人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード16

ユリアと獣(6)

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 ヴィンセントは小さく溜息をついた。

「……まったく。無茶をする」

 しかし、声は先ほどよりも力強い。

 オレはユリアへ目を向けると、彼の動きに全神経を傾けた。
 今さっき傷つけた俺の腕はもう治癒している。
 しかし、ユリアの方はまだ完治していないようだ。

「……まずは、1本」

 俺は自身の左人差し指を握り締めた。

 空気を切り裂くようにして、黒いシルエットがヴィンセントに飛びかかる。
 先程とは打って変わり、ヴィンセントは踏み込んだ。

 衝突。それから爆音。

 ユリアの腕が、ヴィンセントの頭部目がけて振り下ろされる――
 オレは、なんとか目を見開いてタイミングを図り、
 握っていた指を、関節とは逆に折り曲げた。

 鈍い音が立ち、痛みに後毛がブワッと総毛立つ。

「……っ、あああ!」
 
 目に涙が滲んだ。
 呼吸が引き攣る。

 ユリアはと言えば、一瞬ビクリと体を跳ねさせ腕を引いた。
 ヴィンセントがそのまま、大剣を振り抜けば黒い巨躯が地面に転がる。

 両手をついて唸り声を上げ、ユリアはすぐさま体勢を整えた。
 衝撃はあったようだが、動きを止めるほどの痛みではなかったようだ。
 俺は服の裾を破り口の中に詰め込むと、
 続けざまに、逆の手の真ん中の3本の指を握り締めた。

「バンっ、待っ……!」

 セシルが隣で息を飲むのも関わらず、俺は意思を行使する。

 ゴキンッ

 ……ガクガクと膝が笑った。
 俺は体を丸めて、目だけでユリアを見た。

 折ると分かっていても、これだけの衝撃があるのに、
 なんの脈絡もなく指が折れたらたまったものじゃない。
 しかも、今のユリアは獣じみた本能に支配されているのだ。
 危機管理に重要な意味を持つ痛覚は、鋭敏に彼の体を支配しているはず……

 そんな推測は、幸いなことに当たったようで、先ほどよりも明かな反応が見えた。
 獣が腕を掴み声にならない咆哮を上げた。 

 その隙を逃さず、ヴィンセントは容赦なく突っ込んだ。
 大剣がユリアの右腕を激しく打ち据えると、彼の体が大きくグラリと傾ぐ。
 だが、それも一瞬のこと。
 ユリアはヴィンセントから距離を取るように飛び退り、2撃目を躱した。

「……動き、止めねぇと」

 まだだ。
 まだやれる。

 ユリアがじりじりと再び間合いを詰める。
 次に2人がぶつかる前に、動きを封じなければ。

 ……ユリア、ごめんな。痛いよな。
 でも、今止めねぇと……もっと痛ぇから。

 心の中で謝ってから、オレは思いきり近場の瓦礫を蹴り上げた。
 一度では思った成果を得ることは出来ず、
 何度も繰り返した。
 反動をつけて、何度も、足を振り抜く。

 皮膚が裂けて、血が散った。
 それでも折れない。

 クソ。もっと……もっと力を込めないと。

「ね、ねえ……もう……もう、止めろって……っ!」

 後ろから、セシルに羽交い締めにされる。

「止めたら、ヴィンセントが死ぬ。お前、それでもいいのか」

 オレは歯の間から声を絞り出した。

「そ、それは……でも……お前……」

「……痛いだけだ。なんとかなる」

 セシルを通して、オレは自分自身に言い聞かせた。
 気が狂いそうだった。
 治癒したとしても、痛みは感じる。
 幻覚のように、痛みが体に絡み付く。
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