魔女に拾われた俺たちの話

トウ子

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使い魔のご褒美2

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「ご褒美?え、……血?」
 
 リアムの唐突なおねだりに困惑した俺が尋ねると、リアムはきょとんと大きな目を瞬いて、小さく吹き出した。

「ふふっ、そんな無粋なこと、僕がする訳ないじゃないの。……『ご褒美』には、痛いことなんて、なにもないよ」
「え?っ、ん」

 突然の、深いキス。
 舌が絡めとられて、息が出来なくなる。

 くちゅり、くちゅりと、聞くに耐えない水音が響く。
 舌を吸われ、歯列をなぞられ、唇を甘噛みされた。
 呼吸すらも奪う、貪るような口づけに、俺は頭が動かなくなった。

「っは、リアムッ」
「ん……」

 激しい接吻の合間に喘ぐように名を呼べば、熱い吐息が唇にかかる。
 誘うように薄く開く濡れた紅唇に、俺は我を忘れて唇を重ねる。

 脳に酸素が回らない。
 リアムの体温しか感じられない。

「はぁっ、はぁっ、はっ」

 長い口づけのあと。
 息を切らしている俺とは対照的に、火照った顔のリアムは恍惚とした表情で、とろりと呟いた。

「あまい」
「へ?うわっ」

 俺の唇から垂れていた唾液を、リアムは自らの桃色の舌で舐めとり、そのまま俺の首筋へ唇と舌を滑らせる。
 ぺろぺろと汗を舐めとられていく気配に背骨がぞくぞくと波打つ。
 腰の奥へ溜まる快感に、焦りを覚えた。

 これは、だめだ。

「甘い、なぁ。ルゥは、全身甘いや」
「ちょ、やめろって!わっ」

 どさり、と草むらに押し倒され、服を無理やり剥ぎ取られる。
 理性の箍が外れたリアムは、まるで渇いた獣が水を舐めるような必死さで、俺の皮膚に吸い付いている。

「ぅあっ、ちょ、くすぐった、ぅ」

 魔法も使わずにほとんど体格差のない俺の四肢を拘束し、肌へむしゃぶりつくリアムの勢いに押され、俺はなされるがままだった。
 敏感な場所を舐められれば、勝手に震える体が恥ずかしく、必死に平静を装った。
 けれどリアムはまったく意に介していないようで、どこもかしこも平等に、さも美味しそうにぺろぺろと舌を這わせる。

「う、……ぅあ、も、やめ、やめろっ」

 俺の意思とは無関係に快楽を拾った体が、下半身へ勝手に熱を集め始めた。
 焦った俺が制止の声を上げると、くまなく体中を舐めて満ち足りた顔をしたリアムが、にっこりと笑った。

「うん。とりあえず、一回休憩ね?」
「休憩、じゃないだろ!何すんだよ!まだ子供だろ、俺たち!こんなことしたら駄目だろうが!」

 倫理と道徳を忘れるな!と息も絶え絶えに怒鳴る俺を見て、リアムはさも面白いことを聞いたかのように大笑いした。

「あははっ、ほんと、ルーカスは、人間らしくなったねぇ。今生では人間となんて、過ごしてないはずなのに」
「へ?」

 目に涙まで浮かべて笑うリアムの様子に気を取られ、俺は発言の違和感を捉え損ねた。

「へーきだよ。人間の年齢で言ったら、僕たちはもう、成人なんてとうに超えてるよ?……だって、さぁ。僕たち、『十五歳』になってから、何回、春と秋を越した?十やそこらじゃないでしょ?」
「……あ」

 なんで、気づかなかったんだろう。
 ある時から、自分の成長が止まっていたことに。
 ある時から、季節が同じように過ぎ始めたことに。

 ぞくりと背筋を寒気が走り、俺は自分の体を抱きしめる。
 己の感覚を信じられず、縋るように目の前の親しんだ少年の顔を見上げる。

「気づかなくて、当たり前だよ。母さん……大魔女の側近中の側近で、魔族からは『マザー』って言われてるあの人が、渾身の錯覚の術を掛けたんだから。……でも、気づいてしまったから、解呪されちゃったね」
「っな!」

 俺の体とリアムの体が、ゆるりと揺らめく。 
 まるで自分自身が蜃気楼のように不確かなものになる。
 リアムが俺の体を放し、そっとその場に身をかがめた。

「敬愛なる、我が主。これが私の、真の姿にございます」

 目の前で、俺の足元に跪くのは、俺が見慣れた少年の姿ではない。
 真っ黒な髪をゆるく背に下ろし、柔らかそうな丸い肩を黒のケープで覆っている男は、確かに成人をとうに過ぎ、もはや三十近い年齢に見えた。

