15 / 81
第一部
14. 俺の運命
しおりを挟む
「クードさま……??」
「諦めかけていた番を見つけて……舞い上がって、セヴィを傷つけた。もう二度と、セヴィが嫌がる事はしないと誓う。許して欲しいなどと言える立場ではないが……すまなかった」
ぴしりと背筋を伸ばしてもう一度頭を下げたクードに、今度はセヴィがあの、その、と手をパタパタと振る。
「あの……あの、わたしも、クードさまに、謝らないとって……」
「──謝る?なぜ?」
「私、ずっと、狼族の人がこわくて……。七年前、この町にお使いに来た姉が、帰ってこなかったんです。兄たちが、姉は狼に食べられたって言っていて。だから私、姉は……その……食べられて、死んでしまったのだと、思って……それで、狼族の人たちはとても恐いんだって……」
「食べられた……って………。あぁ、そういう……」
なるほど、と納得されてしまって、セヴィは何だかとても恥ずかしくなってごめんなさいと俯く。
「だから、クードさまと会った時も、恐くて……私、食べられて死んでしまうんだって、思って……。もし、もしも私が、勘違いなんてしないで、狼族の人を恐がらずにいたら、クードさまとも最初からもっとちゃんとお話出来たかもって……」
「セヴィ……」
クードがくしゃりと顔を歪めた。
「──俺は、28になる」
そんな事を言いながら手を差し出されて、セヴィは首を傾げる。
差し出されたまんまの手にそぉっと自分の手を重ねてみると、クードはセヴィのその手をゆるく握ってゆっくりと歩き出した。
「早く嫁を娶れと、25を過ぎたあたりから親族がうるさくてかなわなかった。だが俺は、俺の唯一に──番に、出逢ってみたかった」
木陰まで来ると、クードはセヴィを座らせて、その隣に自身も腰を下ろす。
「番は、必ずいるものなんですか……?」
「そう言われている──が、狼族の全員が番と出逢えるわけではない。出逢えなかった狼は、大体は狼同士で婚姻を結ぶ事になる。30までには、大体のヤツが諦めるな」
「どうしてクードさまは25歳の頃から急かされていたんですか? まだあと5年、あったのに」
疑問を口にしたセヴィに少しだけ笑ってみせて、クードは屋敷を見上げる。
「俺の家は代々続く軍人の家でな。皆そこそこに要職に就いてきた事もあって、早くに子を儲けて次代を育てる事が良しとされてきた──俺の父も、番と出逢えずに26で母と婚姻を結んだそうだ」
クードはそこでふ、と息を落として空へと視線を転じる。
「本来、今頃俺は見合い漬けになる予定だったんだ。番と出逢えずに適齢期を迎えた女たちと毎日見合いをして、その中から伴侶を選ぶ──はずだった」
じっと空を見つめているクードの、少し苦しそうにも見える横顔を見たセヴィは胸がきゅうっとなった気がして、そっと自分の胸を押さえた。
「だがあの日、町に入って──見つけてしまった」
つ、とクードの視線が動いて、セヴィを捉えた。
あの日と同じ、射貫くような視線で見つめられて、セヴィは息が止まりそうになって──鼓動が、跳ねた。
「奇跡だと思った。俺は、俺の運命と出逢えて……それがこんなにも愛らしい娘で。何もかも、全てが愛しくて──そして俺は、セヴィも同じ気持ちだと、思ってしまった」
クードはセヴィから視線を外すと、今度は地面を見つめる。
「番なのだから、同じ気持ちなんだと、思っていたんだ──だけどレナードにぶん殴られて……目が覚めた」
「ぶん……?」
レナードさんが?狐族らしくスラリとしていて荒事なんて全く無縁そうなのに??と思っていると、クードが近くに落ちていた小石を拾い上げてピンと指で弾いた。
「レナードは一見優しそうに見えるかもしれないが、あれでいて怒らせるとヤバい」
「………そう、なんですか……」
カーサさんと言い、レナードさんと言い、ちっとも強そうとか恐そうになんて見えないのに。
もしかしてこのお屋敷の人たちはみんなそうなのかしら……シェーラさんやメディさんも……??
と青ざめたセヴィに、クードが「あの二人以外の奴らは、まぁまともだ」と付け足した。
「──あと五日だ」
「……え?」
暫くの沈黙のあとにクードがぽつりと落とした言葉に、セヴィはクードを見上げる。
「あと五日だけ、ここに居て欲しい。その後は……帰って、良い」
「ま、待ってください……帰るって……おうちに、ですか?」
「あぁ、そうだ。だが、それまでは……迷惑だろうが、ここに、居て欲しい」
頼む、と頭を下げられて、セヴィは思い出した。
レナードが番について説明をしてくれた時に彼が言っていた事を。
出逢ったばかりの数ヶ月間、狼は番との愛を育み深める為に二人きりで籠るのだと。
その期間に番の姿が見えなくなると、その狼は狂ってしまう事だってあると、言っていなかったか──
セヴィが連れてこられて、一月と少し。
数カ月と言うからには、三月とか四月とか……それくらいは必要なのでは、と考えて、セヴィはやっと気づいた。
クードが口にした『休みの期間』は、つまりはクードが番と──セヴィと、二人きりで過ごす為のものだったのでは?
