人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード7

悪夢残滓(2)

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 穏やかな午後。
 小鳥たちの囀りが聞こえてくる。
 風は柔らかく、ほのかに庭園の芳しい香りを運んでくる。


 オレはいつものように、ユリアの部屋の扉をノックした。
 返事はない。でも、中に彼はいる。気配がある。

「入るぞ」

 オレは扉を押し開けた。

「……バンさんは、怖い物知らずですね」

 窓際に立つユリアがこちらを向く。その顔は酷くやつれていた。

「お前、何度もオレの部屋の前まで来てたろ。
 いつになったら入ってくんのかなって思ってたけど、
 全然声かけてくれねぇから、自分で来ちまった。
 ひとまず、昼間に会う分には危険はないみたいだったし」

「正しいです。……今は、ですけど」

 小さく頷くと、ユリアはオレに深々と頭を下げた。

「……すみませんでした」

「謝るってことは、あの夜のことは夢じゃなかったんだな」

「はい。僕は……あなたに酷いことをしました。
 言葉にするのもおぞましいことを……
 謝って済む問題じゃないのは分かっています。
 許して欲しいだなんていいません。
 それでも……謝らせてください。償わせてください」

「お前が謝ることはないだろ。
 そもそも、お前はちゃんとオレに逃げるように言ってたわけだし。
 ……今日ここに来たのはさ、オレには屋敷を出ていく気はないって伝えるためだ。
 正直、オレは……あの夜、自分の身に起こったことをちゃんと理解できてない。
 よく覚えてもいない。
 でも、逃げろつったお前を無視して、踏み込んだのはオレだ。
 それだけは確かに覚えてる」

 ゆっくりと告げれば、ユリアは目を大きく見開いた。

「何を言ってるんですか。
 あなたに非なんて一つもない、僕が。僕が……」

「お前はオレを守ろうとしてくれてたろ」

「でも、守れなかった!」

 ユリアは悲痛な声を上げると、うなだれた。
 握りしめた手が震えている。

「僕はあなたを守れなかったんですよ。
 僕は、アイツに負けた。僕がもっとしっかりしてたら、僕に力があれば、
 あなたを守れたのに。僕が、僕のせいでっ……!」

「アイツって……あの狼のこと、だよな。
 アイツはお前にとって、なんなんだ?」

 ユリアが口を閉ざす。
 俺は一歩、彼に進むと口を開いた。

「お前の手首の傷も、アイツが原因なんだろ」

「……っ」

「ごめんな。お前が苦しんでるの、気付いてたんだ。ずっと。
 でも、どうしたらいいのか分かんなくて」

「あなたは、あの夜も……心配してくれて来てくれたんですね」

「……」

「僕は、あなたに全てを話すべきだったんだ。
 そうして、もっと早くにあなたを手放すべきだった……」

 ユリアが目を閉じる。
 それから覚悟を決めたように、オレを見た。

「バンさん。僕は……知っての通り、人間じゃないんです。
 人狼と、ヴァンパイアの間に生まれた、忌み子なんですよ」
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