148 / 224
番外編3
聖なる夜の贈り物(5)
しおりを挟む
翌朝。
「遅い。いつになったらアイツ、起こしに来るんだ?」
習慣には逆えず、いつもと同じ時間に目を覚ました。
しばらくユリアのベッドで彼がやって来るのを待つが、
さっぱり気配がない。
昨晩、ベッドでオレを寝かしつけながら、
ユリアは「朝になったら着替えを手伝いに来ます!」とはりきっていたのだが……
寝坊か?
オレは仕方なく、寝巻きのまま自分の部屋へと向かった。
別に着替えなんて自分で出来るけれど、
服を取り上げられていたせいで、着替えようがないのだ。
「おい、ユリア」
見慣れた扉をノックする。
しばらく待っても返事はない。
「おーい、ユリア!」
躊躇なく、扉を開ければ、
「ば、バンさんっ!?」
ベッドに突っ伏してもぞもぞしていたユリアが、
弾けたように顔を上げた。
「おはよ。着替え手伝うっつーから待ってたのに、
全然来ねぇから来ちまったよ」
ベッドに近づけば、
彼はあたふたと上掛けを胸の辺りまで引っ張った。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
使用人のベッドで寝るなんて、
腰でも痛くしたのではと心配になる。
「だだ、大丈夫です!
その、枕がいい匂いで、つい……」
「つい?」
首を傾げれば、ユリアの顔が赤く染まった。
え。なんで赤くなるんだよ?
「あは。あははははは。
……なんでもないです」
「いや、オレの枕で何してたんだよ!?」
「それより、今日は僕が世話係なんですから。
バンさんが僕のこと起こしに来たらダメじゃないですか!」
ユリアがベッドを下りて、オレの肩を掴む。
「いや、だから、何を……」
「早く部屋に戻りましょう。
着替え、手伝いますから」
部屋に押しやられながら、後ろを振り返ったオレは、
「おい、何で前屈みになってんだお前!?」
ユリアの前傾姿勢に、問いを口にせずにはいられなかった……
* * *
そんなこんなもあり、
無事、ユリアの部屋に戻ったオレは、
自分用に仕立てて貰った服に着替えることになったわけだが……
に……似合わねぇ。
特にこのヒラヒラした首元が。
オレは、鏡の前で途方に暮れていた。
「凄く素敵ですよ」
「お前、ちゃんとオレのこと見えてるか?
どう見ても、服に着られてるだろ」
「ええっ!? そんなことありませんよ。
バンさん綺麗ですから何だって似合います。
少し肌が焼けてるから、赤いジャケットがまた凄く良い味出してますよ」
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「次、この翡翠色のジャケット着てみてください!
キュロットはそうだなあ、こっちかな……」
そう言ったユリアは、ハンガーラックに向かった。
それは、彼の奥の部屋の衣装部屋から運ばれてきたもので、
オレは今日初めて彼の部屋に衣装部屋なるものがあるのを知った。
オレが屋敷に来たばかりの頃、
そのスペースは本棚だった気がするのだが……
「……そういえばさ、なんでこんなオレのサイズにぴったりの服があるんだ?」
「実はいろいろ繕って貰ってるんですよ」
「なに……?」
「ジャケット、ベスト、コート、キュロット、帽子……
って、見て貰った方が早いか。バンさん、こっちに来て」
腕を引かれて、オレは衣装部屋に踏み込んだ。
「ユリア……これ……もしかして……」
全部……?
いやあ、さすがにそんなことは……
「はい、全部バンさんのです!
僕の好みで作って貰っちゃってるから、お気に召すか不安なんですけども」
ツ、と背中に冷たい汗が流れる。
「あとは……今、ちょうどメイド服を作って貰ってます」
「メイド服!?」
「バンさんって華奢だから、
スカートも似合うと思うんですよね」
目の問題じゃない。
これは完全に頭の問題だ。
いや、それよりも重大な問題がある。
オレの知らない間に、
作られたであろう、この物凄い量の服のことだ。
「なあ。これ……金、結構かかってるだろ……?」
どの服の生地も厚みがあり、しっかりとした作りだ。
肌触りも極上。金銀の刺繍は緻密で、美しい。
「お金……?」
ユリアが不思議そうな顔をする。
不安は更に膨らんで、オレは問いを重ねた。
「その金は何処から払ってるんだ?」
貴族に対して、こんな質問はナンセンスだとは分かってはいるけど。
これは明らかに「浪費」の部類なわけで。
「メイドさんたちが繕ってくれたんですよ」
「いやいや、布とか糸とか、その材料費とかはどうしてるんだって話だよ」
「ざいりょうひ……?」
「……」
オレは唇を引き結んだ。
「……ユリア。昨日の夜、お前はオレに聞いたよな?
この屋敷の主人になったら、したいことはないかって」
「はい! 何か浮かびましたか!?」
ユリアが目を輝かせる。
オレは胸に去来する不安を握り潰すように拳を作ると、宣言した。
「帳簿管理だ!!」
「遅い。いつになったらアイツ、起こしに来るんだ?」
習慣には逆えず、いつもと同じ時間に目を覚ました。
しばらくユリアのベッドで彼がやって来るのを待つが、
さっぱり気配がない。
昨晩、ベッドでオレを寝かしつけながら、
ユリアは「朝になったら着替えを手伝いに来ます!」とはりきっていたのだが……
寝坊か?
