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20章

元魔王様とSランク冒険者 9

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 ブロム山脈で依頼を終えたジル達は魔法による爆速移動でセダンの街に戻ってきた。
街に到着したので重力魔法を使っている訳にはいかない。
無限倉庫のスキルを使って荷車を取り出し、卵を乗せてラブリートが引いている。

「日が沈む前に戻ってこられるなんて思わなかったわ。」

 ラブリートが空を見ながら言う。
ギルドでの朝の一番忙しい時間帯よりも遅く出たのに、まだ日が沈む前に戻ってきてしまった。
シキ風に言えば3時のおやつタイムと言ったところだ。

「…そうだな。」

 ジルが相槌を打つ様に力の無い返事をする。
今はラブリートが引く荷車の上で力無く横たわっているところだ。

「時々依頼を受ける時にジルちゃんを毎回借りたいくらいよ。」

「…我を便利屋扱いするな。」

 反論も同じ様に力が篭っていない。

「それにしても一食抜いたくらいでだらしないわね。」

 荷車で横たわるジルを見ながらラブリートが言う。
ジルが何故こんな状態になっているのかと言うと、まだ昼食を食べていないからであった。

 無限倉庫のスキル内に僅かに残っていた串焼きを何本かは食べたが全く足りない。
怪我をしている訳では無く、空腹で動けなくなっていた。

「…我の身体は燃費が悪いのだ。」

 その言葉を肯定する様にお腹が鳴る。
転生した自分が周りと比較してもよく食べる方だとは薄々感じてはいた。
ジルは人族となった事で食べる楽しみや喜びを知れたので、美味しい物を沢山味わえる為むしろ得だとさえ思っていた。

 普段でも数人前は平然と食べているのに、魔力を沢山消費した時は空腹が更に加速する。
減った魔力を回復しなければと腹が減って減って仕方無いのだ。

 転生後にはそう言った機会が何度かあり、鬼人族の集落での一件やアレンと共に戦ったタイタンベノムスネークの時等もそれなりに魔力を使った。
その時も魔力を普段よりも使った反動として食欲に現れる事があったが、今回は今までの比では無い。

「…一食抜いたのもあるが魔力を使い過ぎたな。」

 そもそも昼食を食べられていないのが大きい原因でもあるが、それに加えてセダンからブロム山脈までの複数魔法使用による往復、卵回収時の消費魔力の多い時空間魔法、頻繁な無限倉庫のスキルの使用と魔力を消費し過ぎた。

 魔王の頃に比べて魔力量も億分の一くらいに減らされているらしいので、あの頃と違って無制限に使える訳では無い為気を付ける必要がある。
逆にそれだけ減らされてもあれだけの魔法やスキルを使えるとは元が一体どれだけ多かったのか想像もつかない。

 神々から大量の恩恵を受けて神々と同じ領域にまで魔王は至っていたらしいので、それを考えると魔力量も神レベルだったのかもしれない。

 そんな量から億分の一まで減らされたと言っても元々が多過ぎたので人族と比較しても魔力量は遥かに多い。
なので今回もこれだけ魔力を使ったが使い果たした訳では無い。
それでも転生後で確実に一番消費しているだろう。

「ジルちゃん、そろそろ到着するわよ。」

 ラブリートの声に反応する様に上半身だけ力無く起こすとジルの目にギルドの外観が映る。

「…我としてはギルドよりも屋台に向かってほしいんだがな。」

 空腹でしんどいジルとしては依頼が本来よりも遥かに早く達成されたので、寄り道を少しくらいしても問題無いと思っていたがラブリートに却下された。

「ワイバーンの卵の保存ってそれなりに面倒なのよ。さっさと渡しちゃった方がいいわ。」

 せっかく遠いところから取ってきたのに無駄になったら意味が無い。
扱いの難しい物は早く本職に渡した方がいい。

「それに美味しいワイバーンのお肉には空腹も最高のスパイスになるわよ?」

「…ならばさっさと済ませてくれ。我はSランク冒険者様のオマケだ、報告は任せた。」

「もう、仕方無いわね。」

 ラブリートがギルドの前に荷車を置いて中に入っていく。
道行く人達は荷車に横たわるジルよりも巨大な卵を物珍しそうに見て通り過ぎていく。

「本当にワイバーンの卵じゃないですか!?しかもこんなに沢山!?」

 ギルドの中から出てきたミラが荷車に乗せられた卵を見て驚いている。
ワイバーンの卵取りの依頼は毎年行われている事だが一度にこれだけの量を納品した冒険者はいない。
依頼の事後処理を経験した事があるミラが驚くのも当然だ。

「だからそう言ってるじゃない。」

「いくらラブリートさんでもこんなに早く戻ってこれるなんて思わないですよ。」

 ブロム山脈はここから結構な距離がある。
さすがのSランク冒険者でも日帰りでワイバーンの卵依頼を達成するとは想像出来無かった様だ。

「うふふ、移動時間を短縮出来る魔法道具のおかげよ。Sランク冒険者ともなればそう言った物が手に入る機会もあるの。」

 移動方法については上手い事誤魔化してくれた。
ジルの魔法で移動したのをそう言った魔法道具があると言う事にしてくれた様だ。

「それは凄い魔法道具ですね…ってジルさん!?」

 ワイバーンの卵の量に目を奪われて、隠れる様に横たわっていたジルの発見が遅れた。
それを見つけたミラは驚愕の表情を浮かべている。

「ジル様!?怪我でもしちゃったのです!?」

「ジル殿はどうしたんじゃ!?」

 ギルドに用事でもあったのか、ミラの後ろからシキやナキナも出てきて共に驚いている。
ライムは声は出せないが心配そうにプルプルと揺れて心配している様子が伝わってくる。

「特に怪我をしてる訳では無いから心配しなくても大丈夫よ。」

「ほ、本当ですか?」

「ええ、お腹が減っているんですって。」

 ラブリートの説明を肯定する様に横たわっているジルからお腹の鳴る音が聞こえる。

「し、心配させないで下さいよ。」

 初めて見るジルの力無く横たわる帰還状態が空腹だと分かりミラはホッとしている。
シキ達も無事だと分かって一安心と言った様子であった。
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