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それは一輪の花のように
元凶
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「――――ようやくか」
低く、頭に直接響くような声で、『それ』は言った。不定形の黒い体。闇に包まれた、その正体。
全ての、元凶――。
「待っていたんだ、私は。ずっとずっと」
僕はじっと、それを見据えた。この手には、力がある。Unfinishedから、個性の塊'sから、受け取った力が。だから、きっと大丈夫。
「ようやく会えたな――女神に愛された子よ」
『それ』と目があった。間違いなく、『それ』はこの世のものではないなにかだった。
魔王――そういうのにふさわしい面持ちで、それはそこに立っていた。今までの敵とはまるで違う。誰よりもまがまがしく、なによりも落ち着いていた。その『瞳』の奥に見えるゆらめきは闇を映しているようで、ちかちかと揺れている。
敵である僕らを、歓迎するように、魔王は僕らを出迎えた。
「今お前に問う、『自己犠牲の勇気』よ。お前は私に勝てるとでも思っているのか?」
「…………」
僕はじっと前を見据え、うなずく。
勝てる、絶対勝てる。勝たなきゃいけない。
「ほう……? 根拠は」
「……ないです」
「無様な。……お前はどうだ、マルティネス・アリア。私に勝てると思うか?」
魔王は僕の後ろに立つ、アリアさんにも問いかける。アリアさんがほんの少しだけ後退り、そして、一歩前に出たのを感じだ。
「……勝てる。だって、私たちは二人じゃないんだ。たくさんの命を背負ってここに立っている。負けるわけには……いかない」
「そうか。……愚かな人間よ、貴様らは憐れだ。魔王が生まれ、争い憎み恨みあい、それで何が生まれた? ……さらに強い魔王が生まれた。
平和を保つために払われた犠牲を忘れのうのうと生きている間に、私はこうして育ち、復活した」
魔王は僕らの奥を覗き込むように、じっと見透かす。そして、アリアさんに目をやれば、忌々しそうに舌打ちをした。
「……くそ、マルティネス……お前がいなければ、もっと早く、確実に、この世界を滅ぼせていたというのに」
「……どういうことだ」
「お前の母親――マルティネス・マリアだよ。彼女はその命を犠牲に、私をここへ封印し直した。……たいした時間ではなかったが、勇者を集めるための時間稼ぎにはなっただろう」
マルティネス・マリア…………その名前は、久しぶりに聞いた。アリアさんのお母さん……アリアさんの、大切な人は……世界のために、命を落としていた。
「母上…………」
「だがしかし……私にとっても、この八年は有意義なものだった。なにせ、私を封印したマルティネス・マリアに、ささやかな復讐をする支度が整ったのだから」
「……あなたは、何をしようとしているんですか…………」
「愚問だな。なんのために幼い魔王を生み出したと思っている? 全てはこのためだったのさ」
ドクリ、と、嫌な予感がした。背筋を冷や汗が伝う。僕はまた――判断を、誤ったのではないだろうか。
「私がこの八年でやったことを教えてやろう。
一つ、新しい魔王を産み出した。分かりやすい、巨大な力としてな。
二つ、それに力を集めさせた。人が人として『生きようとする力』を、自己防衛の勇気として。そうすれば神々もこの動きに気づき、勇者を用意するだろう。そして勇者は魔王を討伐しに動く。一見終わったように見える。
……三つ。ここで、ドラゴンを操る。原因が私だわからないようにな。そう、ディラン・キャンベルを利用して、だ。
ちょっとした催眠をかけさせてもらったよ。無理矢理にでも街を出て、『自己防衛』に手を出させるようにね。
四つ。彼を『建前の黒幕』に仕立てあげた。ディラン・キャンベルが黒幕だと分かれば、マルティネス・アリアは必ず動き出す。そしてそれを見守る『女神』も……必ず、マルティネス・アリアを支える人間を寄越す。転生者とは意外だったがな」
……魔王の口から語られる言葉が、冷たく、頭を満たしていく。全ては予想されていたことで、計算されていたことで、そのレールの上を僕らは……走っていただけ、なのか。
「五つ、ディラン・キャンベルを追って、マルティネス・アリアは必ずここに来る。そこで、マルティネス・アリアを絶望に落とす。……それが、マルティネス・マリアにたいしての、何よりもの復讐になるだろう?」
「……あなたは、一体、なにを……」
僕が呟けば、ふと、背後で大きな気配を感じ取った。ぞわりと背筋を撫でる感覚。振り向くのが……怖い。
「……あ、う…………た……」
「…………アリア、さん……?」
ゆっくりと振り向けば……そこには、今まさに闇に飲み込まれようとしているアリアさんがいた。その表情は……怯えきっていた。体はガクガクと震え、目に涙をため、すがるように僕を見ていた。
「アリアさんっ……! 待って、止めてください!」
「やめる? ここに来てやめると思うか? ようやく復讐を果たし、この世界を征服できるというのに。
見せかけだけの勇気なんてこんなもんさ。圧倒的な闇には決して敵わない」
