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闇夜に舞う者は
真夜中
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……真夜中。
大切な人たちの寝顔を眺めながら、彼はずっと、眠れずにいた。おちおち寝ている気にもなれなかったのだ。
そのドラゴン……ダークドラゴンは、ドラゴンの中でも、かなり強い部類にはいる。人の言葉を理解し、自由に使うことができるドラゴンなんて一握りだ。そう言った点も強く、王と言われる理由の一つとなっていた。
しかしどうにも……Unfinishedが絡むと、自分を保てなくなってしまう。厳格で、自分に厳しく生きてきたはずなのに、彼らと過ごしていると多少のことはまぁいいかと思えてくるのだ。
「……寝ないの?」
「…………お主」
「ね、ドラくん。寝ないと力でないよ?」
青い髪の少女はクスクスと笑いながらドラゴンの金色の瞳を見つめる。
「……お主こそ。起きていたのか」
「なーんか目が覚めちゃったんだよね。ぼくはちゃんと寝ようとしてたけど、起きちゃったから仕方なく起きてるんだよ?」
「そうかそうか」
「む、なんか適当にあしらわれてる……」
その少女は、スライムだったときのような跳ねるような足取りでドラゴンの周りをくるくる周り、しばらくして、ドラゴンの膝にぽてっと横になった。
「……お主、ここで寝るで無いぞ?」
「寝ないよ! 多分きっともしかしてだけど!」
「不確かだ」
えへへ、と、何も考えていないような軽い声で笑う。……しかし、ドラゴンには、分かっていた。彼女は、いつも何も考えていないように見えて、誰よりも何よりも、Unfinished……特に、ウタとアリアのことを考えているのだ。そして、その考えは、正しいことが多い。
バカで無能なスライム……を、演じているわけではない。しかし、彼女にはいつも笑顔でいてほしいと周りが願い、それを察している彼女だからこそ、能天気に、あっけらかんと笑って見せる。
「……で? 実際のところはどうなんだ?」
「ん?」
「お主、いつもは寝たら、それっきりぐっすりだろ?」
「たまたま目が覚めちゃうことだってあるよー?」
「……どうだか」
「…………」
ドラゴンの膝にころりと横になっていたスライムだったが、やがて、その体制のままドラゴンの手を軽く引く。
「……ん?」
「背中、久しぶりに乗っけてほしいなー」
「正気か? ここで元に戻るのか? 確かに街からは離れているが……ウタ殿も寝てるしな」
「大丈夫だよ! ウタなら、ちょっと遊びに行ったって怒らないって」
「しかし」
「それに、わざわざドラくんが見張っていなくたって、ここにニエルって人は来ないし、来ても、ウタたちなら倒せるよ」
「…………はぁ」
やっぱり、といった感じでドラゴンはため息をついた。だろうと思っていた。やっぱり、彼女は自分が眠れずにいた理由を知っていたのだ。
「ね、乗っけてよ!」
「……仕方ないな。少しだけだぞ?」
「やったやった!」
ドラゴンは、自分の主から少し距離をとると、そっと目を閉じる。とたんに、その体は光に包まれ、みるみるうちに本来の姿に変わる。
ドラゴンはその大きな体をそっと低くし、スライムに視線を向ける。
「ほら、乗るなら乗れ」
「ありがとー!」
そして彼女が背に乗ると、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
夜、日が沈み星や月だけが輝くその空で、ただなにもせずのんびりと飛ぶ。……彼にとっても、久しぶりのことであった。
夜風が心地いい。どこに行くわけでもない。何をするわけでもない。ただただ、ゆっくりと空を泳いだ。
「……ねぇ、ドラくん」
「なんだ?」
「ドラくんは、ウタがいなくなったらって考えると、不安?」
「…………そりゃ、まぁな。
仕方なく遣えたのが始まりとはいえ、今はウタ殿は……」
「……大切、なんだよね? ウタのこと」
「…………」
彼は肯定も、否定もしなかった。というのも、よく分からないのだ。なにせ彼は『人間ではない』のだ。人間の言う、人間の知性が植え付けられたスライムが言う『大切』が分からないのだ。だからこそ、肯定できなかった。
「……ドラくんとウタは、なんか似てるよね」
「似てる?」
くすりと微笑み、スライムはどこまでも澄んだその目で笑う。
「ドラくんも、十分『自己犠牲の勇気』だよ?」
「……我がか?」
「うん。だから……ほっとけなかったんじゃない? ウタのこと。そもそも転生者でドラゴンの生態とかルールとか知らないんだから、無理に契約だって結ぶ必要なかったでしょ?」
「……我が納得がいかなかっただけだ」
「そっか」
ほんの少しの沈黙の後、スライムは小さく、しかしはっきりと呟く。
「……ドラくん」
「なんだ」
「死んじゃダメだよ?」
「……なぜ我が死ぬ?」
「ニエルっていうその人……もしもぼくらを見つけたら、確実に殺しに来るよ。多分ね」
「……そうかもしれないな」
かも、といったのは、そうしないかもしれないという不確かな予想を、自分にとってのほんの少しの希望としたかったからだ。
「でも、ドラくんがぼくらに死んでほしくない、殺してほしくないって願ったら」
