春風散らすはさくら花

桜月みやこ

文字の大きさ
上 下
2 / 14
side 春風

01.

しおりを挟む
「旅行?」
「そう。桃花と一緒に」
「ふーん……俺と父さんは何日コンビニ弁当食えば良いわけ?」
「あら、違うわよ~。お父さんたちも一緒に行くから、留守番はあんたとさくらちゃんと健吾けんごくん」

母親のその言葉に、リビングにどんと置かれている特大ビーズクッションに転がってスマホをいじっていた俺の手は一瞬止まってしまった。

「………ふーん」

ご飯代は置いていくけど無駄遣いしちゃダメよ!と言っている母親の言葉は、右から左へと華麗に流れて行った。

俺、市来いちき 春風はるかは市来家の一人息子で大学一年生。
"さくらちゃん"こと栢原かいばら さくらは市来家の隣に住んでいる栢原家の長女で大学二年生。
"健吾くん"こと栢原 健吾はさくらの弟で高校二年生。
"桃花"はその二人の母親で、俺の母親とは高校の時からの親友なんだとか。隣同士で家を買うとかどんだけだ、と言いたい。


そしてさくらは、俺の初恋の相手だ。

だけど小学校や中学校の時の一学年差というのは、結構大きい。
例え誕生日がたったの3日しか違わないとしても、子供の頃の一学年という差はとてつもなく大きかった。
おこちゃまだった俺に一学年上のさくらに告白なんて出来るはずもなかったから、向こうがどう思っていたかなんて知らない。


高校は、さくらは通学に1時間かかる私立のお嬢様学校で、俺は電車に乗るのが面倒だからチャリ通出来る近場の公立高校へ行った。
通学時間が全く違うから、隣に住んでいるというのに休みの日にたまたま出くわす事があるくらいで、平日に顔を会わせる事はほぼなくなった。

大学に入ってからは周りに浪も留もしている同級生がごろごろしていて、タメだと思ってたら二個も年上だった、なんてザラにある上に本人達が全く気にしないもんだから、何だ、一学年なんて大した事なかったのかと思えるようになったけど、さくらと会えない生活に変わりはなかった。

さくらはエスカレーターで高校と同じ敷地内の女子大に進んで、俺は流石に電車通学から逃れられず……
さくらの大学と同じ路線の学校に行ってる。

けど相変わらず会える頻度は少ない。

しかも女子大生になったさくらはいつの間にか化粧なんてし始めたりして、なんかどんどん綺麗になってて──きっとあれは男が出来たに違いない。


対して俺は、産まれてこの方彼女なんてものがいたためしがない。モチロン現在進行形だ。
男子校だったし大学も女子の少ない理系。何人かはいるけど、何と言うか……あいつらに女は感じない。
誘われれば合コンだって行ってるし、友達の彼女の友達を紹介されたりする事もある。

けど、どうにもピンとこない。
さくらの方が可愛いとか、さくらだったらこういう時はこうするんだろうなとかこう言うんだろうなとか、そんな事ばっか考えてしまう。


──結局俺は、さくらにきっぱりフラれないと多分どこにも進めないんだろう。



❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

「じゃあ、行ってきまーす!」

戸締り火の元しっかりね!!と言いおいて、親達は朝も早くからさくらん家の車に乗って元気よく出かけて行った。
見送りなさいよと叩き起こされた俺は欠伸をしながらへいへいと手を振って見送って、そしてちらりと隣に視線を向ける。

久しぶりのさくらは、ナチュラルメイクってやつか?
頬も唇もふんわりピンクで、柔らかそうな髪をゆるく巻いたりして相変わらず可愛──
じゃなくてだ。既にしっかりと身支度を整えて、カバンまで持っている。

「さくらはこのまま出るのか?」
「うん、今日一限からなの──はーちゃんは?」
「俺は昼から……だけどまぁ、多分家で寝てるかな」
「えぇ??」
「一コマ休講になったから、たった一コマだけのために行きたくねー」

二コマしか入っていない金曜日は、週末ってのも相まって元々行くのがだるい日でもある。
うるさく言う親もいない事だし、今日はとことんだらけてやると言うと、さくらがはーちゃんは仕方ないなぁとほわほわと笑った。

