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エピソード20
陽だまりと地図(3)
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見るな。見るな。見るな……ッ!
見たら最後、紅い光に魅せられてしまう。
オレは縋るように、明かりに使っていたロウソクの火を握った。
「ぐ……っ!」
皮膚の焼ける匂いが鼻を掠める。
獣の目が、一瞬だけピクついた。けれどそれだけだ。
紅い光が闇にゆらりと軌跡を描く。
甘い痺れが毒のように体に広がっていく。
「必死だな」
「当、たり前だろ……っ。
オレには、恋人以外に抱かれる趣味はねえ。
お前がどうしてもオレに突っ込みたいっていうなら、
そんな気が起きないように……ココ、潰すぞ」
火傷くらいでは抑止力にならないとしても、
急所ならどうだ。
……考えるだけで、玉がヒュンッとなる。
絶対やりたくないし、そんなことしたら今度こそオレは
発起不全になるだろうが、今はなりふり構ってはいられない。
「……理解出来んな」
しばしの睨み合いの末、獣はオレをあっさりと手離した。
「今更、貴様に立てる操などないだろうに」
ホッとしたのも束の間、告げられた言葉にギクリとする。
「お前……知って……?」
「なんだ、気付かれていないと思ったのか?
貴様の体からは醜悪な匂いがする。
下卑た、最底辺のオスたちの匂いだ。
それも、100や200では足りない」
背につ、と冷たい汗が流れて、
心臓がドクンドクンと早鐘を打ち始める。
「……そう考えると、
貴様には俺が抱いてやる価値はないな。血もまずい」
「そのコト、ユリアはーー」
知っているのか?
そんな問いが口を突いて出そうになって、
オレは慌てて唇を引き結んだ。
そもそも隠しきれるとは、思っていなかった。
だが、気になるのだ。
もしユリアが知っているのなら、どうして……
どうして、何も言ってこないのか、と。
気付かないフリをしているのか。
それとも……
胸に去来した不安を、オレは慌てて振り払う。
いや、いや、不安ってなんだよ。
過去も引っくるめて、オレだろうに。
そう、セシルにも言った。
なのに、なんで……こんなに、怖い?
その時、獣が押し黙ったオレの頭を本で軽く叩かれた。
「いっ……な、なんだよ」
オレは虚を突かれて、顔を上げた。
「考えごとなら、自分の部屋でしろ。目障りだ」
獣はオレに本を押し付けると、さっさとベッドに寝転がった。
「……もとより、部屋には帰るつもりだったんだよ」
オレは、踵を返した。
扉を開け、1歩部屋を出て、
逡巡した後、ちらりと背後を振り返る。
「……オレは、正直なところ、お前を消すかどうか悩んでる。
前に処刑官がこの屋敷に来た時、
ユリアが無事でいられたのは、お前のお陰だと思うから」
「ふん。殊勝な心がけだ」
素っ気ない答えが返ってくる。
オレは後ろ手に扉を閉めようとした。すると、
「それに免じて、良いことを教えてやる。
貴様が持っているその本は、シリーズ物だ。
1巻から読まねば、面白味にかける」
「え……」
思わぬ言葉に振り返れば、
獣は1度、太く白い尻尾を左右に揺らした。
「話は終わりだ。さっさと出て行け」
「分かってる。……ありがとう」
今度こそ、オレはユリアの寝室を後にした。
「……なんなんだ、アイツ」
しばらく廊下を足早に歩いていたオレは、ふと足を止めた。
あの獣は、オレを殺した。
残虐で、悪辣非道で、血も涙もないヤツだ。
それなのに……
ふと、窓から外を見た。
空に昇る月は、細く、白く輝き、
まるで嘲笑うような、目の形をしていた。
見たら最後、紅い光に魅せられてしまう。
オレは縋るように、明かりに使っていたロウソクの火を握った。
「ぐ……っ!」
皮膚の焼ける匂いが鼻を掠める。
獣の目が、一瞬だけピクついた。けれどそれだけだ。
紅い光が闇にゆらりと軌跡を描く。
甘い痺れが毒のように体に広がっていく。
「必死だな」
「当、たり前だろ……っ。
オレには、恋人以外に抱かれる趣味はねえ。
お前がどうしてもオレに突っ込みたいっていうなら、
そんな気が起きないように……ココ、潰すぞ」
火傷くらいでは抑止力にならないとしても、
急所ならどうだ。
……考えるだけで、玉がヒュンッとなる。
絶対やりたくないし、そんなことしたら今度こそオレは
発起不全になるだろうが、今はなりふり構ってはいられない。
「……理解出来んな」
しばしの睨み合いの末、獣はオレをあっさりと手離した。
「今更、貴様に立てる操などないだろうに」
ホッとしたのも束の間、告げられた言葉にギクリとする。
「お前……知って……?」
「なんだ、気付かれていないと思ったのか?
貴様の体からは醜悪な匂いがする。
下卑た、最底辺のオスたちの匂いだ。
それも、100や200では足りない」
背につ、と冷たい汗が流れて、
心臓がドクンドクンと早鐘を打ち始める。
「……そう考えると、
貴様には俺が抱いてやる価値はないな。血もまずい」
「そのコト、ユリアはーー」
知っているのか?
そんな問いが口を突いて出そうになって、
オレは慌てて唇を引き結んだ。
そもそも隠しきれるとは、思っていなかった。
だが、気になるのだ。
もしユリアが知っているのなら、どうして……
どうして、何も言ってこないのか、と。
気付かないフリをしているのか。
それとも……
胸に去来した不安を、オレは慌てて振り払う。
いや、いや、不安ってなんだよ。
過去も引っくるめて、オレだろうに。
そう、セシルにも言った。
なのに、なんで……こんなに、怖い?
その時、獣が押し黙ったオレの頭を本で軽く叩かれた。
「いっ……な、なんだよ」
オレは虚を突かれて、顔を上げた。
「考えごとなら、自分の部屋でしろ。目障りだ」
獣はオレに本を押し付けると、さっさとベッドに寝転がった。
「……もとより、部屋には帰るつもりだったんだよ」
オレは、踵を返した。
扉を開け、1歩部屋を出て、
逡巡した後、ちらりと背後を振り返る。
「……オレは、正直なところ、お前を消すかどうか悩んでる。
前に処刑官がこの屋敷に来た時、
ユリアが無事でいられたのは、お前のお陰だと思うから」
「ふん。殊勝な心がけだ」
素っ気ない答えが返ってくる。
オレは後ろ手に扉を閉めようとした。すると、
「それに免じて、良いことを教えてやる。
貴様が持っているその本は、シリーズ物だ。
1巻から読まねば、面白味にかける」
「え……」
思わぬ言葉に振り返れば、
獣は1度、太く白い尻尾を左右に揺らした。
「話は終わりだ。さっさと出て行け」
「分かってる。……ありがとう」
今度こそ、オレはユリアの寝室を後にした。
「……なんなんだ、アイツ」
しばらく廊下を足早に歩いていたオレは、ふと足を止めた。
あの獣は、オレを殺した。
残虐で、悪辣非道で、血も涙もないヤツだ。
それなのに……
ふと、窓から外を見た。
空に昇る月は、細く、白く輝き、
まるで嘲笑うような、目の形をしていた。
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