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天使と出逢った日 -Side Ghislain-

01.

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本編のジスラン視点のお話です。
そこそこ真面目モードなので、本編ほどノリもテンポも良くありませんのであしからずご諒承くださいませm(__)m
ジスランの背景についてはふわっふわなので細かい事は気にせずお読みください。 ←

全9話(本編より長いとはこれ如何に)、毎日一話ずつ更新予定です。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



陛下が倒れられた。

すぐに毒を疑ったが、どんな薬も効かず、証拠も上がらない。
治癒魔法を施しても一時的に良くなりはするものの、またすぐに悪化する。

病か、毒か。

判然としないまま時間だけが過ぎて行ったある日、近衛隊長が”アルイクス”という薬草を探してみてはと言い出した。
皆名前だけは知っているその万能薬とも称される薬草は、しかし見つけるのが非常に困難だと言われている。
陛下が良くなる確証もない物ではあるが、少しでも可能性があるのならばと、側近達にも「こうなったらあらゆる薬草を試してみてはどうか」と相談をして、近衛の方で薬草探しを行う事となった。


長く患っておられた先代国王陛下の崩御後、遺言により第一王子が玉座に就いた。
しかし第二王子が、第二王子派と呼ばれる連中が、これを良しとするはずがなく、現国王陛下である第一王子の命を狙う動きが加速していた。

第一王子の母は先代国王の第三妃で伯爵家の出、第二王子の母は正妃で公爵家の出。
第一王子と第二王子の年齢は一つ違いであるから、本来であれば正妃の嫡男である第二王子が玉座に就くところであろうが、第二王子は頭は悪くないものの短気な所があり度々問題を起こしていた。

対して第一王子は真面目で穏やか。人の言を聞き、それを踏まえ己の考えを打ち出せる優秀な方だ。
先代国王陛下が第一王子を次期国王に指名したのは、俺からすれば当然の事であった。

俺はそんな第一王子と、貴族の子が全員通わされる学舎で出会った。
身分を鼻にかけることなく、分け隔てなく誰とでも気さくに接する人柄に惹かれ、恐れ多くも学友として学舎での時を共にさせて頂いた。
短くもない時間を共に過ごす中で、第一王子がただ穏やかなだけの気性ではない、という事も知った。


俺は伯爵家の次男という肩書きではあったが、俺の母は正妻ではなく、正妻の妊娠中に父が気紛れに手を出した使用人だった。
兄である男とは、たった五ヶ月違いの産まれだ。
外聞を気にしたのか俺と母が屋敷を追い出されることは無く、俺は”貴族の子”としての教育こそ施されてはいたものの、冷遇されていた、としか言いようがなかった。

母は正妻からの嫌がらせに心を弱らせて、俺が七の歳に儚くなった。
母亡き後、俺を疎む兄や一部の使用人からの厳しい仕打ちに耐えて生きていた俺は、学舎を出た後は騎士団へ入団し、家を出て寄宿舎に入った。

騎士団は実力主義だ。
第一王子を護る立場を目指してひたすらに己を高め、そして八年経ってようやく第一王子の近衛に志願し、所属が許された。
が、その事が家に伝わった途端に父と兄が動き始めた。

俺の家は第二王子の母の実家である公爵家と、もう遠いながらも縁続きであるらしい。
故に第一王子の近衛など以ての外だと、最初こそ文での警告であったそれは、一向に近衛を辞さない俺に痺れを切らしたのか次第に手段が強硬なものとなって来ていた。
父も老いて来ている。間もなく兄がその後を継ぐだろう。
その前に目障りな俺を始末したいのだろうと理解しつつも、簡単に命をくれてやる気などさらさら無い。


俺はアルイクスを探しに行くという任務に、何故だかひどく心惹かれた。
どこの誰であるかは不甲斐なくもまだ特定出来ていないが、陛下の側近くに仕える者の中に第二王子派の者が紛れている、という事は分かっている。
ならば俺達が薬草を求めて陛下の側を離れることはすぐに第二王子派に伝わるであろう。

そしてその情報は第一王子と俺をまとめて排除したいであろう兄にも行く。
きっとこの機会に兄は今まで以上の手勢を俺に差し向けるであろう。

その追っ手を全て叩き伏せて、必ず希少な薬草を持ち帰り陛下をお助けしよう。

そう心に決めて、俺は薬草探しの任はぜひ俺にと名乗りを上げた。


その翌日の早朝、俺と数名の騎士は城を出た。
第二王子派には「第一王子派の騎士達は方方の地へ薬草を求めに行くようだ」と、昨晩の内に伝わっているであろう。
側近とて信用し切れない為、近衛以外の人間にはアルイクスの名は出していない。
他の騎士達は囮ではあるものの、珍しい薬草などを見つけた際には実際に持ち帰る事になっている。

「ジスラン」

出立の際、普段は多忙な身である為あまり見送りなどに出て来ない近衛隊長から声を掛けられた。

「探すのは大変だろうが、お前ならばやり遂げるだろうと思っている──頼んだぞ」

隊長は少々軽薄なところはあるものの、その実力と騎士達をまとめ導く手腕は確かな物だ。
その隊長から激励された事で、俺は気を引き締め直して隊長に向かって最敬礼をする。

