7 / 7
渚
しおりを挟む
もう失いたくなかった。ずっと側にいてくれる人を。惜しみなく笑いかけてくれる人を。もう、誰一人失いたくなかったのに。
「僕は大丈夫だから。」
そう言って笑うあなたは……誰だ。
・
あの事件から15年。高杉渚は清田悠真と結婚し二人で支えながらなんとか生きている。色んな事が起こって過ぎていった15年だった。何度も死にたいと思った。何度も生きたいと思った。何度も何度も愛してほしいと叫んだ。
「っ!」
横腹からの激痛に目が覚める。もう何度こんな怪我を負っただろうか。
「渚!良かった、良かった。」
手を力強く握り目に涙を浮かべて悠真が言った。
「悠真、おれ……、」
「刺されたんだよ、覚えてない?」
あぁ、そうだった。確か、薫を庇って。薫は無事だろうか。自分と同じ目をしたあの子は。そんなことを思ってると病院のドアを勢い良く開けて薫が飛び込んできた。
「遅い!遅い遅いばか!」
今まで見たことのない顔で薫は叫び、抱きついてきた。泣きそうな怒りそうな安心したようなそんな顔。なんだ、お前はそんな顔ができるんじゃないか。自分がお前の歳の頃はそんな顔をする事さえ拒否していたよ。
「なんで、何で庇ったんだよ。なんで分かってたのに言わなかった?俺達そんなに頼りないのかよ?」
弱々しく発された言葉。この子はずっと不安なのだろう。
「怪我人を、出したくなかったから。怪我をするなら自分でいいと思っていたし。」
「…もうこんなむちゃしないって、約束したよね?」
悠真が珍しく低い声で言う。怒っている。分かったけれど言葉はするりと出た。
「おれは、いつ死んでもいいから。」
瞬間、乾いた鈍い音とじわりと熱くなる頬。
「ごめん。帰る。」
悠真は早々に出て行ってしまった。この場に居てくれている兄の湊や、今の探偵事務所のメンバーも静まり返る。
「悪い。一人にして。」
誰の目も見ることができずに絞り出したのはそんな事だった。どこまでも自分勝手で、最低だ。
「また来るよ。」
15年経ってもさほど変わらない外見の兄はぽんっと頭を軽く叩いて出て行った。
・
1年に2回ほど昔使っていた事務所の掃除をしに来るようになってもう数年。あの事件以降兄からの連絡は全く無いし生きているのか死んでいるのかも分からない。
「ねぇ渚、ここ絶対誰か使ってるよ。湊さんかなぁ。」
「兄貴だったら連絡来るだろ。」
それもそうか。とゴミを袋に放り投げながら悠真が首を傾げる。確実に自分たち以外に出入りしてる痕跡があるが、未だに出会ったことはない。マリから兄の様子の報告は受けるものの本人には会えていない。それに使っていない部屋だし特に荒らされる訳でもないので咎めてはいない。
「研究室、入らないの?」
「うん。」
片付けに来る度に悠真に聞かれもう何度も同じやり取り。資料室とこのメインの部屋は片付けたが、自分が使っていた研究室と兄の使っていたアジトと書かれた部屋は開けられずにいる。
「さて、ゴミ出しして帰ろっか!」
悠真が伸びをしながら言った。学生の頃から変わらない悠真の物腰の柔らかさと、穏やかな雰囲気が自分にとっては心地がよく、気がついたら結婚していた。
「僕がいないと渚死ぬでしょう?」
というのが悠真の結婚当初の口癖だった。自分は悠真に生かされてると思うし悠真のために生きたいと思う。だから、死にたくても生きたい。
「あぁ、あっちぃなぁ!」
「ちょっと汗飛ばさないで。」
「もーうるさいよー。」
賑やかに話しながら部屋に入ってきた三人は自分と悠真を見て固まった。悠真はすぐに自分の前に来て庇う。
「君たちは?」
悠真の真剣な表情はお世辞抜きにかっこいいと思う。いつもふわふわと笑っているから余計そう思う。
「俺たち、ボスに雇ってもらって、ここ使ってるんです。」
焦ったように話してきた美青年と目が合う。
「あれ?渚先輩?」
「あぁ、直人か。」
「渚、知り合い?」
悠真の背中を軽く叩いて、安心しろと伝える。悠真はすぐに緊張を解いて話を聞く体勢になる。
「高校のときの後輩。何かわからないけど懐かれてた。」
「その言い方酷いですよ~!」
「おい、直人!ちゃんと説明しろ!」
金髪にピアスといういかにも不良な男が直人という美青年の胸元を掴む。
「あれ?なんだか勢揃いだね。」
そこにサングラスをかけたいかにも怪しい男が現れた。また、謎な事をしている。
