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★こんな世界は壊れて仕舞えばよいと慟哭する男

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「なぜだ、なぜアンドリューが!?」
「落ち着きなさいカール!」
「そんなに治安が悪い場所じゃない!あの山道で賊が出たなんて聞いたこともない!おかしい!絶対におかしいですよ父上!!」
「落ち着けと言っているだろう!!」

 滅多に声を荒げない父の怒声に、カールはやっと僅かに落ち着きを取り戻した。ふと父の顔を見れば、押し殺された怒りを湛えている。

「アンドリューは、きっと天の国で父であるエイベルと再会したいはずだ。地上の我々がきちんと祈りを捧げねば、天の国に辿り着けないと言う。あの子に、天に昇るのを迷わせるな」

 エイベルは十年前に亡くなった執事長であり、父の乳兄弟であった男だ。父にとっても、アンドリューは亡き友人の忘れ形見であり、単なる使用人以上の存在であった。亡くして平気なわけがない。だが。

「……これ以上、この件を探ることは出来ない」
「なぜ!?我が家の家人が殺されたのです!徹底的に」
「無理なのだ!……王家から、警告があった」
「王家から!?」

 思わぬ権威の名に、カールは目を見開いた。青ざめて硬直するカールに、父は苦い表情で続ける。

「正確に言えば、王太后様からだ。……我が孫娘を軽んじるな、と。王太后様は、末息子であった公爵様と、その子であるご令嬢を溺愛していらっしゃるからな」
「っな、ま、さか」

 カラカラに乾いた喉から、悲鳴じみた声を絞り出す。目で父に問い掛ければ、父は悲しげに唇を歪めた。

「公爵令嬢は、ご不満だったようだよ。……のことが」
「っあ、ち、ちうえ」

 ひゅっ、と息を呑む。カールの顔色は青を通り越して真っ白だ。動揺を隠せないカールを嗤うように、父は淡々と続けた。

「知らないとでも思ったかい?あんなにあからさまな態度をとっておきながら……」
「みん、な、知って……?」

 震えながら問いかける愚かな息子に、父はため息混じりに答えた。

「少なくとも親の目は誤魔化せていないよ。君の兄達も気づいているんじゃないか?」
「そ、んな……では、なぜ私に、結婚を」
「それが貴族の義務だからだ」

 ぐ、と重かなる空気と、怒りを孕んだ声。そんな愚かなことを聞くなど、侯爵家の息子として失格だ、と。

「でも私たち家族は、君を愛しているからね。結婚前までのことは知らぬふりをしてやろうと思っていたんだ。お前は真面目で、人としても貴族としてもな子だ。結婚すれば伴侶だけを大切にするだろう、とね。……でも、彼女は許せなかったようだね」
「あ、の女……ッ」

 憎悪と怒りに我を忘れそうなカールに、父は冷たい目を向ける。

「カール、君にも責任があるだろう」
「え?」

思いがけない非難に、カールは目を見開いて父を見返した。

「君は彼女の信用を勝ち取れていなかったのだよ。結婚後はきちんと夫として彼女だけを愛すると、彼女にはそう信じられなかったのだ」

カールの視線を真っ向から受け止めて、父は恋人を亡くしたばかりの息子を静かに非難した。普段家族に見せる甘やかさなどはそこにはなく、社交界で貴族の中の貴族と呼ばれ恐れられる男の姿があった。

「結婚後も夫が、自分ではない恋人……いや、愛人を抱えるのだろう、と。君の真の愛情はその人にのみ注がれるのだろう。と。それも、公爵令嬢とは天と地ほども差のある、下賤の男を。……そんなこと、誇り高いご令嬢が許せるわけがないだろう」

王家に連なる公爵家と、貴族筆頭である侯爵家では、血筋の尊さに天と地ほどの差がある。
遥かに格下の入婿に後継たる嫡女をコケにされて、公爵家が黙っている訳がないのだ。

「もし君がその恋を、恋人を守りたいのであれば、ちゃんと諦めるべきだった。未練など見せるべきじゃなかった。少なくとも、ご令嬢の前でだけは、あの子を恋しそうに目で追いかけたりなんかせず、焦がれるように見つめたりなんかせず、ちゃんと……ちゃんと、妻となる女性を見つめるべきだった」

呆れ顔の父が、淡々と説明する。カールの愚かさを一つ一つ数え上げて、見損なったと言わんばかりに大きなため息をついた。

「アンドリューはしっかりと弁えていたよ。出来ていなかったのは、お前だ」

失望を隠そうともしない父に、カールは呆然と立ち尽くす。

「ご令嬢がこれまでどれほど怒り、傷つき、打ちひしがれ、嫉妬し、そして屈辱に涙を流したのか、そこまで考えてから行動しなさい。そうすればこれからどうすれば良いのか分かるだろう。……貴族として、そして、一人の男として、ね」

真っ白な顔で絶望に顔を染める息子を苛立たしそうに眺め、ため息とともに父は呟いた。思考を手放したらしい息子が、正しい道を選ぶための手助けを。

「……公爵家にに伺う時は私も付き添おう。それが愚かな息子に対する、父としての情けだ」







「私は、恋人を殺した女を、憎むことすら許されないのか」

父が立ち去り、一人残された部屋の中で、カールはのろのろと椅子に座って頭を抱えた。呆然と呟き、ぐしゃりと髪を握りしめる。アンドリューが好きだと笑っていた、月光のようなプラチナブロンドを。

「貴族である私が、恋をしたことが、そもそもの間違いだったのだ」

虚ろな目で窓の外を見上げれば、あの夜と同じ細い月が、カールの愚かさを嗤うように煌々と夜を照らしていた。

「あぁ……アンドリュー、アンドリュー、アンドリュー!」

月すらもカールとアンドリューの悲劇を嘲笑い、この悲しみとは裏腹に世界を明るく照らし出すのだ。この醜く悍ましく、絶望的な世界を。

「あぁ、お前がいないのに、この世界は美しいまま回っていくのだな……ははっ、あははははっ!あはははっ、ハーッハッハッハッハッハッ!」

気が触れたように嗤い続けて、カールは憎悪と絶望の中で心の底から願った。この世界の終わりを。

「こんな世界、壊れて仕舞えばいいのに……ッ」
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