上 下
118 / 387
ワクワク! ドキドキ! 小人ライフ!

約束

しおりを挟む
 空中で弓をその身に受け、サラさんはバランスを崩す。力なく落ちるその体を、僕はそっと受け止めた。
 僕はなるべく体に付加がかからないように、サラさんの体に刺さった弓矢を抜いた。一瞬だけ辛そうに表情を歪めたサラさんは、焦点の合わない目でこちらを見る。


「っ…………ウタ……」

「僕らの勝ち、ですよね?」

「……はは、お前は、なにもして、ないんじゃないか……?」


 うっすらと笑いを浮かべながらサラさんがそういう。僕は片手でアイテムボックスの中から回復薬を取り出した。


「僕は回復係なんで」

「…………」

「これ、飲んでください。ただでさえ病み上がりなんだから」

「この距離なら……確実に、魔法が当たるぞ?」


 荒い息。苦しそうに目を閉じながらサラさんはうわ言のように言う。僕は回復薬の詮を抜き、サラさんの口元へ持っていった。


「……そうだとしてもいいですよ」

「……小さいからって、バカにしてるのか? 所詮、なにもできないだろうって…………。
 お前の首を切ることだって、できるぞ」

「だから、それでもいいですよ。これ飲んでください」


 手の中のサラさんはどんどん衰弱する。アリアさんが急所を外したからといって、僕らの弓はサラさんにとって強大な武器であることに違いない。
 その傷は深く、早く治癒しないと死んでしまうかもしれない。


「僕を殺すならそれでもいいですから、これ飲んでください」

「……私はっ」

「飲んでください。……早く」

「…………」


 諦めたように、僅かにサラさんが口を開き、回復薬を口にする。……その威力は半端なく、みるみるうちに傷は塞がる。
 サラさんの顔に赤みが戻り、体力が回復しているのが目に見えて分かった。確かめるように手を動かし、ため息をついて、サラさんは僕の手から飛び降りた。……体が自由になっても、もう攻撃を仕掛けては来なかった。


「……私も、まだまだだな」

「姉さん…………」

「お前らの勝ちだな」


 ふと、ドラくんがサラさんに近づいた。無論、もう敵意はない。


「……一つ聞いていいか、サラ殿」

「一つと言わずいくつでも? 敗者にNOの選択はない」

「お主は……わざと負けたのか?」

「え……どういうことだよ。サラ姉、わざとなのか?!」


 そのドラくんの質問に、僕はドキッとした。僕も同じように思っていたのだ。……もしかしたら、サラさんは、わざと…………。


「…………それは、違う」


 その考えを、サラさんはあっさりと否定した。


「わざと負けたんじゃない」

「……じゃあ、なんで最後の弓……外したんだ?」


 アリアさんが言う。……あのときは、あんなに完璧だったのに、今回は失敗した。あのときよりも的との距離は近く、さらに的は大きかったと言うのに。


「外したんじゃないさ。外れたんだ」

「で、でも! サラさんは、私たちよりもずっとずっと強いのに、なんで……」

「あえて言うなら、私は、私の気持ちに負けたんだ」


 気持ちに……。

 なんとなく、わかる気がする。思えば、弓の当たり外れは、その時の気持ちがいかに真っ直ぐであるかで決まっていた。
 初めて僕とアリアさんが弓を引いたとき、気持ちは激しく揺れていた。弓は一本も当たらず、対して僕らを進ませまいとする真っ直ぐなサラさんの想いに答えるように、サラさんの弓は真っ直ぐに飛んでいった。


「……あのとき、私の想いは揺れた。このまま、弓を放っていいものか。……あんなに迷ったのは初めてだった。…………いや、二度目だな」

「二度目……?」

「一度目は……マリアが死んだときだ」

「……母上が……?」


 マリア……アリアさんのお母さんが、亡くなったとき。そのときのことを僕は知らない。でも、アリアさんの顔に切ない色がにじむのが分かった。


「お前とどうやって接したらいいのか、本気で迷ったよ。約束してたんだ、マリアと。マリアに何かあったら、アリアのことは私が守るって」

「…………」

「でも、私は守れないな」


 自虐的にサラさんが笑う。


「結果的には、逆にお前らに助けられるような様だ。……あいつにも勝てない」

「そうだ……鳥を撃っていた人って!」

「ベリズという女だ。それも、ただの女じゃない。ジョブ自体はガンナーだが、本当の職業は違う。……だからこそ、お前らに会わせたくなかった」

「……ベリズの、本当の職業って…………?」

「それは――」


 その時だった。


「……ダークネスランス」

「っ?! お主ら、我の後ろに隠れろ!」


 ドラくんが叫び、僕らの前に出る。その次の瞬間に飛んできたのは真っ黒い槍。……闇魔法で作り出したものだということはすぐに分かった。
 ドラくんはダークドラゴン。ある程度の闇魔法には耐えられるらしく、ほとんどの槍をその体で落とす。が、何本かすり抜けてきた。


「くそっ……サラ殿! お願いできるか!?」

「あぁ……フラッシュランスっ!」


 飛んできた黒い槍に、サラさんの真っ白い槍がぶつかる。それで相殺されて槍は消えるが、サラさんの体がふらつくのが見えた。


「姉さん!」

「……ベリズだ。あいつの本当の職業は普通じゃない」


 岩の向こうから、一人の女性の姿が浮かび上がる。黒く長い髪を一つにまとめたその人は、全身黒い服に身を包んでいた。異常なほどに赤い唇を吊り上げ、たいして面白くなさそうに笑う。


「なーんだ。全部避けちゃったんだぁ」

「あいつの本当の顔は――元魔王軍四天王」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意

月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。 剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作? だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。 典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。 従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...