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自分の声は聞こえますか?
隠し通すのか?
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過去に働きかけてくる敵。
それを聞いた瞬間、ウタの様子が一変したのには、私も含め、パーティーのやつらは全員気がついていた。
ウタが、意図的に過去を隠して、私たちの目に触れないようにしていたのは、もうとっくに気がついていた。しかしそれに触れようとしなかったのは、やはり、私たちも怖かったからだろう。
嘘をついたことがない。隠し事をしたことがない。そんなウタが、唯一ついた嘘。唯一隠していること。それに触れてしまうのが……恐ろしく、怖かった。そして、ここまで来てしまった。
「過去に働きかけてくる……というのは、具体的に、どういうことなんですか?」
フローラがみかねて出した助け船に、私はありがたく乗せてもらうことにした。何せ私も、そこまで強くはない。特に、過去に関しては。
「そうだな、単に働きかけてくるにしても、思い出させるだけだったり、悪いように書き換えたり……」
「あいつは、見せつけてくるんです」
ヒルが言う。言いながら、彼は自分の体に残ってしまった傷を撫でる。そして、小さくため息をついた。
「情けない話ですが……僕は、恋人を魔物に殺されているんです。目の前で」
「……そうなのか?」
「ヒルには凄く綺麗な彼女がいたんだけど……たまたま魔物に襲われて。丸腰だったし、そのころヒルは魔法もほとんど使えなかった」
「それでも、やっぱり……何か出来たんじゃないかって。身代わりになるなり、無理なのを覚悟して立ち向かうなり、なにかしら出来たはずなのに…………」
なにも出来なかったんです、と、ヒルは小さくうなだれた。……その表情は、どこか、ウタに似ているような気がした。
あぁそうだ、時々、ウタは笑いながら、その笑顔の奥でこんな顔をする。こっちが泣きたくなってしまうくらいに、悲しそうな顔を。
「その時の……死んだ彼女の顔を、あいつはありありと見せつけてくる。助けたくて、抱き締めたくて、駆け寄って……彼女に斬られました。
でも、彼女を傷つけるなんて出来るわけない……」
「……そうやって、過去に働きかけて、弱味を握り、反撃できないまま、やられるんです。過去へのトラウマが強ければ強いほど、敵は強くなる」
過去へのトラウマ、か……。
私たちは――と言っても、ウタ以外だが――顔を見合わせた。私たちは、過去にトラウマを抱えている。
キルナンスという犯罪集団にいた過去。親に虐待されていたという過去。実験台にされたという過去。殺されるたくさんの人を助けられなかった過去。……父親を看取ることも出来なかった過去。
それに対するトラウマの大きさは、人によって違うだろう。しかし、少なからず、ある。
…………ウタは……。
「……それなら、問題ないですね」
ウタは、わざとなのか……それとも、本心でなのか、明るく笑っていた。その笑顔に、ズキリと心が痛んだ。
「僕ら、もう、過去は乗り越えてますもんね」
「……ウタ」
「だから、大丈夫ですよ」
「……ウタ兄は、大丈夫なのか?」
「……僕?」
「そうだよ、ウタは大丈夫なの?」
「僕は、みんなみたいな過去はないからさ」
嘘だ。
……みんなが、そう思ったはずだ。しかし、誰一人として、それを口に出すことはなかった。
「過去になんのトラウマもなければ、ただの弱い魔物みたいです。実際、私も多少は怪我したけど、出てこれましたし」
「じゃあ、僕らは大丈夫ですよ」
「……でも」
「アリアさん、不安なんですか? 大丈夫ですよ。僕ら、マルティネスでのことも全部、乗り越えてきたじゃないですか」
明るく笑うウタに、なにも言うことが出来なかった。確かに、乗り越えてきた。でも、あくまでそれは『マルティネス・アリア』の過去だ。『ヤナギハラ・ウタ』ではない。
ウタは……自分自身の過去を乗り越えているのか? ここでのことじゃない。死ぬ前。トラックとかいうのに轢かれる前……。ウタは向こうの世界で、何をして過ごしてきたんだろう。それを教えてくれることは…………ないのだろうか。
「……自分のことは、たいして心配していない。でも……ウタのことは、心配だ」
「僕は大丈夫です。……これでも、Unfinishedのリーダーなんですよ? 僕のこと信じてくれるなら、大丈夫です」
そんな言い方ずるい。私たちは、とっくに、ウタのことを信じている。信じてないのは……むしろ、ウタの方だ。
「……我らは、お主を信じている。だからここまで来た。今さらその言い方はどうかと思うぞ、ウタ殿」
「あはは、そうだね。ごめんドラくん。みんなが僕を信じてくれてることは、ちゃんと分かってるよ」
「……無事に出てこれますよね、私たち」
「大丈夫だい! ……絶対、大丈夫」
「……アドバイスは不要かもしれませんが、自我を保つことが大切です。それと、目を背けないこと」
ヒルがそう言う。
……目を背けないこと、か。
……ウタ。
お前、ずっと目を背け続けてきたその『なにか』と、今さら向き合うことなんか、出来るのか? ……本当に?
