人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード24

命の雫(4)

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 人狼が小さく目を開く。
 オレは言葉を続けた。

「心臓は、お前らにとって回復の要だって、ユリアが言ってた。
 つまりオレの体は――血は、お前にとっても薬になるんじゃねえか」

 束の間の静寂。
 やがて人狼はオレの手を振り払うと言った。

「断る」

「……なんでだよ?」

「貴様の血は不味い。臭い」

「えり好みしてる場合か」

 むべもない応えにオレは口の端を引きつらせた。

 まずかろうが、臭かろうが、
 生き残るために出来ることはなんとしてもして貰わねば。

 オレはシャツの袖をまくると。
 ヤツに向けて腕を突き出した。

「ほら。吸え」

 ワガママを言っている暇はないと言うのに、
 人狼は鼻にシワを寄せると、ふいと顔を背ける。

「お前な……」

 オレはガクリと項垂れた。
 生きるか死ぬかの瀬戸際で拒絶されると、
 普段よりも傷付く。

 すると、人狼は誰にともなく呟いた。

「……殺してしまうかもしれない」

「なに?」

 オレは顔を持ち上げる。

「この状態で貴様の血を吸えば、
 全て飲み干すまで、止まれなくなると言っているんだ」

 チラリとオレを見てから、
 人狼は再び寝そべり、伸ばした前足に顎を乗せた。

 どうやら、オレの身を案じてのことらしい。
 オレは目を瞬いてから、苦笑をこぼす。

「そこは、我慢しろよ。
 飲み干したら、お前も死ぬだろうが」

「……黙れ。いいか、俺のことは放っておけ。
 死にはしない。逃げ切るまではもつ」

「イヤなんだよ、
 ただでさえ、オレのせいでこんなことになってのに……っ」

「そうして大人しく落ち込んでいろ。
 俺は寝る」

 吐き捨てると、人狼は瞼を閉じてしまう。

「あっ、おい……」

 オレはヤツの前に回ると、体を揺すった。

「なあ。
 頼むから、ケガ治してくれよ」

 無視される。

「おい。おいってば」

 オレは口の辺りを引っ張った。
 それでも沈黙が続く。

「なあ、頼むよ……」

 本気で吸う気はないらしい。
 こちらの身を案じるだなんて、相当弱っているに違いないのに……

 オレは肺が空っぽになるような、溜息をついた。

「……お前って、ユリアに似てるよ。
 そういう頑固なところとか」

 ピクリと耳が動く。

「アイツもこれと決めたことは絶対に受け入れねぇし」

「……一緒にするな」

 オレはさりげなく、リュックを引き寄せた。
 短剣を中で抜き放ち、袖でくるんで人狼の近くに座り込む。

「そいやさ、お前の名前って何なんだ?」

「貴様のような下等な者に名乗る名など持ち合わせていない」

「でも、ユリアって呼ぶと怒るし、名前ないと不便だし……
 まあ、いいや。勝手に付けるから」

「なに?」

「お前は今からシロな」

「なっ……!」

 人狼が――シロが、顔を上げる。
 そのタイミングを見計らって、オレは短剣で自身の腕を切りつけた。

「……貴様」

 黒い鼻先に、ポタポタと赤い雫が落ちる。
 苛立たしげに鼻に皺を寄せたシロに、オレはニッと口の端を持ち上げた。

「舐めないと、もったいないぞ」

「……先ほどの名を撤回しろ」

「シロのことか? いいだろ、可愛くて」

「喰い殺すぞ!!」

「その時はお前も死ぬけどな」

 シロは鼻に皺を寄せ、低く唸ってオレを睨めつけてくる。
 しかし、それも数秒のことで、ヤツは渋々ながら傷に舌を伸ばした。

「ん……」

 ヤツの眼差しが、一瞬、キラリときらめく。
 オレはそれを見逃さず、すぐに傷が癒えた腕を再び斬り付けた。

 すると今度は、押し付ける間もなくヤツは血を舐めた。

「なあ、まずいか?」

「……ああ、まずい。
 貴様の血は甘くて、胸焼けがする」

 不機嫌そうに言って、シロは体を起こした。

「貴様の望む通り……飲んでやる」

 次いで、オレの肩口を鼻先で押してくる。
 その勢いのまま石畳に寝転がれば、
 ヤツの巨躯が覆いかぶさってきた。

「……殺されそうになったら、
 それでオレを突け。運が良ければ、冷静さを取り戻すだろう」

「そうならねぇことを祈ってる」

 短剣を握り締めたまま、両手を広げる。
 鉤爪が器用にオレのシャツのボタンを外した。

 外気に触れた素肌が、泡立つ。

「……噛むぞ」

「おう」

 脱いだシャツを放れば、
 シロの鼻先が首筋に触れた。

「ちょ、こら、嗅ぐなっ……
 くすぐってえ……」

 次第に、ヤツの呼吸が荒くなっていく。
 怜悧な眼差しがギラギラと輝き始め、
 続いてグワッと大口を開けた。

 鋭い犬歯が覗く。
 オレは奥歯を噛み締めると、目を閉じた。

「ぐっ……」

 肩口に、深く、牙が突き刺さる感触。
 けれど、不思議と痛くはない。

 なんだ、これ……

 血が抜けていく。
 全身から力が抜けていく。

「……ぁ」

 再び噛みつかれ、身体がビクリと震えた。
 その拍子に手から短剣が滑り落ち、石畳に当たって甲高い音を立てる。

 すぐに拾い上げなければ。
 そう思うのに、指先はピクリとも動かない。

「はぁ……はぁ……
 ……まだだ。まだ、飲ませろ」

 荒い呼吸が吹き掛かり水音が耳に届く。

「お、い……殺す、なよ……」

「……フン。1度も2度も変わるまい」

 また噛まれた。
 いや、もしかしたら……喰われているのかもしれない。
 しかし目を動かすのも億劫で、オレはされるがままだった。

 意識が朦朧としてくる。

「は、ぁ……あ……」

 口の端から、飲み下し切れなかった唾液がこぼれた。
 頭がふわふわして、心地良さすら感じてくる。
 
「……馬鹿が」

 シロが何か言った。
 声が遠く、理解が追いつかない。

「殺すな、だと?
 …………殺さない。殺すものか」

 目の前が暗くなっていく。
 オレは奇妙な浮遊感を覚えながら、気が付けば意識を手放していた。
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