上 下
310 / 387
闇夜に舞う者は

一に右足

しおりを挟む
 街に駆け出し、声の主を探していた僕だったが、不意に、誰かに強く腕を引かれた。


「ウタさん!」

「っと……ふ、フローラ!? どうして、アリアさんたちは?」

「先に行ってもらいました。私だけが来たんです。……何があったんですか。そんな急に」


 そうだ、ろくに事情も話さずに走ってきてしまった。……こういうところだよな、僕は。


「……実は、さっき歩きながら街の人の声を聞いていたんだけど、その中で『ダークドラゴン』って呟いてた人がいて」

「……それって、もしかして」

「ドラくんをドラゴンだって見抜けたんだとしたら、それがニエルだって可能性が結構あると思うんだ。
 ……で、逆にどうしてフローラは僕を追いかけてきたの?」

「一人で行かせるわけないじゃないですか。ウタさん、急に走っていっちゃうから、何かあったのかもって思って……。
 あの話をしたあとで、ドラくんやスラちゃんを行かせるわけにはいきませんし、挨拶にはアリアさんがいないと話になりません。ポロンは行きたがってたけど、ちょっと様子がおかしいかったし、一応、私の方が年上なので」

「……僕一人でも大丈夫だったんだよ?」

「それはダメです」


 ……きっぱりと言われてしまった。フローラの銀色の瞳はまっすぐに僕をとらえ、その想いを、痛いほどに訴えかけてきた。
 出会った頃は、見えてもいなかった瞳。少し見えたとしても、決して視線が重なることがなかった瞳。その瞳が今では、こうしてまっすぐ僕を見て、強い意思を伝えている。……なんだか、泣けてきそうだ。


「ウタさんは、一人にさせると絶対に無理をします。その力を信用していない訳ではないですけど……。それでも、私たちから見たら心配なんです。心配で心配で、怖いんです。ウタさんの勇気は『自己犠牲』だから。いつか」


 死んでしまうんじゃないかって。
 そう呟いたフローラと視線を合わせ、僕はできるだけ自然に微笑んだ。


「大丈夫、僕は死なないよ。……そう簡単にはね」

「でも」

「だって、実際に一回死んでるわけだけど、こうやってしぶとく生きてるわけだからさ。……それに」


 僕は再び、声に集中する。あの声が聞こえないか、じっと耳を澄ませる。あの声がニエルの声でほぼ間違いない。……どこに行ったんだ。


「……僕は、ドラくんとスラちゃんの主人であって、Unfinishedのリーダーでもあるからね。
 もうみんなを、無責任に危険なめに遭わせたり出来ないし、ドラくんやスラちゃんに危険が迫ってるなら、それから助けてあげなくちゃいけない。僕にはそういう義務があるんだって、この間ので思い知らされたからさ」


 実際、そうなのだ。ブリスに裏切られたとき、テラーさんが助けてくれなければ僕らは確実に死んでいた。そして、そんな状況に持っていったのは、紛れもなく、僕の身勝手な判断なのだ。僕が、『疑う』ということから目を背け続けたから、こういうことになったのだ。

 個性の塊'sには……迷惑もかけられたけど、なんだかんだで、助けてもらってばっかりだ。ふざけたようなパーティー名で、ふざけたようなメンバーで、ふざけたようなステータスで……。でも、自分達の力をきちんと分かっていて、その範囲で出来ることをやっているのだ。
 ジュノンさんだって、物腰や態度はあれだけど、正直、ほぼ全て見通しているんじゃないかってくらい、的を射たことを言う。そして何より、自分の力を分かってるからこそ、無理をしない程度に、力を抜けるところはとことん抜いて、任せるところは任せて、確実に仲間を守っていく。その判断力は……正直、すごい。


「……ウタさんが言うことも、思ってることも、何となくわかります。でも、とりあえず今は、戻りませんか? まだ国王陛下に挨拶していませんし、陛下なら、ニエルについて、何かご存じかもしれません。一度行って、聞いてみるのもいいかもしれませんよ?」


 ……正直僕は、このまま戻る気にはなれなかった。こうしている間に、ニエルは誰かを殺すかもしれないし、ドラくんを探して、どうこうしようとか考えてるかもしれない。一歩引く、ということが不安で仕方ないのだ。
 だけど、前はそれができなくて、みんなを危険なめに遇わせた。


「…………分かった。じゃあとりあえず、一回戻ろうか」


 僕がそういうと、フローラはパッと顔を輝かせた。


「はいっ!」


 そして僕はフローラの手を握り、お城の方へと歩き出した。そして、2、3歩歩いたときだった。


「――一に右足、二に左足」

「っ……フローラ、こっち」

「え、え?」


 聞こえていなかったのか、困惑している様子のフローラの手を強く引き、僕は走り出した。出来るだけ遠くに、出来るだけ早く……!


「う、ウタさん……?! ちょっと……手、いたい、です……」

「ごめんフローラ、でも、少しだけ我慢して。本当にごめん」


 ヘタレとはいえ、年齢差も男女での差もある。僕の足についてこれなくなったフローラが、不意によろける。僕はその体をとっさに抱き抱えてお城まで走った。
 とにかく安全なところまで。とにかく、『声』が聞こえないところまで。


『いいな……そうやって逃げられるのも悪くはない。殺したときの表情が、より面白くなるからな』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

処理中です...