「"蜜月"……」
ぽつんと呟いたセヴィに、クードが僅かに顔を歪めた。
「諦めかけていた番を見つけて……舞い上がって、セヴィを傷つけた。もう二度と、セヴィが嫌がる事はしないと誓う。許して欲しいなどと言える立場ではないが……すまなかった」
ぴしりと背筋を伸ばしてもう一度頭を下げたクードに、今度はセヴィがあの、その、と手をパタパタと振る。
「あの……あの、わたしも、クードさまに、謝らないとって……」
「──謝る?なぜ?」
「私、ずっと、狼族の人がこわくて……。七年前、この町にお使いに来た姉が、帰ってこなかったんです。兄たちが、姉は狼に食べられたって言っていて。だから私、姉は……その……食べられて、死んでしまったのだと、思って……それで、狼族の人たちはとても恐いんだって……」
「食べられた……って………。あぁ、そういう……」
なるほど、と納得されてしまって、セヴィは何だかとても恥ずかしくなってごめんなさいと俯く。
「だから、クードさまと会った時も、恐くて……私、食べられて死んでしまうんだって、思って……。もし、もしも私が、勘違いなんてしないで、狼族の人を恐がらずにいたら、クードさまとも最初からもっとちゃんとお話出来たかもって……」
「セヴィ……」
クードがくしゃりと顔を歪めた。
「──俺は、28になる」
そんな事を言いながら手を差し出されて、セヴィは首を傾げる。
差し出されたまんまの手にそぉっと自分の手を重ねてみると、クードはセヴィのその手をゆるく握ってゆっくりと歩き出した。
「早く嫁を娶れと、25を過ぎたあたりから親族がうるさくてかなわなかった。だが俺は、俺の唯一に──番に、出逢ってみたかった」
木陰まで来ると、クードはセヴィを座らせて、その隣に自身も腰を下ろす。
「番は、必ずいるものなんですか……?」
「そう言われている──が、狼族の全員が番と出逢えるわけではない。出逢えなかった狼は、大体は狼同士で婚姻を結ぶ事になる。30までには、大体のヤツが諦めるな」
「どうしてクードさまは25歳の頃から急かされていたんですか? まだあと5年、あったのに」
疑問を口にしたセヴィに少しだけ笑ってみせて、クードは屋敷を見上げる。
「俺の家は代々続く軍人の家でな。皆そこそこに要職に就いてきた事もあって、早くに子を儲けて次代を育てる事が良しとされてきた──俺の父も、番と出逢えずに26で母と婚姻を結んだそうだ」
クードはそこでふ、と息を落として空へと視線を転じる。
「本来、今頃俺は見合い漬けになる予定だったんだ。番と出逢えずに適齢期を迎えた女たちと毎日見合いをして、その中から伴侶を選ぶ──はずだった」
じっと空を見つめているクードの、少し苦しそうにも見える横顔を見たセヴィは胸がきゅうっとなった気がして、そっと自分の胸を押さえた。
「だがあの日、町に入って──見つけてしまった」
つ、とクードの視線が動いて、セヴィを捉えた。
あの日と同じ、射貫くような視線で見つめられて、セヴィは息が止まりそうになって──鼓動が、跳ねた。
「奇跡だと思った。俺は、俺の運命と出逢えて……それがこんなにも愛らしい娘で。何もかも、全てが愛しくて──そして俺は、セヴィも同じ気持ちだと、思ってしまった」
クードはセヴィから視線を外すと、今度は地面を見つめる。
「番なのだから、同じ気持ちなんだと、思っていたんだ──だけどレナードにぶん殴られて……目が覚めた」
「ぶん……?」
レナードさんが?狐族らしくスラリとしていて荒事なんて全く無縁そうなのに??と思っていると、クードが近くに落ちていた小石を拾い上げてピンと指で弾いた。
「レナードは一見優しそうに見えるかもしれないが、あれでいて怒らせるとヤバい」
「………そう、なんですか……」
カーサさんと言い、レナードさんと言い、ちっとも強そうとか恐そうになんて見えないのに。
もしかしてこのお屋敷の人たちはみんなそうなのかしら……シェーラさんやメディさんも……??
と青ざめたセヴィに、クードが「あの二人以外の奴らは、まぁまともだ」と付け足した。
「──あと五日だ」
「……え?」
暫くの沈黙のあとにクードがぽつりと落とした言葉に、セヴィはクードを見上げる。
「あと五日だけ、ここに居て欲しい。その後は……帰って、良い」
「ま、待ってください……帰るって……おうちに、ですか?」
「あぁ、そうだ。だが、それまでは……迷惑だろうが、ここに、居て欲しい」
頼む、と頭を下げられて、セヴィは思い出した。
レナードが番について説明をしてくれた時に彼が言っていた事を。
出逢ったばかりの数ヶ月間、狼は番との愛を育み深める為に二人きりで籠るのだと。
その期間に番の姿が見えなくなると、その狼は狂ってしまう事だってあると、言っていなかったか──
セヴィが連れてこられて、一月と少し。
数カ月と言うからには、三月とか四月とか……それくらいは必要なのでは、と考えて、セヴィはやっと気づいた。
クードが口にした『休みの期間』は、つまりはクードが番と──セヴィと、二人きりで過ごす為のものだったのでは?
「"蜜月"……」
ぽつんと呟いたセヴィに、クードが僅かに顔を歪めた。
1
お気に入りに追加
1,013
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる