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帝国の後宮にて

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「ふざけた返しはよせ」
「ふふふっ、お察しの通り、私はこの帝国に『外から』招かれた人間ではありませんが、大きな問題はございません」

余裕ある微笑と共にさらりと言い切れば、美貌の皇子は不快そうに柳眉を顰めた。

「……招かれず、この場所にいるはずがなかろう。そしてこの帝国で、余所者でありながら、この空間に入り込めるほどの立場の者であれば、私も知っているはずだ」
「けれども、あなた様がご存知なのは、表の情報だけでございますからね」

揶揄うようなケイの言葉に、黒い瞳がぶわりと鋭さを増した。

「……子飼いの、暗殺者だとでも?」
「ふふふっ、まさか!」

そう来るか。

心底真っ当に生きてきた御仁らしい、とケイはむしろ感嘆した。
ケイが、スルタンの愛玩動物である可能性は、考えもつかないらしい。
普通なら、真っ先に思いつきそうなものなのに。

たいていの人間は、ケイが「誰の所有物か」を気にする。
ケイは一目見て、高貴な誰かに「飼われている」美しい動物だと、見做されることが常だったからだ。

「そんなに警戒なさらずとも、私の主人はあなたを害する必要はないお方でございますれば、たとえ私が凶手であっても、恐れる必要はございませんよ」
「誰がお前ごときを恐れるか」

しなる鞭のように鋭く言い放つ声の強さに、ケイはぞくぞくと背筋を震わせた。
それは、久しぶりの高揚感だった。

「もちろん、そうでございましょう。あなた様ほどの鍛え上げられた肉体を前に、私など赤子も同然」
「……この帝国の強靭な兵士たちを知りながら、嫌味としか思えんな」

兵士として奴隷市で買われた者たちを指す言葉に、嘲りを込めて、笑みを深める。

「彼らはそういう『いきもの』ですから。もはや、ヒトとは違う種なのですよ。比べる必要はございません」

闘いのために買われ、育てられた彼らは、闘いのために作られた魔物のようなものだ。

「……彼らを、人間とは見做さぬか」

随分と道徳的なことを抜かす皇子に、ケイはチリリと胸の底が焦げ付いた気がした。
買われたモノが、人間であるはずがないのに。

「ええ、当然でしょう」

若く綺麗な皇子が不快そうに顔を歪める様を見て、少し溜飲の下がる思いをする。
満足感に、こぼれるような笑みを浮かべながら、ケイは内心で首を傾げた。
苛立ちなど、自分が感じる必要はないのに、不思議なことではあった。

「ねぇ、お美しい皇子様。そんなことはどうでもよろしいでしょう。今は、わたくしの話でございます」
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