「必ずや、陛下にお届け致します」
「──頼む」

ポン、と一度だけ俺の肩に手を置いて、隊長はそのまま踵を返した。
隊長の背を見送って、よし、と仲間達と頷きあって馬に跨る。


俺はまず本命の、アルイクスが生息するという北とは真逆、南へと向かっていくつかの町や村で薬草について尋ね、追っ手を待った。
人気のない場所で向かってくる追っ手を斬り伏せながら、進路をふらふらと彷徨わせながら移動する。
そうして両手の指ほどの回数の交戦を経て追っ手の気配が消えたその日の晩、俺は一気に北へと向かった。

雪が降り始めて足場が悪くなって行く中での疾走となってしまってネージュには悪いが、距離を稼ぐべく走り続ける。
ネージュは騎士団の馬の中でも健脚を誇っている。
そのネージュが全力で駆ければ、通常時でもついて来られる馬はそういない。
これで見失ってくれれば良いのだが、俺だけ戻らねばまた兄は追っ手を放つやもしれぬ。
真逆の北へ向かったと悟られるまでは、そしてネージュの脚があれば、ある程度の時間稼ぎは可能だろう。
あとはアルイクスがすぐに見つかれば良いのだが──


数度の休息を挟みつつもひたすらに駆け続け、二日後のすっかりと日が昇った頃にようやく目指した森に着いた。
この広大な森を抜ければそこはもう隣国となる、我が国最北の地だ。
恐らくはこの森のどこかにアルイクスがあるはずだと、ネージュから下りて森の中を徒歩で進む。

人目に触れるのを避けるために町や村は通ってこなかったが、アルイクスが見つからなかった場合は、この森のすぐ近くにある町には情報を得るために寄らねばならないだろうと思いながら慎重に足を進める。
地面はすっかりと雪に埋もれている為に、木の根元を中心に目を凝らす。
暫く進んだ所で、少し先の木の根元に緑を見つけた。

「……っ! ネージュ、少し待っていてくれ!」

逸る気持ちから、手綱を離してその場にネージュを置いて緑の元へ向かう。
木の根元には、図鑑で見せられた物によく似た白い花を咲かせた丸い葉の草が生えていた。

アルイクスと共に、モドキと呼ばれる催淫効果のある毒草の絵も見せられたが、正直違いがあまり分からなかった。
葉が丸い方が本物で、モドキは葉先が少し尖っている、と言われたが、目の前の葉は丸い……気がする。
“尖がる”とはどの程度だろうか。図鑑ではもっとこう、角のように分かりやすく尖っていたが……。

本物か、モドキか──

見つけるのは困難と言われているのだからモドキの可能性が高いだろう。
しかし、もしも当たりであったなら──

こんな小さな草一本だからと、俺はこの時モドキの催淫効果を侮っていたのだ。
多少の催淫効果であれば抑え込める。
外れだったとしても多少の昂りを抑える事など造作も無い、と。

そして俺は手袋を外すと目の前の草に手を伸ばした。
根も葉も花も、全て持って帰って来いと言われているから、根元を摘む。

引き抜こうとしたその時、パキリと茎が折れて──そしてその茎から液体が飛び出した。
量は大したことはないが、液体が指先に触れた途端に辺りに不思議な匂いが充満したような気がして、そしてドクリと心臓が跳ねた。

──不味い!

そう思った時には、遅かった。
あっという間にドクドクと全身が脈打つような感覚に襲われ、否が応でも高められていく身体に、俺は成す術もなくその場に蹲る。

やり過ごせ。
こんな所で、こんな草にやられている場合ではない。
早く本物を見つけ出して、陛下の元へ──

そう思うのに、身体はどんどんと火照って行く。

「っう……ぐ…………」

自慰で発散し切れるだろうか。
どれ程出せば、効果が切れる──?

ぼやけ始めた意識の片隅でそんな事を考えながら、背後の木に背を預けて自身の昂りに手を伸ばそうとしていたその時、うわぁぁぁと言うような女性の叫び声が聞こえて来た。
"バカヤロー"なんて言葉も聞こえて来る。

伸ばしかけていた手を必死で留めて、俺はその声に意識を向ける。
どうやらこちらへ近付いてきているようだ、と気付いて、今この状態を女性に見られるのは何とも情けないと思ったものの、身動きなど取れるはずもない。

その声の主が別の方向へ行ってくれれば良いのだがという願いは、呆気なく崩れ去った。
バカ! アホ! ヤリチン! サイテー男ぉぉぉ!! と叫びながら、女性が木立の向こうから現れたのだ。

すぐにこちらに気付いたらしいその女性は俺を見るなりピタリと足を止めて、目をまん丸くしてぽかっと口を開けた。

天使だ、と思った。

大きな瞳に、寒さのせいか赤く染まった頬と鼻。
ぽってりとした少し厚みのある唇から吐き出された息が白くなって空へ上って行くのに合わせるように、柔らかそうなキャラメル色の髪がふわりと風に揺れた。

ふいに今日が『聖なる日』である事を思い出していた俺の手元を──掴んだままだったモドキを見たらしい天使がギョッとしたような顔をした後に、叫んだ。

「あんたバカァ!?」と。

……少々言葉遣いの荒い天使のようだ。
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