番なんて知りません!

桜月みやこ

文字の大きさ
上 下
6 / 81
第一部

05. ほんの少しで良いので

しおりを挟む
「セヴィ様、気分転換をなさってはいかがですか?」
「お庭のお花がきれいですよ」

レナードに手紙を預けた後メイドたちにそう言われて、セヴィはこの日、初めてお屋敷の庭に出た。
狼のお屋敷なのに──なんて思うのは失礼な事かもしれないけれど、庭には可愛らしい花や綺麗な花がたくさん植えられていた。
その光景にセヴィはわぁっと顔をほころばせる。

「素敵なお庭!」

この屋敷に来てから初めて見られたセヴィの笑顔に、メイドたちもほっと笑みを零す。

「気に入ったお花があれば摘んでいきましょうか」

そう言われて、セヴィはふと今朝届いた花束を思い出す。
お花に罪はないからと花瓶に生けて貰ったその花は、どれもこの庭に咲いているものだったように思う。

「あのお花は、このお庭の……?」

呟いたセヴィに、シェーラという名の羊のメイドがそうですよ、と頷く。

「あのお花はクード様がご自分でお選びになったんですよ」
「え……?」

その時、屋敷のドアが勢いよく開いてクードが飛び出して来た。

「何をしている!?」

ビリビリと空気が震えそうなほどの大きい声を上げながら向かってくるクードに、セヴィは咄嗟に一番近くに立っていたシェーラに抱きついてしまった。

「なぜセヴィを外に出した!?すぐに屋敷に──!」
「クード様」

クードの言葉を遮って、一番年嵩のメイド・山羊のカーサが前に出る。

「セヴィ様はどなたかのせいでずぅっとお部屋に籠りっぱなしでしたので、私たちがお散歩に出てはどうかとお誘いいたしました。折角可愛らしい笑顔が見られたところでしたのに、クード様のせいで台無しです。──それから、またとっても怯えられておりますよ」

最後の部分をクードにだけ聞こえる様に声を落として言ったカーサに、クードはぴたりと口を噤んだ。
そうしてシェーラに縋りつく様にして震えているセヴィを見て「すまない」と小さく言うと、クードはそのままセヴィ達に背を向けて屋敷へと戻って行った。

その時のクードの尻尾と耳は少しだけぺしょんと垂れ下がってしまっていたけれど、シェーラに抱きついて顔を埋めているセヴィがそれ気付くことはなかった。


クードの気配が消えてから、セヴィはシェーラに抱きついたまんまクードが去っていった方に恐る恐る視線を向けてみた。
そこにクードの姿がない事を確認してほっと息を落として、そして思い出した様にふるりと身体を震わせる。

「どうしてみんなは平気でいられるの?あの人が恐くないの……?」

泣きそうにくしゃりと顔を歪めたセヴィの背を優しく撫でながら、シェーラは「セヴィ様はクード様が恐いですか?」と逆にセヴィに聞いてくる。

「こわいわ。だって身体は大きいし、いつもこわい顔をしてるし……今だって、あんなに大きな声で……」

身体を震わせたセヴィに、シェーラはそうですねぇ、と微笑む。

「クード様はお身体もご立派で、お仕事柄厳しいお顔をされている事も多いですしお声も大きいですが……とてもお優しい方ですよ」
「優しい……?」

信じられない、とでも言いたげな顔をしたセヴィに、シェーラはまた優しく微笑む。

「今の大きなお声も、セヴィ様がお屋敷の外に出られたので心配で不安で堪らなかったせいです」
「怒ってるようにしか、見えなかったわ……」
「セヴィ様。セヴィ様にとっては何もかもが急すぎてお気持ちがついていけないのだろうと言う事は分かります──でも、ほんの少しで良いので、クード様の事を見て差し上げて下さいませんか?」

そんなの無理よと言おうとして、けれどメイドたちの困った様な微笑みに、セヴィはしばらくしてからほんの少しだけ頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...