 そして、その姿は、あまりにも美しかった。
 柔らかそうな唇はつんと尖り、長い睫毛に煙る瞳は色気が滲む。
 成人男性らしい、けれど細身の体には、なんとも言えない成熟した艶かしさが漂っていた。

「リアム、か?」
「そ、お前のリアムだよ」

 ごくりと唾を飲んだ俺に、リアムが微笑む。

「ルーカスも、やっぱり格好良いなぁ。何回見ても、見惚れちゃうよ」

 うっとりと呟かれて、俺は自分の体を見下ろす。
 痩身ながらしっかりと鍛えられた体に、腰まで豊かに波打つ白金の髪。
 リアムの黒い瞳には、十五歳の『俺』の面影を残しながらも、精悍に成長した男の姿が映っている。

「ねぇ、ルーカス。これからまだまだ、人間から逃げないと駄目なんだ」
「り、あむ?」

 語りかける声の甘えるような口調と、その内容の果てしない難しさの乖離に、脳が混乱を起こした。
 まるで誘惑するような目で見つめられ、熱を呼び起こすような仕草で肌がなぞられる。
 俺は目の前の、熱に浮かされた黒い双眸に視線を囚われたまま、ただリアムの話を聞いていた。

「人間界の奥の奥、魔族はもちろん、人間だって簡単には入れないような場所に、大魔女様は今隠れているらしい。そこまで、ルーカスを連れていく。だけど、それまで、大変だよ。いくら僕でも、きっと、命がけの大冒険になる。ルーカスの身に傷をつけたくなんかないけれど、なかなか難しいかもしれない」

 冗談めかして告げられた内容は、とうてい頷けるものではなく、慌てて俺は口を開いた。
 なぜ俺は戦力に数えられていないのだ。
 まるで庇護対象の幼子のように扱われ、俺は眉を釣り上げた。

「なっ、俺だって、ちゃんと戦えるぞ!?」
「ふふっ、そんなことしなくていいの」

 けれどリアムは笑って首を振る。
 さも愛おしげに俺を見つめて、そしてうっとりと目を細めた。

「ルーカスは、未来永劫、僕だけのご主人様なんだから。危ないことも面倒なことも、何一つしなくていいの。……でもね」
「ぅわっ」

 下腹部で、びくりと熱が震える。
 すべらかな熱い手が、真っ赤に燃える俺の欲の塊を、ふわりと包み込んでいる。

「代わりに、ご褒美、頂戴」
「ご褒美って、ぁ、ぅあッ」

 リアムが、俺の分身に口づけた。
 そのままペロペロと先端を舐められて、次から次へと滲む欲の雫を吸い取られる。
 びくん、びくん、と体を震わせる俺を見つめながら、リアムは心底嬉しそうに笑った。

「あぁ、あまい。おいしい。ルゥだ。なつかしい、ルゥの味だ……」
「ぁぅ、リ、アムっ」

 夢うつつで呟かれる言葉など、俺の耳にはもう入らない。
 下半身を直撃する快感に打ち震え、唾液に満ちた熱い口腔内に腰を突き入れる。

「はっ、はっ、はっ、……ぅあ、くぅう」

 舌で先端を抉られながら根元を指先で愛撫され、俺は耐えられず、呻き声上げて達した。

「あ……はぁ……」

 信じられないほどの法悦の瞬間に、俺は茫然としていた。

「……おいしい」

 一滴もこぼさず俺の吐き出した液体を飲み干したリアムは、ほぉ、と熱い息を吐き出して、唇の周りについた残滓すらももったいないと言うように、舌を伸ばして舐めとった。
 そしてリアムは、身に纏っていたものを全て捨て去り、ほんのりと興奮に染まる真っ白な肌を晒した。

「ねぇ、ルゥ。僕は、ルゥを守り、世話をするための、ルゥの使い魔なんだ。だから……好きにして、良いんだよ?」


 まるで淫魔のような、堕落した誘惑に満ちたその囁きに、俺は容易に屈した。
 真っ白な体を押し倒し、無我夢中で食らいつく。
 快楽に溺れたリアムのあげる嬌声により一層煽られて、餓鬼のように貪った。
 熱く蠢く秘所に天を向く欲望を突き刺し、何度も快楽の蕾の最奥を情動の赴くままに突き上げ、何度も激しい欲望を放った。
 腕の中の男と己の、意識が途切れるまで。

 俺は、限りない満足感と恍惚の中で瞼を閉じた。
 少しだけ眠るつもりで。

 起きたらリアムに無体をしてしまったことを謝って、そして好きだと伝えようと。
 俺は永遠にお前と居たい、ともにこれからの危機を乗り越えようと。
 そう言って、抱きしめるつもりだった。

 まさか。

 その夜が、最後だなんて、思うわけがなかった。
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