──あー、ちくしょう。どこのどいつだよ、こんな可愛いさくらを彼女に出来た奴。

ずりー、なんて告白もしてない俺が言う資格ない事は分かっているけど、そいつとキスとかエッチな事とかしてんのかなーと思うと、ついつい視線がさくらの唇とか胸元へ行ってしまう。

「姉ちゃん、鍵閉めちゃって良いの?」

俺ももう出るけど、という健吾の声にはっと視線を上げる。
さくらが健吾に良いよ~と答えて、そして俺に向き直ると、えぇっと……と視線を彷徨わせる。

「あの……じゃあ、私そろそろ行くね」

またね、と微笑んださくらにおう、と答えて背中を見送っていたところに、健吾がするするっと寄ってきた。

「朝からヤラシー目してたよ、ハルにぃ」
「うっせぇ、ぼけ──あれ、お前また背伸びた?」
「そうかな?あー、でも何かハルにぃと目線が近い気がするから、そうかも?」

高校に入って成長期が来たのか、最近健吾の伸び率がすごい。
もしかしたら抜かれるか、と思うと何となく面白くないが、こいつはバスケ部だから俺を抜かせたとしても小さい方なんだろう。

「ハルにぃ180だっけ?」
「………17……9」
「178ね」
「178.6だから179だろ」
「まぁ、そこで180って言わない辺りが何かハルにぃらしいよね」

なんだそれ、と言うと健吾はちょっと笑って「ちなみに姉ちゃんは156」と付け足した。
ふーんと返すと、健吾はそんじゃー俺も行くねと言って、そしてニヤリと笑う。

「ちなみに、抱き合いやすい身長差は20センチらしーよ」
「──はぁ?」

んじゃね!とひらりと手を振って走って行く健吾の背中も見送って──俺とさくらは23センチ差……と考えて慌てて頭を振る。

だから何だよ、と俺は何となく慌てて家に入って、二度寝すべく自分の部屋のベッドに潜り込んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕は思った。

YU_U5O
エッセイ・ノンフィクション
是非読んで下さい。 •シャボン玉少女 •悪魔の修理屋 •なみだすわり

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約者様の思い通りにはさせません。

白雪狐 めい
恋愛
王太子のソレルは出会ったときから婚約者のルピナのことを嫌っていました。なぜなら彼にはもうすでに心に決めた人がいたのです。 ※7/20……タイトル変更。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

すみれは光る

茜色
恋愛
藤崎すみれ(ふじさきすみれ)と本田光太(ほんだこうた)が出逢ったのは4歳の春。その日から二人は、いつでも一緒に過ごす仲良しの幼なじみとなった。 大人たちは二人の仲睦まじさを「双子の兄妹のよう」と微笑ましく思った。当人たちは「兄妹」よりもっと深い愛情でお互いを大事に想いあった。その繋がりはいつしか、親には言えない秘密の絆へと育っていく・・・。 ☆ 全16話です。4歳(回想)から始まって、20代へと続く物語です。「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております

強欲の使徒 ――転移からの即、転生――

難聴系主人公
ファンタジー
いつもと変わらない日常それは一瞬にして変わる。 動揺もつかの間に駆け巡る痛みに襲われ死亡。 転移からの即転生 強欲の魔女の使徒の称号を手にして異世界をめぐる

【完結】悪役令嬢は断罪中に前世の記憶をフラッシュバック!?

厨二病・末期
恋愛
 断罪中に前世の記憶を思い出してしまったローズマリーは、現在と過去の出来事を混同してしまい、錯乱状態に陥ってしまう。  お妃教育などすっかり忘れ、無様に取り乱し泣き叫ぶ。完璧な淑女と言われた彼女の豹変ぶりに、周りは唖然となった。  これは・・・。  虐めを行うほど酷い仕打ちを受けたのでは??  会場にいた人達全員が、そう思ったのだった。  真実の愛を見つけ、悪女に冤罪を仕掛けたはずの王太子は、逆に冤罪の濡れ衣を被る事に・・・。 *1話完結* 色々、ゆるいです。 会話に下品な表現が含まれます。

処理中です...