上 下
137 / 387
声にならない声を聞いて

限界

しおりを挟む
 どこかで、目を覚ます。
 あぁ、体が熱い……。父上の訃報を聞いてから目眩が酷かったが、こんな熱を感じたのは久しぶりだ。重たいまぶたをわずかに開くと、そこにはエマがいた。心配そうに揺れる瞳に、今までのことを思い出した。
 そうだ、ミーレスという男に会って、そいつは父上を殺したといっていて、それは私のためだとか、私のせいだとか……。そのあとのことを、覚えていない。


「アリア……? よかった。もう一時間寝てたのよ」


 エマの笑顔が……いたい。この顔を見ていることが出来ない。ごめん、ごめん……。ごめんな、エマ。私のせいだ。全部、私のせいだ……。


「…………エマ……」


 自分でも驚くほどに掠れた声だった。ごめんエマ。私は……私のことしか、考えられないんだ。自分のことしか考えられないんだ。


「なに? どうしたの?」

「……頼む。一人に……してくれ…………」

「…………」


 エマは、悲しそうな……本当に悲しそうな笑みを見せた。ごめんエマ。でも、私は、これ以上、お前の顔を見ていられない。

 なにもかも拒絶するように、顔を手で覆う。ふわっと優しい手が頭を撫でる。


「そう……。何かあったら、呼んでね」


 ごめん、ごめん……。本当に、ごめん……。
 部屋の扉が開き、そして、閉まる音がした。その音を聴いた瞬間、涙が溢れだした。堪えきれずに嗚咽を漏らす。

 私が、国を出たから。私が、身勝手だったから。私が、無力だったから。
 私が悪いんだ。私のせいで、私がいるから、みんなを傷つける。父上も、エマも、エドも、……ウタも。
 ディランがいなくなってしまったのだって、きっと……。


『この選択を、後悔しないようにすること』


 父上……。どうして、そんなことを出来ると思うのですか?
 私の選択のせいで、あなたは私の前から姿を消した。あんな残虐な殺され方で、あんなやつに……一人で苦しみながら逝くなんて、そんなの、苦しいに決まっている。
 私は、その場所にいることすらできなかったのだ。

 父上の最期に、立ち会えなかった。それすらできなかった。
 笑って私を送り出してくれた父上の最期に……。

 こんな、こんな私なんて……。


 もう、








 ――死んでしまえばいいのに。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


「……というわけで」

「すごい力だな」


 僕はアリアさんを部屋に運んだあと、騎士の人たちの救助を手伝った。かなり時間がかかったが、幸いにも、命を落とした人はいなかった。
 そしてそれが一通り終わったあと、僕は部屋で、エドさんと自分の力について話していた。
 アリアさんが目を覚ましたことは、何時間か前ににエマさんから聞いた。しばらく一人にしてあげようということで、僕らは納得したのだ。


「100倍か……。なら、あのときは実質レベル2000になってたわけだな。どうりで強いわけだ」

「普段はエドさんのほうが全然強いですよ。僕自身、いつどう発動してるのか分かりませんし……」

「しかし、おかげで助かった。……あいつの力は図りかねるな」

「鑑定しておけばよかった……」

「仕方ないさ。アリア様もいらっしゃったしな」


 そんなことを話してると、部屋の扉をノックする音が聞こえ、そのあとにエマさんの声がした。


「ウタくん、ちょっといい?」

「はい。……どうしました?」


 部屋の中に入ってきたエマさんは、困ったように言う。


「そろそろ食事にしたいんだけど、声かけてもアリア、返事もしてくれないの。部屋の鍵も閉めてるからどうしようもなくて。熱もあるし、栄養は摂らないといけないんだけど……」

「あー……それは確かに、そうだな。寝てしまっているのか?」

「さぁ。分からないわ。でも……。
 ……ねぇウタくん、ウタくんから、アリアに声をかけてみてくれない?」

「え?」


 すると、とてもとても悲しそうに、エマさんは言うのだった。


「もしかしたらアリア……泣いてたのかもしれないわ。あれからすごく混乱して、心の整理もできていなかったみたいだし、一人になって、泣くのを我慢するのはなかなかだと思うの」


 僕は静かにうなずく。そりゃそうだ。むしろアリアさんは我慢しすぎだ。一人になったときくらい、泣かせてあげたい。きっと、エマさんもエドさんも気持ちは一緒だから、決してアリアさんを責めるようなことは言わない。


「そうすると……アリアは、泣き顔を私に見られるのは嫌だと思うの。
 でも、ウタくんなら……」

「…………」


 拒否する理由なんてない。アリアさんは僕を頼りたいと言ってくれた。だったら、僕が行くべきだ。


「分かりました。じゃあ、声、かけてきますね」

「よろしくね」

「頼んだぞ。俺も食事の準備を手伝おう」


 二人は階段を下って一階へ、僕はアリアさんの部屋の前にいく。そして、堅く閉じられた扉を叩く。


「アリアさん、僕です。そろそろ食事みたいですよ」


 返事はない。


「動けないなら、鍵だけ開けてもらえれば、ご飯、持ってきますから」


 返事はない。


「……栄養摂らないと、また倒れちゃいますよ?」


 返事はない。寝ているのかな……? 僕は諦めて、食事を持ってもう一度来ようと考えた。そして、扉に背を向けかけたとき、

 扉が勢いよく開く。


「あ、アリアさん?!」


 アリアさんはうつむいたまま僕の手を引き、僕を部屋の中に引っ張り込んで扉を閉めた。そして、戸惑う僕の胸ぐらをつかみ、グッと詰め寄る。
 僕の背は、もう扉についていて、それ以上下がることは出来なかった。


「……アリアさん?」


 おかしいと言うことは、さっき姿を見た瞬間に分かっていた。
 あまりに必死なその姿に、僕は目を逸らすことが出来ず、アリアさんの、充血して白目まで赤く染まった瞳を、じっと見つめた。


「…………――」

「……アリア、さん…………?」


 懸命に僕に言葉を伝えようとするアリアさん。その心の限界は、とっくに越えていたのだ。震える唇を一生懸命動かして言葉を紡ごうとする。

 しかし、そこから声は発されない。


「――、――――……」

「…………」


 でも、『言葉』は、僕には分かった。


「大丈夫ですよ」


 躊躇いながらそっと、アリアさんの震える体を抱き締める。折れてしまいそうなほど、細い体だった。


「僕がちゃんと光を見せますから。僕が、どこにでも助けにいきますから。
 だから、大丈夫ですよ。怖がらなくていいんです。まだ、僕がいます」


 アリアさんは、僕よりも背が低かった。このとき初めて気がついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...