「おい。何やってんだ。」
自分の声がとても低く部屋に響いたのが分かった。
「ま、待って渚、説明するから、」
「いつからいつまでどこに何しに今までどうしてたか話せ。」
慌てた様子の男に詰め寄り睨みつける。お前は誰だと詰め寄る。
「落ち着いて先輩、この人、俺達がここに無断でたむろしてるのを見かねて雇ってくれたんだよ。今はこの人の元でボランティアみたいな事やってる。」
「そんな事どうでもいい。」
「随分と失礼じゃない?初対面なのに偉そう~」
先程まで爪をいじりながらつまらなさそうにしていたセクシーな美女が口を挟む。
「渚、だめだよ、落ち着いて。」
悠真の声になんとか落ち着き、口を開く。
「自分は清田渚。こっちは夫の清田悠真。そんでお前らがボスと呼ぶこいつは自分の兄だ。」
「久しぶりだね渚。僕も今年日本に帰ってきてバタバタしてて…」
「それにしてももっとタイミングあっただろ!死んだと思ってたんだぞ!またどうしようもねぇ奴ら拾ってるし。」
兄は懐かしそうに微笑んだ。
「だいたい!あの後どこ行ったんだよ!ボスとかだっさい呼び方させんなこいつらに!」
「えー?みんな気に入ってるよ?それに、あの後は怪我も何もなくただ海外に行ってただけ」
「そういう問題じゃない!………ほんとに、怪我無かった?」
後半は柄にもなく声が震えそうになった。
「本当だよ。ちゃんと僕は僕だ。」
その答えを聞いて安心した。兄が兄であることに変わりはないけれど、やはり、再生したより、そのままのほうが良いに決まっている。
「募る話もあるし、まだ紹介したい子たちがいるからゆっくり話そう。今日は遅いしまた後日。」
兄がボスらしく場をまとめる。色々な才能を発揮してきて、今も尚才能を開花させ続ける。自慢で羨ましくて大好きな兄だ。
「今日は自分たちの家に来い。悠真がご飯作る番なんだ。」
「良かったらぜひ。」
何年経っても変わらない雰囲気、距離感。これがきっと家族ってものだ。
・
兄はあの事件の後、すぐに日本を発って15年間ひたすら色々な世界を旅したらしい。色々なことを学び身につけたと言う。両親の面影のある街にも赴いたそうだ。
「すぐに連絡しなくて本当にごめん。中々日本に帰って来る気力も、なくて…」
無理もない。自分たちの命が狙われているのは両親の研究中からずっとついて回ることだったし、今も尚闇の世界ではどんなやり取りがされているか分からない。自分たちの身の安全は保証されていない。
「そういえば、博士は元気?」
最後に自分たちを盛大に裏切った人でさえ、この兄は心配する。それに悪意も善意もない。純粋に聞くのだ。
「父は、自首して裁判やらなんやらに追われてます。僕はもう父と関わるつもりはないので、母から聞いた話ですけど。」
悠真の父は兄や自分を裏切り、売ろうとし、実験しようとした。あの事件の後すぐに裏で行っていた人体実験などの研究を明らかにし、警察に自首した。
「そっか。」
「それにしても、マリはファインプレーだったな。」
渚の膝の上でにこにこと微笑む少女。あれから色々と研究を重ねて、やっと人形になり、この世界を自由に動けるように出来た。
「湊様のパソコンの中は動きが鈍くてつまらなかったです。」
「むしろよく壊れて無かったよね…。」
悠真が苦笑する。マリを人形ロボットにしたのはいくつか理由があるが、主なものは自分が子供を生むつもりがないことだ。悠真もそうだろうと思っていたと言った。その代わりにもう何年も一緒にいるマリを我が子のように、と思ったのだ。実際生みの親ではあるのだから。
「ねぇ、渚。渚は大丈夫?」
兄がふとそう聞いてきた。
「そんなヤバそうな顔してる?」
「いや、むしろ逆。いい顔になった。」
「じゃあそういう事だ。」
兄は安心したように笑った。昔はこの笑顔が嫌いだった。いつも同じ笑顔だったから。だけど、今は少し雰囲気が柔らかくなっている気がした。
「花音ちゃんは元気?」
「高木優輝と仲良くやってるよ。」
「相変わらずだよね。」
なんてことない、離れていた間の時間を埋める話し。こういう時間だけが流れていたらいいのにと思った。
・
「東屋薫だ。」
ふてぶてしく放たれた自己紹介。なるほど、確かに自分を見ている気持ちになる。薫は早々にヘッドホンをして本を読み始めた。その人を拒絶する態度に少しばかり苛立つ。
