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「…………後宮いりは、もう十日後か」
「はい」

親子ほどに歳が離れた子供に見つめられて動揺していたなど信じたくなくて、私は目の前の少年から目を逸らした。内心の揺らぎを押し殺して、私は淡々とした口調で言葉を続ける。

「精一杯、閣下に頂いた役目をつとめさせていただきます」
「まぁ、あまり気負わずとも、君を手に入れただけで陛下は満足されるだろうから」

慎ましやかに頷く養い子のランに、私は皮肉げに口角を引き上げて、首を振った。

「陛下は私のことを大変嫌ってらっしゃるからね。さぞご満悦だと思うよ。憎い叔父の恋人を奪ってやった、とね」

前皇帝アリの異母弟である私は、現皇帝レイの叔父だ。
そして、酷く憎まれている。

異母兄アリの即位時、私はまだ幼く、母の身分も低かったために、当時の帝位争いには関わりがなかった。
けれど長じるにつれて、皇族の中でも群を抜いた有能さを認められ、既にアリには世継ぎのレイがいたにも関わらず、皇太子候補として名を挙げられていた。
レイが立太子してからも、私こそが皇帝となるべきだという声は消えなかった。そしてその声はレイが即位した今もなお、根強く残っている。
彼らの声を抑えるには、レイは愚昧すぎたのだ。

だからレイは私を酷く疎み、嫌っている。
何度も政略で私を陥れようとして失敗し、うまくいかないと考えるや、凶手を送り込んでくるほどには。

「あの惚れ薬の効力は、まぁこの品質なら半年程度だろう。それまでには片をつけるから待っていなさい」
「はい。……その時機ときをお待ちしております。閣下の計画のお役に立てるよう、精一杯頑張らせて頂きます」

にこりと年相応の笑顔を見せながらも、過剰なほどの決意を漲らせるランに、私は「気負いすぎないように」と何度目かの忠告をする。

「後宮では、むしろ、なるべく目立たぬように心がけなさい。目をつけられると危ないからね」
「はい。仰せの通りに致します」
「よろしい」

素直に頷くランに私は苦笑して、自分を落ち着かせるようにひとつ息を吐く。

「……寝首をかかれる心配なく過ごせるのはあと暫くだ。今のうちに十分体を休めなさい」

ポン、と軽く頭を叩いて、私は熱い瞳から背を向ける。
おかしな考えに取り憑かれる前に。
しかし。

「……どうしたんだい?」

背中から抱きつかれて、一瞬だけ動揺した。

「抱いて下さらないのですか?」
「……なぜ?」

一呼吸の後で、私は微苦笑を浮かべた。困った子供を見るように、つとめて穏やかに言葉を返す。
荒れ狂いそうな内面を押し隠して。

「閨の勉強はもうしただろう?」
「はい、一般的なことは。……でも」

ランはうっとりと私を見つめながら、そっと手を伸ばして抱きついてきた。
酒に酔っているかのような陶然とした表情は、この子を育ててきた十年でも見たことのない、艶めいたものだ。
眼差しに魅入られた私が固まっていた一瞬に、ランはするりと私の夜着の中に手を滑り込ませた。

「ラン?何をするんだい!」
「閣下」

慌てて引き剥がそうとすれば、ランは静かに私を呼んだ。強引さはないけれど、かけらの躊躇いもないランの細い手が、私に触れる。
しっとりと汗の滲んだ肌に、瑞々しい掌が触れた。

「閣下の恋人としてどう振る舞えばよいのか、僕は、何も存じ上げません」

熱帯夜のように熱く潤んだ瞳が、甘くねだる。

「どうか教えて下さいませ」
「……随分と成長したね。素晴らしい誘惑だ。その調子なら、きっと皇帝陛下も籠絡できるだろうよ」

あえて空気を読まず、茶化すように言ったが、ランは動揺もなく、ゆったりと微笑んで私を見つめ続ける。

「僕の全ては、あなたが教えて下さったのです、閣下」

言葉と共にぺったりと重ねられた体から伝わる、上昇したランの体温。
自分とは異なる華奢な肢体、薄い夜着越しに伝わる熱い吐息。
そんなものに興奮してしまいそうになる自分が憎らしい。

どうこの場を切り抜けようかと考えて無言になった私の体の線に、ランは自然に手を添わせる。
そして、情欲を誘い出そうとするように、ゆっくりと腹筋を撫であげた。

「ねぇ、閣下。きちんと僕を、あなたの恋人にして下さいませ」
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