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「あ、い……だと……?」

宰相の言葉を理解できない私が顔を歪めて頭を抱えているのを、うんざりしたように眺めて、宰相は言った。

「それくらいは理解してあげて下さい、あの子も浮かばれませんよ」
「だが……ランが飲んだ惚れ薬は……もう切れていたはずで……」
「惚れ薬?あの子が?」

呆れた顔の宰相が、完全に顔色を失っている私に「やれやれ」と呟いて首を振る。

「あの子が、そんな高価なものを自力で手に入れられる訳がないでしょうが。自由になるような手持ちの金もないのに」

私の鈍感さと無関心を非難するかのように宰相はため息をつく。

「よしんば手に入れていたとしても、彼が死んだのは惚れ薬の力などではなく、きちんとあなたへ捧げた忠愛ですよ。それは受け取ってあげて下さい」

言い切ると、執務机にガチャリと小さな袋を置いた。無造作に置かれたそれは、上等だが質素な作りで、小さく旅の無事を祈る刺繍が入っている。ひとりで城から放り出されるあの子のために私が用意したものだった。

「こちらはあの子が遺した品と、あの子に渡せなかった忘れ薬です。ご自由にお使い下さい」
「え?」

戸惑う私に、男は笑って言った。

「あの子を忘れたいのならばどうぞ」
「……お前ッ」

こちらの感情を逆撫でするような言い方に、苛立つ。試すような笑みが憎らしい。この男はあの子の感情も、あの子の死も、全部知っていて黙っていたのだ。気づかなかった私が悪いと分かっていても、怒りは抑えられなかった。

「いやぁ、この薬を所望されたと聞いた時は、耳を疑いましたね。でも、あなたがさっぱり理解されていないものだから、あの子が気の毒になりましたよ」

心底同情しました、と言いながらも事態を面白がるような軽薄さで、目の前の男は淡々と私を愚弄する。

「まったくあなたは罪深いお方だ。鈍感にも程があります。でもまぁ、遅まきながらご理解なさいましたか?あの子の素晴らしく情熱的な愛の告白を」

芝居がかった言い方で語られる言葉に、苛立ちもあらわに私は吐き捨てた。

「何が素晴らしいと言うんだい?忘れたいと望まれて……!」
「おや、まだ分かっていないのですか」

馬鹿にするように言って、宰相は疲れたように首を振った。あの子への憐憫と私への非難を瞳に浮かべて、宰相は私を真正面から見て言った。

「忘れたいほど愛されていたなんて、なかなか素敵ではないですか?……だって、覚えていたら生きていけないくらい、愛していたってことでしょう?」
「……っ、な」

言葉もなく、空気を求めて喘ぐように口をはくはくとさせる私を見て、やっと理解したと考えたのか、宰相は満足げに頷いた。

「では、御前失礼いたします、陛下。良い夜を」

私を揶揄うように笑いながら、男は退去の礼をして去っていった。たった一人の部屋で私は呆然と薬を見つめた。






「……君は、惚れ薬を、飲んでいたのだろう?」

記憶の中の君に問う。
熱く潤んだ瞳で、私を見つめていた君に。震える声で、まっすぐ愛を告げていた君に。本物の恋人として振る舞うために、私に愛されたいと手を伸ばした君に。

「……この薬を私に遺したのは、忘れろということかい?」

私の育てた賢い拾い子ならば、それくらい考えていただろう。自分の死後、この薬が私の元に届けられるだろうと分かっていただろう。

「忘れないと生きていけないくらい愛していたということ、か…………なるほどね」

苦笑しながら薬の瓶を手に取り、中身を窓から外に捨てた。

「馬鹿な子だね……それに随分と図々しい子だ。大丈夫だよ。私はそんなに君のことを愛していないから平気だよ」

優しいあの子はきっと自分の死を私に気に病んでなど欲しくなくて、さっさと忘れてくれと願ったのだろう。
あの子はよく言っていた。

自分のような人間はいくらでもいる。
関わらなければ知らないだけで、いつだってあちらこちらで罪のない血が無駄に流れているのだ、と。

この薬は彼からの伝言なのだろう。
自分ひとりの死など気にしないでくれと。
拾い子の死など気に病まず、前だけを向いてこの国を導いてくれと。
そんな悲しくて温かい意図だったんだろう。
でも私は、そんな優しすぎる気遣いには気づかないふりをする。

「心配しなくていいよ、ラン。……私は、君を忘れなくても生きていけるからね」

君を忘れずに、きちんと生きていけるから。
私に、忘れ薬はいらないのだ。
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