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エピソード17
終わりなき行く末(3)
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「バンさん……っ」
「オレは、お前みたいには思えねぇよ」
「彼にも事情があったんです」
「事情があるからって、他人を傷付けていいのか?」
「……僕は、傷ついていません」
躊躇いつつも、ユリアは告げた。静かな声だった。
オレはゆっくりと瞬きをして、彼を見返す。
……なんで、お前は笑ってられる?
ユリアは自分が傷つくことを何とも思っていないようだった。
まるで、それが宿命だとでも言うように。
「バンさんが僕を止めるためにケガをしたのは知っています。
それについて、あなたが怒るのはもっともです。
でも、あなたは僕のために怒ってくれているように見える」
ユリアはオレの手を引くと、そっと両手で包み込んだ。
「あなたが怒る必要なんてないんです。
僕はすっかり元通りですし……
まあ、屋敷はちょっと壊れちゃいましたけど、やったのは僕ですしね」
冗談めかして、肩を竦める。
オレは何か言いたかったけれど、うまい言葉を見つけられなかった。
胸が締め付けられて、意味もなく、自分が情けなくなった。
オレはユリアの手を退かした。
「坊ちゃんが言うなら……使用人のオレは、従うしかねぇ」
だけど……やっぱり許せねぇよ」
呟いて、セシルへ鋭い眼差しを投げる。
「大事な恋人を殺されかけて、許せるかよ」
「バンさん……」
ユリアの困ったような声。
セシルにのっぴきなはない事情があるのだろうことも、予想がつく。
だけど、どうしても……オレはこのささくれ立った気持ちを抑えられなかった。
「悪い。……しばらく外で頭冷やしてくる」
ユリアの引き留める声を無視して、
オレは部屋を飛び出した。
* * *
扉の閉まる音が、やけに耳に残った。
咄嗟に伸ばしかけた手は、行く当てを失い、僕は力なく握りしめる。
「……彼が言うことは、もっともだよ。
ボクはそれだけのことをしたんだ」
セシルが言った。
扉から視線を外し、彼の方を見やれば、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
「本当にごめんなさい。
……ボクも、部屋に戻るよ」
「セシル……」
肩を落とし、セシルはとぼとぼと部屋を出ていく。
やがてヴィンセントさんと、僕の二人だけが残った空間には、
束の間の、気まずい沈黙が落ちた。
「……俺も失礼する。色々とすまなかったな」
「ヴィンセントさん。待って下さい」
踵を返そうとした彼に、僕は思いかけず声をかけていた。
「なんだ?」
「セシルは……」
言いかけて、口を閉ざす。
セシルは、僕が力に飲まれる前に言ったことを、彼にも伝えたのだろうか。
もしも言っていないーー言うつもりもないーーのだとしたら、
僕が口を挟むことではない。
余計なお節介だ。けれど、それでも……
ヴィンセントさんは忍耐強く言葉の続きを待ってくれる。
それで、僕はやっと心を決めた。
彼にだけは、知っていて欲しい。
セシルの頼みを……彼の願いを本当の意味で叶えられるのは、
ヴィンセントさんだけだから。
「セシルは……僕にあなたを死徒にして欲しいって、頼んできたんです」
「俺を……?」
「オレは、お前みたいには思えねぇよ」
「彼にも事情があったんです」
「事情があるからって、他人を傷付けていいのか?」
「……僕は、傷ついていません」
躊躇いつつも、ユリアは告げた。静かな声だった。
オレはゆっくりと瞬きをして、彼を見返す。
……なんで、お前は笑ってられる?
ユリアは自分が傷つくことを何とも思っていないようだった。
まるで、それが宿命だとでも言うように。
「バンさんが僕を止めるためにケガをしたのは知っています。
それについて、あなたが怒るのはもっともです。
でも、あなたは僕のために怒ってくれているように見える」
ユリアはオレの手を引くと、そっと両手で包み込んだ。
「あなたが怒る必要なんてないんです。
僕はすっかり元通りですし……
まあ、屋敷はちょっと壊れちゃいましたけど、やったのは僕ですしね」
冗談めかして、肩を竦める。
オレは何か言いたかったけれど、うまい言葉を見つけられなかった。
胸が締め付けられて、意味もなく、自分が情けなくなった。
オレはユリアの手を退かした。
「坊ちゃんが言うなら……使用人のオレは、従うしかねぇ」
だけど……やっぱり許せねぇよ」
呟いて、セシルへ鋭い眼差しを投げる。
「大事な恋人を殺されかけて、許せるかよ」
「バンさん……」
ユリアの困ったような声。
セシルにのっぴきなはない事情があるのだろうことも、予想がつく。
だけど、どうしても……オレはこのささくれ立った気持ちを抑えられなかった。
「悪い。……しばらく外で頭冷やしてくる」
ユリアの引き留める声を無視して、
オレは部屋を飛び出した。
* * *
扉の閉まる音が、やけに耳に残った。
咄嗟に伸ばしかけた手は、行く当てを失い、僕は力なく握りしめる。
「……彼が言うことは、もっともだよ。
ボクはそれだけのことをしたんだ」
セシルが言った。
扉から視線を外し、彼の方を見やれば、彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
「本当にごめんなさい。
……ボクも、部屋に戻るよ」
「セシル……」
肩を落とし、セシルはとぼとぼと部屋を出ていく。
やがてヴィンセントさんと、僕の二人だけが残った空間には、
束の間の、気まずい沈黙が落ちた。
「……俺も失礼する。色々とすまなかったな」
「ヴィンセントさん。待って下さい」
踵を返そうとした彼に、僕は思いかけず声をかけていた。
「なんだ?」
「セシルは……」
言いかけて、口を閉ざす。
セシルは、僕が力に飲まれる前に言ったことを、彼にも伝えたのだろうか。
もしも言っていないーー言うつもりもないーーのだとしたら、
僕が口を挟むことではない。
余計なお節介だ。けれど、それでも……
ヴィンセントさんは忍耐強く言葉の続きを待ってくれる。
それで、僕はやっと心を決めた。
彼にだけは、知っていて欲しい。
セシルの頼みを……彼の願いを本当の意味で叶えられるのは、
ヴィンセントさんだけだから。
「セシルは……僕にあなたを死徒にして欲しいって、頼んできたんです」
「俺を……?」
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