人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード27

螺旋回廊(7)

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 ユリアの言葉が耳を滑った。

 ナンデ アイツトネテルノ?

「……ぁ」

 呼吸が詰まる。
 カラカラに喉が渇いて、舌が張り付く。

 翳りを帯びた眼差しが、否定を求めている。
 オレは視線を落とした。

 ユリアは何処まで知った?
 ――今はそれどころじゃない。
 シロは、記憶の共有は出来ないって……
 ――今はそれどころじゃねぇだろ。

 次の瞬間、オレの身体は地面を離れていた。

 浮遊感。
 回転する視界。右足に熱を感じた。

「っ……!?」

 伸びたジルベールの剣の先に、足を取られ吹っ飛ばされたのだ。

「バンさん!?」

 ユリアの声が遠ざかり、
 オレは地面に叩きつけられた。

「がはっ……!」

 脳が揺れて、視界が黒ずむ。

「……バンさん! バンさんッ!?」

 ユリアの声が聞こえる。
 ガタつく視界の中で、ユリアがジルベールの部下だろう神官たちに取り囲まれていた。

「退いてください! あなたたちが用のあるのは、僕でしょう!?!?!?
 何でっ……彼は人間なんですよ――!」

 視界を遮るように、影が近くに立つ。
 足で仰向けに寝転がされた。

 森の合間の夜空がぼんやりと見える。

「彼が人間?」

 氷の眼差しがオレを見下ろしている。

「欺こうとしても無駄ですよ。彼からは夜の匂いがする」

 ジルベールの持つ剣がシャラリと音を立てた。

 浅い呼吸を繰り返して、意識を保とうと努める。
 指先すら動かない。

「裏をかいたつもりかもしれませんが、
 君の大事なものを、こんな下等生物にしまい込んでもなんの意味も無い。
 ……だって、これはこんなに弱い」

 ジルベールが歪んだ笑みを浮かべる。

「……っ!」

 剣先が太腿を貫き、彼は虫を払うように軽く手を振った。
 ゴツッと音がして、鮮血が散る。

「ぐぁぁあああぁっ!!」

「バンさん!?」

 オレは先を失った足を抑えると、地面を転がった。

「や、止めてください!!」

「そう興奮しないでください。
 あなたもご存じの通り、私が用があるのは君です。
 心臓は丁重に扱いますよ」

 鼓動に息も出来なくなるほどの痛みが呼応する。
 首を踏まれた。向けられた剣先からぽた、ぽたと赤が滴り落ちて胸が濡れていく。

「そういうわけで、君の役目はおしまいです。
 お疲れ様でした」

「ぐっ……」

 咄嗟に突き下ろされる刀身を両手で掴んだ。

「止めろ! くっ、離せ! 離せよ!! バンさん……ッ!」

 手のひらをスライドして、剣先が体に到達する。
 噛み締めた歯の間からこぼれる荒い呼吸が、まるで他人のもののように感じた。

「ふ、ふはっ……いいですね、その必死な表情……
 あー……たまんないよォ」

「ぅぐっ……」

 シャツを貫いて、ゆっくりと皮膚に刃が埋まっていく。
 グロテスクな感触に全身の毛穴から汗が噴き出した。

「ほらほら、諦めちゃうの?
 もっと抵抗しないと、簡単に中の心臓、くり抜いちゃうよ?」

「い、嫌だ、バンさん……
 お、お願いします。何でもします。しますから、止めてください……
 お願いします。お願いだからっ……!」

「あは、はは、いいよ……いいよォ……
 その必死な顔……ヤバ、ちょっと勃ったかも……」

「……ごほッ……」

 口から血が溢れる。
 急速に意識が遠のいて手から力が抜けると、
 ズンッと体に衝撃を覚えた。

「バイバイ」

 真っ暗になった視界に、彼の一言は鮮明に響く。
 続いて、骨の砕ける音と同時に鋭い風が吹く。

「――ッ!」

 胸を貫く熱が引き抜かれて、血が噴き出す。
 それから、力強い腕に抱き上げられた。

「……バン。俺の許可なく死ぬことは許さない」

 耳に心地良い低い声。
 薄らと瞼を持ち上げると、白銀の毛並みが目に映る。

「お、前……なん、で……」

 視界が次第にクリアになっていく。
 シロが睨みつける方へ目線を向ければ、
 地面に転がったジルベールが肩を震わせていた。

「あー……今のは効いたよ、人狼青年。
 壊れちゃったかと思ってヒヤヒヤした」

 ふら、ふらと体を起こした彼は、
 首を回すと口の端を引き伸ばす。

「ってーかさ、突然暴力を振るうなんて、
 お前、育ちが悪いだろ?
 まあ、いいや。これから長い付き合いになるわけだし、
 俺が教育し直してやる。泣いて感謝してよ?
 ――聞いてんのかよ、このクソガキが!!」

 シロは俺を地面に横たえると、立ち上がりジルベールに対峙した。
 血に汚れた毛並みが、風に逆立つ。

「喚くな……すぐ楽にしてやる」


『人狼坊ちゃんの世話係』4部おしまい To Be Continued
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