番なんて知りません!

桜月みやこ

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第一部

14. 俺の運命

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「クードさま……??」

「諦めかけていた番を見つけて……舞い上がって、セヴィを傷つけた。もう二度と、セヴィが嫌がる事はしないと誓う。許して欲しいなどと言える立場ではないが……すまなかった」

ぴしりと背筋を伸ばしてもう一度頭を下げたクードに、今度はセヴィがあの、その、と手をパタパタと振る。

「あの……あの、わたしも、クードさまに、謝らないとって……」
「──謝る?なぜ?」
「私、ずっと、狼族の人がこわくて……。七年前、この町にお使いに来た姉が、帰ってこなかったんです。兄たちが、姉は狼に食べられたって言っていて。だから私、姉は……その……食べられて、死んでしまったのだと、思って……それで、狼族の人たちはとても恐いんだって……」
「食べられた……って………。あぁ、そういう……」

なるほど、と納得されてしまって、セヴィは何だかとても恥ずかしくなってごめんなさいと俯く。

「だから、クードさまと会った時も、恐くて……私、食べられて死んでしまうんだって、思って……。もし、もしも私が、勘違いなんてしないで、狼族の人を恐がらずにいたら、クードさまとも最初からもっとちゃんとお話出来たかもって……」
「セヴィ……」

クードがくしゃりと顔を歪めた。

「──俺は、28になる」

そんな事を言いながら手を差し出されて、セヴィは首を傾げる。
差し出されたまんまの手にそぉっと自分の手を重ねてみると、クードはセヴィのその手をゆるく握ってゆっくりと歩き出した。

「早く嫁を娶れと、25を過ぎたあたりから親族がうるさくてかなわなかった。だが俺は、俺の唯一に──番に、出逢ってみたかった」

木陰まで来ると、クードはセヴィを座らせて、その隣に自身も腰を下ろす。

「番は、必ずいるものなんですか……?」
「そう言われている──が、狼族の全員が番と出逢えるわけではない。出逢えなかった狼は、大体は狼同士で婚姻を結ぶ事になる。30までには、大体のヤツが諦めるな」
「どうしてクードさまは25歳の頃から急かされていたんですか? まだあと5年、あったのに」

疑問を口にしたセヴィに少しだけ笑ってみせて、クードは屋敷を見上げる。

「俺の家は代々続く軍人の家でな。皆そこそこに要職に就いてきた事もあって、早くに子を儲けて次代を育てる事が良しとされてきた──俺の父も、番と出逢えずに26で母と婚姻を結んだそうだ」

クードはそこでふ、と息を落として空へと視線を転じる。

「本来、今頃俺は見合い漬けになる予定だったんだ。番と出逢えずに適齢期を迎えた女たちと毎日見合いをして、その中から伴侶を選ぶ──はずだった」

じっと空を見つめているクードの、少し苦しそうにも見える横顔を見たセヴィは胸がきゅうっとなった気がして、そっと自分の胸を押さえた。

「だがあの日、町に入って──見つけてしまった」

つ、とクードの視線が動いて、セヴィを捉えた。
あの日と同じ、射貫くような視線で見つめられて、セヴィは息が止まりそうになって──鼓動が、跳ねた。

「奇跡だと思った。俺は、俺の運命と出逢えて……それがこんなにも愛らしい娘で。何もかも、全てが愛しくて──そして俺は、セヴィも同じ気持ちだと、思ってしまった」

クードはセヴィから視線を外すと、今度は地面を見つめる。

「番なのだから、同じ気持ちなんだと、思っていたんだ──だけどレナードにぶん殴られて……目が覚めた」
「ぶん……?」

レナードさんが?狐族らしくスラリとしていて荒事なんて全く無縁そうなのに??と思っていると、クードが近くに落ちていた小石を拾い上げてピンと指で弾いた。

「レナードは一見優しそうに見えるかもしれないが、あれでいて怒らせるとヤバい」
「………そう、なんですか……」

カーサさんと言い、レナードさんと言い、ちっとも強そうとか恐そうになんて見えないのに。
もしかしてこのお屋敷の人たちはみんなそうなのかしら……シェーラさんやメディさんも……??
と青ざめたセヴィに、クードが「あの二人以外の奴らは、まぁまともだ」と付け足した。


「──あと五日だ」
「……え?」

暫くの沈黙のあとにクードがぽつりと落とした言葉に、セヴィはクードを見上げる。

「あと五日だけ、ここに居て欲しい。その後は……帰って、良い」
「ま、待ってください……帰るって……おうちに、ですか?」
「あぁ、そうだ。だが、それまでは……迷惑だろうが、ここに、居て欲しい」

頼む、と頭を下げられて、セヴィは思い出した。
レナードが番について説明をしてくれた時に彼が言っていた事を。

出逢ったばかりの数ヶ月間、狼は番との愛を育み深める為に二人きりで籠るのだと。
その期間に番の姿が見えなくなると、その狼は狂ってしまう事だってあると、言っていなかったか──

セヴィが連れてこられて、一月と少し。
数カ月と言うからには、三月みつきとか四月よつきとか……それくらいは必要なのでは、と考えて、セヴィはやっと気づいた。

クードが口にした『休みの期間』は、つまりはクードが番と──セヴィと、二人きりで過ごす為のものだったのでは?

「"蜜月"……」

ぽつんと呟いたセヴィに、クードが僅かに顔を歪めた。
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