きっと苦しむのに……そこまでしてまで、隠し通すのか? そこまでして隠したい過去って……なんだ? ウタ。
それを聞いた瞬間、ウタの様子が一変したのには、私も含め、パーティーのやつらは全員気がついていた。
ウタが、意図的に過去を隠して、私たちの目に触れないようにしていたのは、もうとっくに気がついていた。しかしそれに触れようとしなかったのは、やはり、私たちも怖かったからだろう。
嘘をついたことがない。隠し事をしたことがない。そんなウタが、唯一ついた嘘。唯一隠していること。それに触れてしまうのが……恐ろしく、怖かった。そして、ここまで来てしまった。
「過去に働きかけてくる……というのは、具体的に、どういうことなんですか?」
フローラがみかねて出した助け船に、私はありがたく乗せてもらうことにした。何せ私も、そこまで強くはない。特に、過去に関しては。
「そうだな、単に働きかけてくるにしても、思い出させるだけだったり、悪いように書き換えたり……」
「あいつは、見せつけてくるんです」
ヒルが言う。言いながら、彼は自分の体に残ってしまった傷を撫でる。そして、小さくため息をついた。
「情けない話ですが……僕は、恋人を魔物に殺されているんです。目の前で」
「……そうなのか?」
「ヒルには凄く綺麗な彼女がいたんだけど……たまたま魔物に襲われて。丸腰だったし、そのころヒルは魔法もほとんど使えなかった」
「それでも、やっぱり……何か出来たんじゃないかって。身代わりになるなり、無理なのを覚悟して立ち向かうなり、なにかしら出来たはずなのに…………」
なにも出来なかったんです、と、ヒルは小さくうなだれた。……その表情は、どこか、ウタに似ているような気がした。
あぁそうだ、時々、ウタは笑いながら、その笑顔の奥でこんな顔をする。こっちが泣きたくなってしまうくらいに、悲しそうな顔を。
「その時の……死んだ彼女の顔を、あいつはありありと見せつけてくる。助けたくて、抱き締めたくて、駆け寄って……彼女に斬られました。
でも、彼女を傷つけるなんて出来るわけない……」
「……そうやって、過去に働きかけて、弱味を握り、反撃できないまま、やられるんです。過去へのトラウマが強ければ強いほど、敵は強くなる」
過去へのトラウマ、か……。
私たちは――と言っても、ウタ以外だが――顔を見合わせた。私たちは、過去にトラウマを抱えている。
キルナンスという犯罪集団にいた過去。親に虐待されていたという過去。実験台にされたという過去。殺されるたくさんの人を助けられなかった過去。……父親を看取ることも出来なかった過去。
それに対するトラウマの大きさは、人によって違うだろう。しかし、少なからず、ある。
…………ウタは……。
「……それなら、問題ないですね」
ウタは、わざとなのか……それとも、本心でなのか、明るく笑っていた。その笑顔に、ズキリと心が痛んだ。
「僕ら、もう、過去は乗り越えてますもんね」
「……ウタ」
「だから、大丈夫ですよ」
「……ウタ兄は、大丈夫なのか?」
「……僕?」
「そうだよ、ウタは大丈夫なの?」
「僕は、みんなみたいな過去はないからさ」
嘘だ。
……みんなが、そう思ったはずだ。しかし、誰一人として、それを口に出すことはなかった。
「過去になんのトラウマもなければ、ただの弱い魔物みたいです。実際、私も多少は怪我したけど、出てこれましたし」
「じゃあ、僕らは大丈夫ですよ」
「……でも」
「アリアさん、不安なんですか? 大丈夫ですよ。僕ら、マルティネスでのことも全部、乗り越えてきたじゃないですか」
明るく笑うウタに、なにも言うことが出来なかった。確かに、乗り越えてきた。でも、あくまでそれは『マルティネス・アリア』の過去だ。『ヤナギハラ・ウタ』ではない。
ウタは……自分自身の過去を乗り越えているのか? ここでのことじゃない。死ぬ前。トラックとかいうのに轢かれる前……。ウタは向こうの世界で、何をして過ごしてきたんだろう。それを教えてくれることは…………ないのだろうか。
「……自分のことは、たいして心配していない。でも……ウタのことは、心配だ」
「僕は大丈夫です。……これでも、Unfinishedのリーダーなんですよ? 僕のこと信じてくれるなら、大丈夫です」
そんな言い方ずるい。私たちは、とっくに、ウタのことを信じている。信じてないのは……むしろ、ウタの方だ。
「……我らは、お主を信じている。だからここまで来た。今さらその言い方はどうかと思うぞ、ウタ殿」
「あはは、そうだね。ごめんドラくん。みんなが僕を信じてくれてることは、ちゃんと分かってるよ」
「……無事に出てこれますよね、私たち」
「大丈夫だい! ……絶対、大丈夫」
「……アドバイスは不要かもしれませんが、自我を保つことが大切です。それと、目を背けないこと」
ヒルがそう言う。
……目を背けないこと、か。
……ウタ。
お前、ずっと目を背け続けてきたその『なにか』と、今さら向き合うことなんか、出来るのか? ……本当に?
きっと苦しむのに……そこまでしてまで、隠し通すのか? そこまでして隠したい過去って……なんだ? ウタ。
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