人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード21

麗しき僧服の男(3)

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 冗談めかして告げられた言葉に、
 オレとユリアは思わずギクリとして姿勢を正す。

「――なんてね。そんな、お伽噺みたいなことないか」

 スヴェンが肩を竦める。
 オレたちは曖昧に笑った。

「そ、それでさ、新しい地図が欲しいんだが、
 何処で手に入れられる?」

「僕のをあげるよ」

 スヴェンはニコニコしながら、即座に言った。

「えっ、いいんですか?」

「もちろん。
 その代わり、この地図を譲ってくれない?」

「それは、もちろん構いませんが……
 こんな古い地図がどうして欲しいんです?」

 ユリアの問いに、彼はニッと笑みを深める。

「とても歴史的価値のあるものだからだよ。
 ここまで綺麗に保存されているものは見たことがないし……」

 そこへ――

「頭のいい人間には、そんな紙切れがお宝に見えるんだねえ」

 そう言って、店主が野菜と肉を煮込んだスープを運んできた。
 スヴェンが慌てて地図を退かせば、
 空いたスペースに、どっかと食事を並べていく。

 スヴェンは地図を丸め直してオレに手渡してから、話題を変えた。

「それで? 君たちは、この地図を頼りに何処へ行こうとしていたの?
 と言っても、この地図にある町は今じゃもうほとんどないけど」

「オレたちは図書館のある町に行こうと思ってたんだ」

 素直に告げる。
 その瞬間、彼の糸のように細い目がカッと開いた。

「図書館? 君、本を読むのかい!?」

 突然、両肩を掴まれガクガクと揺すぶられる。

「え、まあ、その……少しだけ……?」

「いいね、いいね。
 さすが、身分が良さそうな人は考えが違うよ!」

 そう言うと、彼はオレから手を離しグッと拳を握りしめた。

「常々、僕は思うんだ。
 みんな、文字が読めることの有利さを理解していないって。
 文字が読めれば、仕事の幅も広がるし、
 離れた人と意見を交換することも出来る」

「確かにな。
 金を稼いでる連中は、文字にも数字にも強かった」

「だろう!?」

 鼻息荒くスヴェンが頷く。
 すると、ユリアがオレの顔をじっと見つめて来た。

「なんだよ?」

「もしかしてバンさん……他で働けるように勉強し始めたんですか?」

「は? 何でそうなる?」

「だって……」

 オレは小さく嘆息すると、
 不安げにするユリアの頭に手を置いた。

「そんなわけあるか。
 前にも言ったろ? お前と本の話がしたいって」

「バンさん……っ」

 ユリアが感動したように目を輝かせる。
 それに、スヴェンは頷き人形のように顔を上下させた。

「うんうん、本の感想が言い合えるだなんて、
 なんて素晴らしいんだろう!
 僕もそういうことがしたくて、
 この村の人たちに本を読むように薦めたんだけどね……」

 言葉を句切ったスヴェンに、

「本なんて読めたって、金にならないだろ」

 と、店主が横から口を挟む。

「――まったく、こんな調子なんだよ。
 だけど、君たちは違う。君たちは実に素晴らしい!」
 
「は、はあ……」

 オレとユリアは、その後も情熱的に語り続けるスヴェンに呆気に取られていたが、
 彼は全く気にしなかった。

 彼は読書の重要性やら、教育と生産性の関係性やら、
 さまざまな話を捲し立てるように熱く語り、
 途中で店長が手にしていた盆が、彼の脳天に振り下ろされた。

「あだっ……! 何するんだよ!?」

[「地図の話は終わったんだから、これ以上、絡むんじゃないよ。
 見てみな、お客さんらの困った顔を。
 そんな調子だから、実家から追い出されんのさ」

「追い出されたわけじゃない。
 死ぬまで肉を捌き続ける人生に幸福を見いだせなくて、
 僕から出ていったんだ」

「はいはい、結局こうして帰ってきちまってるけどね」

「帰って来たんじゃないよ! 今は仕事で……」

「僕達、全然迷惑していませんよ」

 むきになるスヴェンの言葉を遮って、
 ユリアがにこやかに口を開く。

「彼の話、とっても面白いですから」

「そうかい? ならいいけど……」

 そう言って肩を竦めてから、店主が奥の厨房に引っ込む。
 スヴェンは体ごとオレたちの方を向いた。

「そうだ、図書館がある街を探してるんだったね。
 だとしたら、メティスに行くべきだよ!
 これはもう絶対。絶対だ!」

「メティス?」

 ユリアが首を傾げる。

「そう。大陸一、大きな図書館がある街だよ。
 今まで発刊された本のほとんどが置いてある」

「そんな場所があるんですか」

「ここから馬で半月くらいの場所にね。
 正しい地図さえあれば、誰でも辿り着けるぞ。
 それに、今なら年に1度のお祭り付きさ」

 スヴェンがイタズラっ子のように笑う。

「バンさん……! お祭りですって!」

 『お祭り』という言葉に反応して、
 ユリアが少し興奮したようにコチラを見た。

 オレはすぐには答えず、視線を彷徨わせる。

 ――メティス。

 その名は聞いたことがあった。
 確か……傭兵時代に…………

「というか、メティスに行くなら僕が案内してあげるよ。
 ココで出会ったのも何かの縁だろうし」

「縁?」

「そう。かくいう僕は、そのメティスの住民なんだ」

 姿勢を正して、胸をドンッと叩く。
 そこへ、店長が湯気の立つスープを手に戻ってきた。

「あんたが長話してたから、スープが冷めちまったじゃないか。
 ほら。温め直してきたよ」

「ありがとうございます」

「スヴェン。話すのは食べてからにしてやりな」

 冷めたスープを下げながら、店主が言う。

「分かったよ」

 スヴェンは渋々頷くと、オレの耳元に唇を寄せた。

「……とにかく、メティスまでの案内は僕に任せてよ。
 しっかり送り届けてあげるからさ」

 それから、忙しげに席を立った。

「それじゃあ、僕はこれで」

 手をヒラリと振って、出口へと向かう。

「……あ! 地図! その古地図は、明日ちょうだい!
 僕のと交換ってことで。汚さないように!」

 店を出る直前、振り返った彼の姿は、
 シッシッと店主に追い立てられて、見えなくなった。


 ……気が付けば、店にはオレたちが来た時の喧噪が戻っていた。


* * *

 その日の夜。

 やっぱ、2部屋取るべきだった……

 宿に取った部屋を見渡したオレは、額に手を当てた。
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