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軽犯罪と重犯罪1

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クロードは薄く笑った。

掌の上には、小さな硬貨が五枚。
ゆるく手を握れば、かちゃり、と金属同士のぶつかる音がした。

「それ、あげる」

幼い声の方に目を向ければ、汚れた服を纏った少年が、にっこりと無邪気な笑みを浮かべていた。

「お礼だよ。見逃してくれて、ありがとう」
「……お礼を渡そうとするその心意気は認めるけれど、これ、さっきのオジサンの懐からすったやつでしょ?」
「……チッ」

満面の笑みをそのままに、舌打ちの音が小さく響いた。
クロードは表情を変えぬまま、パシン、と少年の頭を叩いた。

「しれっと証拠隠滅しようとするな、馬鹿小僧」
「イッテェ!頭殴るんじゃねぇよ、スカシ野郎!」
「言葉遣いが悪い」
「イタッ」

喚く少年の頭を押さえつけながら、クロードは遠い目で回想した。

なんでこんなことになった、と。



*  *  *



そもそもの面倒の始まりは、うっかり軽犯罪の現場を見つけてしまったことだ。

「わっ」
「っ、あ、ごめんなさいっ!」
「こんの小僧……!」
「許してください、貴族様。あぁっ、お洋服に汚れが……!」

ほんのわずかの接触。
ほんのわずかの時間。

わりと鮮やかな手捌きで、小太りの中年の懐から数枚の硬貨を抜き去ったのは、まだ年端もいかない少年だった。

最初から周囲を気にして、おどおどと歩いていた中年は、この地区の住民とあまり関わりになりたくなかったのだろう。
慌てて服に触れようとした少年を後退りして避け、忌々しげに吐き捨てた。

「触るな!余計汚れるわ!さっさと去れ!」
「あぁ、寛大な貴方様に感謝します……」

男はおそらく、掏摸にあったことには全く気付いていなかったはずだ。
地面に平伏して感謝する小汚い少年に目をくれず、去っていったのだから。

なんだか見たことのある男だなぁと思いながらも、クロードは無関係だったので、あっかり被害者を見送った。

繁華街とは言っても、貧民街にほど近い区画ではありがちな、金持ちをターゲットにした掏摸。
よくある掏摸だ。
ただ、問題は。

「ん?あれ?……銀貨ってこんなに軽かったっけ?」

硬貨を手に入れた少年の、一言だった。





「掏摸少年くん」
「なんだよ。見逃すんじゃねぇなら、警備隊呼べよ。てか、その呼び名やめろ」
「なんだ、もう腰を抜かしてくれないの?」
「当たり前だろ、バカにしすぎだ」

少年はよほと腕に自信があるのか、被害者の男が見えなくなるまで土下座を続け、男が人に紛れたと思ったら意気揚々と立ち上がった。
どこぞへ去ろうとした後ろ姿に、クロードは「そこの掏摸少年」と呼びかけたのだが、驚きすぎて腰を抜かしてしまったのだ。

「俺の『手』が見えるなんて、アンタ、タダモンじゃないだろ。ぜってぇ、やべぇやつだろ。金は渡すから警備隊呼んでくれ。拉致は勘弁してくれ。確かに俺の腕はイイが、アンタらの組織の役に立つほどの腕はねぇ」
「ちょっと、何を勘違いしてるわけ?」

真剣に告げてくる少年にクロードは思わず笑い出した。
ケラケラと深刻さの足りない様子に、少年が眉を顰める。

「ちげぇのかよ。じゃあなんで呼び止めたんだ?こんな小金が欲しいような人じゃねぇだろ、あんた」
「掏摸くんはなかなか人を見る目があるようだねぇ。感心感心」
「けっ、安心安全な掏摸稼業のためには、まず目を養うことからさ。カモになりそうな間抜けな金持ちを見つけるためにな」

ひとまずクロードが敵ではなく、害を及ぼす訳でもないと判断したのだろう。
幾分肩の力の抜けた少年は、気安い調子で答えた。

「へぇ、そう。ってことは、あのオジサンには、もう随分前から目をつけてたの?」
「当たり前だろ。この区画に来た時から、久々のアタリだと思ってたさ。だから、気の緩んだ帰り道のタイミングで、決行したってわけよ」
「……ふぅん」

自慢げに話す少年に、クロードはしめた、と口角を上げた。

「じゃあ、あのオジサンが、どこにアソビに来たかも、知ってるってことだ」
「へ?ちょ、何?めっちゃ怖いんだけど」
「怖がらなくてもいいよ、大したことじゃないから」

腰の引けた様子の少年の腕を、軽く、けれど確実に関節を押さえて掴みつつ、クロードは満面の笑みを浮かべた。

「ちょっとだけ、道案内してもらえる?お小遣い弾んであげるから」





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