「それ以上は……言うな」
言わないでくれ、と、そのドラゴンはすがるように呟いた。
大切な人たちの寝顔を眺めながら、彼はずっと、眠れずにいた。おちおち寝ている気にもなれなかったのだ。
そのドラゴン……ダークドラゴンは、ドラゴンの中でも、かなり強い部類にはいる。人の言葉を理解し、自由に使うことができるドラゴンなんて一握りだ。そう言った点も強く、王と言われる理由の一つとなっていた。
しかしどうにも……Unfinishedが絡むと、自分を保てなくなってしまう。厳格で、自分に厳しく生きてきたはずなのに、彼らと過ごしていると多少のことはまぁいいかと思えてくるのだ。
「……寝ないの?」
「…………お主」
「ね、ドラくん。寝ないと力でないよ?」
青い髪の少女はクスクスと笑いながらドラゴンの金色の瞳を見つめる。
「……お主こそ。起きていたのか」
「なーんか目が覚めちゃったんだよね。ぼくはちゃんと寝ようとしてたけど、起きちゃったから仕方なく起きてるんだよ?」
「そうかそうか」
「む、なんか適当にあしらわれてる……」
その少女は、スライムだったときのような跳ねるような足取りでドラゴンの周りをくるくる周り、しばらくして、ドラゴンの膝にぽてっと横になった。
「……お主、ここで寝るで無いぞ?」
「寝ないよ! 多分きっともしかしてだけど!」
「不確かだ」
えへへ、と、何も考えていないような軽い声で笑う。……しかし、ドラゴンには、分かっていた。彼女は、いつも何も考えていないように見えて、誰よりも何よりも、Unfinished……特に、ウタとアリアのことを考えているのだ。そして、その考えは、正しいことが多い。
バカで無能なスライム……を、演じているわけではない。しかし、彼女にはいつも笑顔でいてほしいと周りが願い、それを察している彼女だからこそ、能天気に、あっけらかんと笑って見せる。
「……で? 実際のところはどうなんだ?」
「ん?」
「お主、いつもは寝たら、それっきりぐっすりだろ?」
「たまたま目が覚めちゃうことだってあるよー?」
「……どうだか」
「…………」
ドラゴンの膝にころりと横になっていたスライムだったが、やがて、その体制のままドラゴンの手を軽く引く。
「……ん?」
「背中、久しぶりに乗っけてほしいなー」
「正気か? ここで元に戻るのか? 確かに街からは離れているが……ウタ殿も寝てるしな」
「大丈夫だよ! ウタなら、ちょっと遊びに行ったって怒らないって」
「しかし」
「それに、わざわざドラくんが見張っていなくたって、ここにニエルって人は来ないし、来ても、ウタたちなら倒せるよ」
「…………はぁ」
やっぱり、といった感じでドラゴンはため息をついた。だろうと思っていた。やっぱり、彼女は自分が眠れずにいた理由を知っていたのだ。
「ね、乗っけてよ!」
「……仕方ないな。少しだけだぞ?」
「やったやった!」
ドラゴンは、自分の主から少し距離をとると、そっと目を閉じる。とたんに、その体は光に包まれ、みるみるうちに本来の姿に変わる。
ドラゴンはその大きな体をそっと低くし、スライムに視線を向ける。
「ほら、乗るなら乗れ」
「ありがとー!」
そして彼女が背に乗ると、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
夜、日が沈み星や月だけが輝くその空で、ただなにもせずのんびりと飛ぶ。……彼にとっても、久しぶりのことであった。
夜風が心地いい。どこに行くわけでもない。何をするわけでもない。ただただ、ゆっくりと空を泳いだ。
「……ねぇ、ドラくん」
「なんだ?」
「ドラくんは、ウタがいなくなったらって考えると、不安?」
「…………そりゃ、まぁな。
仕方なく遣えたのが始まりとはいえ、今はウタ殿は……」
「……大切、なんだよね? ウタのこと」
「…………」
彼は肯定も、否定もしなかった。というのも、よく分からないのだ。なにせ彼は『人間ではない』のだ。人間の言う、人間の知性が植え付けられたスライムが言う『大切』が分からないのだ。だからこそ、肯定できなかった。
「……ドラくんとウタは、なんか似てるよね」
「似てる?」
くすりと微笑み、スライムはどこまでも澄んだその目で笑う。
「ドラくんも、十分『自己犠牲の勇気』だよ?」
「……我がか?」
「うん。だから……ほっとけなかったんじゃない? ウタのこと。そもそも転生者でドラゴンの生態とかルールとか知らないんだから、無理に契約だって結ぶ必要なかったでしょ?」
「……我が納得がいかなかっただけだ」
「そっか」
ほんの少しの沈黙の後、スライムは小さく、しかしはっきりと呟く。
「……ドラくん」
「なんだ」
「死んじゃダメだよ?」
「……なぜ我が死ぬ?」
「ニエルっていうその人……もしもぼくらを見つけたら、確実に殺しに来るよ。多分ね」
「……そうかもしれないな」
かも、といったのは、そうしないかもしれないという不確かな予想を、自分にとってのほんの少しの希望としたかったからだ。
「でも、ドラくんがぼくらに死んでほしくない、殺してほしくないって願ったら」
「それ以上は……言うな」
言わないでくれ、と、そのドラゴンはすがるように呟いた。
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