アリアさんは闇の中から僕に手を伸ばし――。
…………。
――笑っていた。
低く、頭に直接響くような声で、『それ』は言った。不定形の黒い体。闇に包まれた、その正体。
全ての、元凶――。
「待っていたんだ、私は。ずっとずっと」
僕はじっと、それを見据えた。この手には、力がある。Unfinishedから、個性の塊'sから、受け取った力が。だから、きっと大丈夫。
「ようやく会えたな――女神に愛された子よ」
『それ』と目があった。間違いなく、『それ』はこの世のものではないなにかだった。
魔王――そういうのにふさわしい面持ちで、それはそこに立っていた。今までの敵とはまるで違う。誰よりもまがまがしく、なによりも落ち着いていた。その『瞳』の奥に見えるゆらめきは闇を映しているようで、ちかちかと揺れている。
敵である僕らを、歓迎するように、魔王は僕らを出迎えた。
「今お前に問う、『自己犠牲の勇気』よ。お前は私に勝てるとでも思っているのか?」
「…………」
僕はじっと前を見据え、うなずく。
勝てる、絶対勝てる。勝たなきゃいけない。
「ほう……? 根拠は」
「……ないです」
「無様な。……お前はどうだ、マルティネス・アリア。私に勝てると思うか?」
魔王は僕の後ろに立つ、アリアさんにも問いかける。アリアさんがほんの少しだけ後退り、そして、一歩前に出たのを感じだ。
「……勝てる。だって、私たちは二人じゃないんだ。たくさんの命を背負ってここに立っている。負けるわけには……いかない」
「そうか。……愚かな人間よ、貴様らは憐れだ。魔王が生まれ、争い憎み恨みあい、それで何が生まれた? ……さらに強い魔王が生まれた。
平和を保つために払われた犠牲を忘れのうのうと生きている間に、私はこうして育ち、復活した」
魔王は僕らの奥を覗き込むように、じっと見透かす。そして、アリアさんに目をやれば、忌々しそうに舌打ちをした。
「……くそ、マルティネス……お前がいなければ、もっと早く、確実に、この世界を滅ぼせていたというのに」
「……どういうことだ」
「お前の母親――マルティネス・マリアだよ。彼女はその命を犠牲に、私をここへ封印し直した。……たいした時間ではなかったが、勇者を集めるための時間稼ぎにはなっただろう」
マルティネス・マリア…………その名前は、久しぶりに聞いた。アリアさんのお母さん……アリアさんの、大切な人は……世界のために、命を落としていた。
「母上…………」
「だがしかし……私にとっても、この八年は有意義なものだった。なにせ、私を封印したマルティネス・マリアに、ささやかな復讐をする支度が整ったのだから」
「……あなたは、何をしようとしているんですか…………」
「愚問だな。なんのために幼い魔王を生み出したと思っている? 全てはこのためだったのさ」
ドクリ、と、嫌な予感がした。背筋を冷や汗が伝う。僕はまた――判断を、誤ったのではないだろうか。
「私がこの八年でやったことを教えてやろう。
一つ、新しい魔王を産み出した。分かりやすい、巨大な力としてな。
二つ、それに力を集めさせた。人が人として『生きようとする力』を、自己防衛の勇気として。そうすれば神々もこの動きに気づき、勇者を用意するだろう。そして勇者は魔王を討伐しに動く。一見終わったように見える。
……三つ。ここで、ドラゴンを操る。原因が私だわからないようにな。そう、ディラン・キャンベルを利用して、だ。
ちょっとした催眠をかけさせてもらったよ。無理矢理にでも街を出て、『自己防衛』に手を出させるようにね。
四つ。彼を『建前の黒幕』に仕立てあげた。ディラン・キャンベルが黒幕だと分かれば、マルティネス・アリアは必ず動き出す。そしてそれを見守る『女神』も……必ず、マルティネス・アリアを支える人間を寄越す。転生者とは意外だったがな」
……魔王の口から語られる言葉が、冷たく、頭を満たしていく。全ては予想されていたことで、計算されていたことで、そのレールの上を僕らは……走っていただけ、なのか。
「五つ、ディラン・キャンベルを追って、マルティネス・アリアは必ずここに来る。そこで、マルティネス・アリアを絶望に落とす。……それが、マルティネス・マリアにたいしての、何よりもの復讐になるだろう?」
「……あなたは、一体、なにを……」
僕が呟けば、ふと、背後で大きな気配を感じ取った。ぞわりと背筋を撫でる感覚。振り向くのが……怖い。
「……あ、う…………た……」
「…………アリア、さん……?」
ゆっくりと振り向けば……そこには、今まさに闇に飲み込まれようとしているアリアさんがいた。その表情は……怯えきっていた。体はガクガクと震え、目に涙をため、すがるように僕を見ていた。
「アリアさんっ……! 待って、止めてください!」
「やめる? ここに来てやめると思うか? ようやく復讐を果たし、この世界を征服できるというのに。
見せかけだけの勇気なんてこんなもんさ。圧倒的な闇には決して敵わない」
アリアさんは闇の中から僕に手を伸ばし――。
…………。
――笑っていた。
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