上 下
353 / 387
自分の声は聞こえますか?

諦めろ

しおりを挟む
「さて――やるか」


 彰人さんがそう呟いた瞬間だった。


「…………え」


 僕らの体は、宙を舞った。あまりに一瞬のことで、何が起こったかわからないまま視線を彰人さんたちの方へと向ければ、既にそこには、光の槍が数本、迫っていた。


「しえる――」

「させるか」


 僕とアリアさんがほぼ同時にシエルトを使おうとした。……が、それも読まれていたのかもしれない。僕らが呪文を唱えようとした瞬間に、エドさんが地面を蹴って僕らの前へと現れた。


「……すまない、ウタ、アリア様。――剣術の決意!」

「なっ……」


 まともに声を出す暇さえもない。気がつけば僕らは、まっ逆さま。地面に勢いのままに叩きつけられていた。その衝撃からだろう一瞬、呼吸の仕方を忘れる。しかしその間も、相手は待ってくれない。


「おいらたちだって……おいらも頑張るから! バフは全員に付与! いくぞ、短期間ゴリラ!」

「ありがとうポロン……私もいきます。レインボー!」


 二人が塊'sからもらったスキルを発動させる。それとほぼ同時に、サラさんが片手を前に突き出した。


「守護の力よ。我が力をもって、我が身我が友を守りたまえ!」


 その詠唱の、ほんの数秒後、ポロンくんたちの攻撃は確実にサラさんたちに当たった。……当たったはずなのに。


「そんな……まさか、だって、このスキルは……!」


 フローラが、愕然とした声をあげる。それもそのはずだった。サラさんたちには……一切のダメージも入っていないように見えたのだ。普通の属性魔法ならば、まだわかる。しかし、これは個性の塊'sから伝授された技だ。レベルで弱体化されているとはいえ、ここまで効かないというのはおかしな話だ。


「っ……」


 僕は剣を抜き、近くにいたエマさんへと距離をつめて、それを振りかぶった。


「陰陽進退っ!」


 エマさんは、それをじっと見ていた。そして、なにか小さく呟けば、手のひらを上に向け、呪文のようなものを詠唱する。……瞬間、僕はそれが『なに』なのかを察することができた。

『おいで、私の半身』

 『それ』は、大きく、赤かった。力が強く、図体も大きく、とてもじゃないが、勝てる気がしなかった。
 赤鬼……そう、エマさんは、そうだった。『疑心暗鬼』というスキルを持っているんだった。この鬼は、きっとその鬼なのだろう。
 そんなことを考えながら、はじめてエマさんと出会ったときの会話を思い出していた。


『その反応はー、疑心暗鬼、鑑定したのかな?』

『しました! しましたけど!』

『大丈夫、大丈夫! 今のところ使ったことはないし、使う気もないから!』

『……本当、ですか?』

『そうよー。……多分きっともしかして』

『不確かだ!』

『まぁ、少なくともウタ君やアリアに使うつもりなんてこれっぽっちもないわよ。他の人には、そのときが来れば使うかもだけどね』


 ……使うつもりはなかったはずなのに、使っている。そこまでして、僕たちをこの先に行かせたくないのか……!


「……なぁ羽汰」


 彰人さんに声をかけられる。無意識にそちらに目線を向け、じっと相手の目を見てみる。……前に話したときとなにも変わらない、優しくて、強くて、そして……今はなんとなく、悲しげにも見えた。


「羽汰……俺らは、できるだけ相手を傷つけないで終わりたいんだ。出来るだけお互い無傷で、無事に終わりたいんだ」


 彰人さんは、パチンと指を鳴らす。その瞬間……僕らを取り囲むように、氷と炎の槍が現れた。それらは容赦なく、僕らに降り注ぐ。


「ガーディア!」


 槍が届く寸前、ドラくんがガーディアを張り、なんとかそれらは防げた……と、思った。


「――違う!」


 僕は咄嗟に、ドラくんたちに光魔法を放った。そうして僕からみんなが離れた瞬間、弾かれた槍が形を変える。
 光の槍に変化したそれは、避けたり受け止めたりする暇もなく、僕に降り注いだ。


「シエルト! ……おい、どういうことだ、これは……」

「へへ、アリア様……俺は無力だったが、勤勉ではあったんだ。城にあった本は、全部読んだよ」


 彰人さんが自嘲気味に微笑む。言いたいことはつまり……今まで使えなかっただけで、本当は、ほぼ全ての技を使える、ということだ。少なくとも、彼の知識の中にある技は、全て。


「案外やれば出来ちまうもんだな。これをもう少し早く解禁していれば、エヴァンは死ななかったのかなぁ……」

「……アキヒト」

「……アリア、あのね」


 エマさんが微笑む。その微笑みが、あまりにも痛々しくて……目を背けたくなった。けれど、どうしても出来なかった。


「私たちは……ただの人間でしかない。持っている力も、有限なの。これを使い果たせばどうなるのかは、分かっている」


 それでも、と、ぎゅっと手を握りしめたのが見えた。


「例えこの命がつきても、例えあなたに嫌われても、例えこの世界が滅びても……私たちは、あなたたちを守るためだけにここにいる」

「でも…………っ」

「……でも、どうだろうね。もしかしたら私は、自分の大切な親友と、自分の大切な弟が争うのを……見たくないだけなのかもしれない」


 ずきりと、胸が痛んだ。エマさんが次に放った水魔法のせいでしっかりとは見えなかったけど、その目にあったのは、きっと……。


「だから、諦めて……っ、諦めろ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

処理中です...