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58章

元魔王様と温泉の町 9

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 鉱山を進んでいくと質の良い温泉石がゴロゴロと見つかる。
採掘するのは大変だがとんでもない量だ。
温泉石鉱山とでも言えばいいのか、他の鉱石が殆ど見当たらない。

「長い通路だけど一体どこまで続いてるんだろ?」

「魔物もあのゴーレム以降出てきませんね。」

 ただ通路が続いているだけで全く魔物がいない。
なのでジル達は特に戦闘も無く先に進めている。

「この通路への侵入者を排除する為に配置されていたのかもな。」

 ゴーレムはかなりの強さがあった。
普通の冒険者なら突破は難しく、他の魔物の侵入すら許さなかったのかもしれない。

「この先に何かお宝があるのか、人の目に触れさせたくない物があるのか。」

「どちらにせよ、私達の町に関わる事なので把握はしておきたいですね。」

「おっ、通路の先が明るくなっているな。」

 通路の先に広い空間がある様で、その光りが通路の中に入ってきて道を照らしている。

「これはまた予想外な物があったね。まさか家とは。」

「かなり老朽化していますね。既に人は住んでいなさそうです。」

 通路から出た先には空洞があり、そこに一つの家が建っていた。
人が住まなくなってかなりの年月が経過しているのか、家の形は保っているがボロボロだ。

 家の周りには幾つかの広い窪みと朽ちた魔法道具が設置されている。
昔住んでいた頃は温泉があったのだろう。

「ここに住んでいた者も温泉石を使って温泉を作っていた様だな。それでどうするんだ?」

「中を調べましょう。」

 町長が家の方を見ながら呟く。
この国では珍しい家の形をしているので、人族では無い者が住んでいた可能性がある。

「そうですね、誰が住んでいたのか分かるかもしれません。万が一魔族だった場合は上に報告も必要になるでしょうし。」

「それじゃあ手分けして探すわよ。」

 三人で家の中に入っていく。
扉の建て付けが悪くなっており、床も歩く度にギシギシと音が鳴る。

「この作り、どこかで見た覚えが。」

 家の中を歩いて見回していると何か既視感がある。

「そうか、鬼人族の里だ。木造の家に似ている気がする。つまりこの家は…。」

「おーい、二人共来てー!」

 町長の声が家の中に響く。
何か見つけた様だ。

「見て見て、この家に住んでいた人の手記みたいなのを見つけたわ!」

 テーブルの上に置かれていたのはだ。
異世界通販で似た様な物を見た事があるジルだけが、それでこの家の者が異世界転移者関連なのだと分かった。

「なんて書いてあったんですか?」

「今から開くところよ。それじゃあ読むわよ?」

 メモ帳もかなり傷んでいるので破いたりしない様に慎重に捲る。

「…なんて書いてあるのかしら?」

「異国の言語でしょうか?読めませんね。」

 メモ帳に書かれている文字を見て二人が首を傾げる。
異世界の字で書いているのであれば、この世界出身の者には分からないだろう。

「それならこれを貸してやる。」

「これは?」

「翻訳機能のある眼鏡だ。これを付ければ自分の知っている言語として見える様になる。」

「さすがは優秀な冒険者ね。良い物持ってるじゃない。」

 前世で作った魔法道具を渡してやる。
異世界通販で購入した異世界の書物を読む際にも大活躍の魔法道具だ。

「えーっとなになに。異世界の勇者、双葉瑞稀の一生…って勇者!?」

「ゆ、勇者様の手記ですか!?姉さん、本当ならとんでもない事ですよ!?」

 二人が読み上げた言葉に驚愕している。
しかしジルだけはやはりそうかと納得していた。

「そんなに驚く事なのか?」

「当たり前でしょ!勇者って言えば魔王を倒す為に召喚されていた人族の希望だったのよ!私達にとっては神の様に崇める存在だったって話しなんだから!」

「成る程。」

 確かに人族の目線で見るとそう言う存在だったのだろう。
元魔王であったジルからするとかなり違う見方になるのだが立場の違いだ。

「それで姉さん、手記にはなんと?」

「そ、そうだったわね。」

 町長がメモ帳に書かれている内容を読み進めていく。
そこには急に異世界に召喚された事、元の世界にはいなかった魔物に恐怖した事、死が身近にあって何度も帰りたいと思った事、常に癒しを探し求めていた事と様々な双葉瑞稀がこの世界で生きて感じた事が綴られていた。

「それでこの勇者様は魔物との戦いで右足を失ってしまい、戦いばかりで精神も限界だったから療養を兼ねてこの地に家を建てた。そして水を温泉に変える不思議な鉱石を発見して、温泉石と名付けて同郷の勇者様達にも憩いの場を提供していたらしいわ。」

「今よりも激しい戦いがあった時代ですか。癒しを求めたくなるのも納得ですね。」

 そもそも人族が魔族に戦いを仕掛けてこなければ元魔王であるジルとしては戦うつもりは無かった。
しかし仲間達を守る為には人族の前に立ちはだかって戦う必要があったのだ。

「後に人魔大戦と呼ばれる人族の最大戦力による魔族の国落としの前に勇者様達が暫くこの地で療養していた。その直前でこの地に魔族がやってきた!?」

「魔族が!?」

 人族の領土に魔族が攻め込んできた。
それは人族にとって最も警戒すべき大事だ。

「その魔族は元魔王軍四天王が一人、豪将レギオンハート。私でも知ってるわ、世界最強のテイマーと呼ばれた千魔の使い手ね。」

 その人物名を聞いたジルは表情には出さないが内心とても懐かしい気持ちになった。
その者の名は魔王時代に自分に仕えてくれていた者と同じ名前だったのだ。
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