オレは仕方なく、寝巻きのまま自分の部屋へと向かった。
別に着替えなんて自分で出来るけれど、
服を取り上げられていたせいで、着替えようがないのだ。
「おい、ユリア」
見慣れた扉をノックする。
しばらく待っても返事はない。
「おーい、ユリア!」
躊躇なく、扉を開ければ、
「ば、バンさんっ!?」
ベッドに突っ伏してもぞもぞしていたユリアが、
弾けたように顔を上げた。
「おはよ。着替え手伝うっつーから待ってたのに、
全然来ねぇから来ちまったよ」
ベッドに近づけば、
彼はあたふたと上掛けを胸の辺りまで引っ張った。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
使用人のベッドで寝るなんて、
腰でも痛くしたのではと心配になる。
「だだ、大丈夫です!
その、枕がいい匂いで、つい……」
「つい?」
首を傾げれば、ユリアの顔が赤く染まった。
え。なんで赤くなるんだよ?
「あは。あははははは。
……なんでもないです」
「いや、オレの枕で何してたんだよ!?」
「それより、今日は僕が世話係なんですから。
バンさんが僕のこと起こしに来たらダメじゃないですか!」
ユリアがベッドを下りて、オレの肩を掴む。
「いや、だから、何を……」
「早く部屋に戻りましょう。
着替え、手伝いますから」
部屋に押しやられながら、後ろを振り返ったオレは、
「おい、何で前屈みになってんだお前!?」
ユリアの前傾姿勢に、問いを口にせずにはいられなかった……
* * *
そんなこんなもあり、
無事、ユリアの部屋に戻ったオレは、
自分用に仕立てて貰った服に着替えることになったわけだが……
に……似合わねぇ。
特にこのヒラヒラした首元が。
オレは、鏡の前で途方に暮れていた。
「凄く素敵ですよ」
「お前、ちゃんとオレのこと見えてるか?
どう見ても、服に着られてるだろ」
「ええっ!? そんなことありませんよ。
バンさん綺麗ですから何だって似合います。
少し肌が焼けてるから、赤いジャケットがまた凄く良い味出してますよ」
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「次、この翡翠色のジャケット着てみてください!
キュロットはそうだなあ、こっちかな……」
そう言ったユリアは、ハンガーラックに向かった。
それは、彼の奥の部屋の衣装部屋から運ばれてきたもので、
オレは今日初めて彼の部屋に衣装部屋なるものがあるのを知った。
オレが屋敷に来たばかりの頃、
そのスペースは本棚だった気がするのだが……
「……そういえばさ、なんでこんなオレのサイズにぴったりの服があるんだ?」
「実はいろいろ繕って貰ってるんですよ」
「なに……?」
「ジャケット、ベスト、コート、キュロット、帽子……
って、見て貰った方が早いか。バンさん、こっちに来て」
腕を引かれて、オレは衣装部屋に踏み込んだ。
「ユリア……これ……もしかして……」
全部……?
いやあ、さすがにそんなことは……
「はい、全部バンさんのです!
僕の好みで作って貰っちゃってるから、お気に召すか不安なんですけども」
ツ、と背中に冷たい汗が流れる。
「あとは……今、ちょうどメイド服を作って貰ってます」
「メイド服!?」
「バンさんって華奢だから、
スカートも似合うと思うんですよね」
目の問題じゃない。
これは完全に頭の問題だ。
いや、それよりも重大な問題がある。
オレの知らない間に、
作られたであろう、この物凄い量の服のことだ。
「なあ。これ……金、結構かかってるだろ……?」
どの服の生地も厚みがあり、しっかりとした作りだ。
肌触りも極上。金銀の刺繍は緻密で、美しい。
「お金……?」
ユリアが不思議そうな顔をする。
不安は更に膨らんで、オレは問いを重ねた。
「その金は何処から払ってるんだ?」
貴族に対して、こんな質問はナンセンスだとは分かってはいるけど。
これは明らかに「浪費」の部類なわけで。
「メイドさんたちが繕ってくれたんですよ」
「いやいや、布とか糸とか、その材料費とかはどうしてるんだって話だよ」
「ざいりょうひ……?」
「……」
オレは唇を引き結んだ。
「……ユリア。昨日の夜、お前はオレに聞いたよな?
この屋敷の主人になったら、したいことはないかって」
「はい! 何か浮かびましたか!?」
ユリアが目を輝かせる。
オレは胸に去来する不安を握り潰すように拳を作ると、宣言した。
「帳簿管理だ!!」
0
お気に入りに追加
1,049
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
サイハテイネイブラー
粒豆
BL
面倒見がよく世話焼きな主人公『高幸』は、
引き籠りで不登校な幼なじみ『光』にいつも授業で使ったノートやプリントを届けていました。
――光は内気で臆病だから、ボクが付いていてあげないとダメなんだ。
そう感じた高幸は、今日も光の面倒を見る為、彼の家へ向かうのでした……。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
哀しい目に遭った皆と一緒にしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜
エル
BL
(2024.6.19 完結)
両親と離れ一人孤独だった慶太。
容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。
高校で出会った彼等は惹かれあう。
「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」
甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。
そんな恋物語。
浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。
*1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる