君の愛は欺瞞に満ちてる」

 突如、背後で聞こえた声にオレは振り返った。

「ハルさん……」

 セシルの不安げな声が落ちる。
 ハルは、夜よりも更に暗い眼差しでオレを見ると口を開いた。

「僕はユリアを愛して欲しいって言ったはずだけど」

「欺瞞? この前、即答しなかったことでそんな風に思われてるなら心外なんだが」

「この前? あんなの関係ないよ。僕は今、君を見てそう言った」

「今?」

「君は、妹や弟にもこんな愛し方をするの?」

「そ……れに関しては、申し開きはねぇよ。
 ユリアに対する想いは、家族に対する愛じゃない」

「関係性のことを言っているんじゃないんだよ」

「はあ? じゃあ、何を……」

「ユリアは君のオモチャじゃないって言っているんだ。
 君が好きなのは、君自身みたいだね」

 抑揚のない声だった。
 憎らしいほど言葉がスッと頭に入ってくる。
 自身の目元が、ピクリと震えるのを感じた。

「……てめぇにオレたちの何が分かるんだよ。
 オレはオレなりにユリアのこと精一杯愛してる」

「愛してない。君は君を好きになったユリアが好きなだけだ」

「人の感情を勝手に決めつけんじゃねえよ!」

 思わず声を張り上げて、オレはハルの胸ぐらを掴んでいた。

 怒りで鼻の奥がツンとする。
 そんなオレに、ハルは目を細めた。瞳に、少しだけ苛立たしさが滲んでいた。

「なら、ユリアを甘やかすのをただちに止めろ。
 ――君は世話係だろう?」

「……甘やかして、悪いかよ。締めるとこはちゃんと締めてる」

 オレは食いしばった歯の間から唸り声を絞り出す。

「ってか……てめぇにだけは言われたくねぇわ。
 ユリアが一番キツい時に側にもいなかったくせに。
 それで、オレに丸投げしてやり方が気に食わねぇからって説教かよ」

「ユリアを支えなかったことは僕の至らなかった点だ。
 申し訳ないと思ってるし、ユリアにも謝った。
 でも、僕には僕の事情があった」

「家族以上に大事な事情があるのかよ」

「ある。それが引いては家族のためになるから。
 だから僕は君を連れてきた。僕にできない分を君に頼った」

 言うと、ハルはオレの手を軽々と振り払った。

「だけど君は僕が思っていたよりずっと弱かった。
 ……ガッカリだよ」

「お前はオレに何をさせたかったんだよ」

「ユリアを愛して欲しい。前からずっと、それだけだよ」

 関係性に怒っているわけでないなら、
 ハルは何が気にくわないんだ?

 戸惑うオレの胸元を、ハルは指さした。

「君から心臓を取りあげられたらいいのに」

「……っ」

 ズッと胸に彼の指が埋まるような幻を見て、ギクリとする。
 彼はそんなオレに鼻を鳴らすと手を引いた。

「でも、それはユリアが悲しむからしない。
 だから君には……彼の心臓に相応しい『人間』になるよう求める」

「相応しい、人間……?」

 相変わらず、ハルは勝手に会話を切り上げると踵を返した。
 月の光を照り返して、うっすらと光沢を放つローブが翻る。

「ハルさん。何処かに出かけるの?」

 セシルの問いに、彼は小さく頷いた。

「うん。ちょっとね」

 それから闇にかき消える。
 呆然とハルを見送ると、ふつふつと怒りが再燃した。

 納得がいかない。
 なんであんなことを言われなきゃならないんだ?

「愛してないって、なんなんだよ」

 勝手に決めつけられて、責められて。
 挙げ句の果てには、オレは自分を好きだというからユリアを愛してるだと?

「セシル」

 オレは背後を振り返った。

「お前も……オレがユリアを愛してないように見えるのか?」

「そんなことないよ。キミはユリアを愛してるでしょ。
 ただ……」

「ただ? なんだよ?」

「……これは老婆心なんだけどさ。
 ユリアは、キミがいようがいまいが、ユリアなんだよ」

「は?」

 何を当たり前のことを。

 オレは眉根を寄せた。……そんなことは百も承知だ。

「あっ、稽古、終わったみたいだ。
 行くよ、バン」

 オレが何か言う前に、セシルは小走りにヴィンセントとユリアに駆け寄った。

 一方オレは、動けなかった。
 まるで地面に縫い付けられたように、
 足が動かなかった。

「ユリアは……オレがいなくても……?」

 オレはセシルと話すユリアを眺めた。
 当たり前のことなのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう?
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