「周りに複数の人がいるときは、耳を塞ぐもんじゃない。」
薫のヘッドホンを奪いながら言う。
「いいか、探偵として五感を自ら防ぐことはナンセンスだ。情報を読み取れなくなる。」
薫はとても嫌そうに舌打ちをする。
「俺は、助けてくれたおじさんの話しか聞かない。」
「なら、自分たちもお前の話は聞かない。この事務所に居る時は孤立するな。」
なるほど、こいつは確かに骨が折れそうだ。自分もこんなのだったとはいえ、周りの人に感謝はしてきた。ただ、兄や悠真は苦労しただろう。
「先輩、卒業したあとどこ行ったんですか?」
爽やかな笑顔で話しかけてくる後輩。直人は高校のときひどく荒れていて、何故か仲間意識を持たれて懐かれた。
「研究してた。自分のこととか、気になることを。」
「凄いですね。高校の時もずっと学年一位だったし。見かけによらず。」
「見かけ通りだろう。」
軽くおでこを押して茶化す。
「おい!この部屋あっちぃんだよ!冷房ねぇの?」
こちらはこちらで自分にとってはあまり好まない人種だ。情に熱く正義感に満ち溢れた青年。
「真也。お前はもう少し声のボリュームを下げてくれ。」
「渚さんがちっさいんでしょ。」
「あんたが無駄に大きいのよ。」
割って入ってきたのは近くのバーで働いている美女、夏林。歳は変わらないほどか、もう少し上か。歳の話を振ると怒るのでもう聞かないが。
「まぁまぁ、皆、そろそろいいかな?」
兄が手を軽く叩いて言った。
「今日みんなに集まってもらったのは、近々前に警察から頼まれていた事件の犯人を捕まえてもらおうと思ったからなんだ。」
皆の顔がどこか真剣になる。兄には人をこういう顔にさせる力がある。やる気を起こさせるのがうまいのだ。
「今日まで色々と調べて情報も集まった。それぞれ二人一組で動いてほしい。」
「薫。お前は自分と組め。」
「…分かった。」
案外すんなりと頷く薫。兄がそれぞれに役割を振ってるのを聞いてから口を開いた。
「使えるかわからないけど、確か…」
いかにも今思い出したかのように研究室の鍵を棚から取り出し入ってみた。
「あそこ、入れるんだ…」
「渚しか入れないよ。僕らが入ろうとすると怪我するから出て行けって追い出される。」
悠真は内心驚きながらみんなに説明した。
「うっ、はっくしょんっ」
盛大にくしゃみを何回もしながら、渚は何かを手にして帰ってきた。
「ちょっと改良すればすぐ使えるはずだ。」
「それは、いいものを見つけたな。」
この時、昔渚が唯一人前で見せる笑顔を久しぶりに見た。いたずらっ子の顔。
「お前ら、楽しいぞ。」
悠真と兄貴が苦笑したのがわかった。
・
渚が皆に配ったものはインカム型の通信電話だった。これ一つで仲間の位置が把握でき、声も届く。
「先輩こんなのばっかり作ってたの?学生のころ。」
「今もこんなのばっかり作ってるけどなんか文句あるのか?」
「いや、すごいっすよ。」
「今はスポンサーがいる。色んな企業に案を売ったり商品として売ったりしてる。」
「因みにこのインカムは買えば数万するから扱いには気をつけてね。」
悠真がにこやかにさらりと脅す。実際、商品化されたものは何万とする。真也や直人は急に触る手を引っ込めた。
「とりあえず、これさえあればどこでも、このメンバー誰とでも会話出来るから。」
「海人にも渡さないとな。」
「薫の兄貴か、まだ会ったことないな。」
引きこもりだから。と、薫は小さく言った。どこか居心地が悪そうに。
「なんだ。昔の兄貴と一緒だな。」
「渚!?酷い!」
兄貴が大げさに狼狽えてくれたお陰で場が少し和む。
「それじゃぁみんな。怪我や事故がないように。何かあればすぐ連絡するんだよ。」
兄貴の言葉にみんながしっかりと頷いて、それぞれの役目を果たすために出ていった。自分は渡された資料を片手に、薫の早くしろと言う声に従って事務所を後にした。
・next story・
「僕は大丈夫だから。」
そう言って笑うあなたは……誰だ。
・
あの事件から15年。高杉渚は清田悠真と結婚し二人で支えながらなんとか生きている。色んな事が起こって過ぎていった15年だった。何度も死にたいと思った。何度も生きたいと思った。何度も何度も愛してほしいと叫んだ。
「っ!」
横腹からの激痛に目が覚める。もう何度こんな怪我を負っただろうか。
「渚!良かった、良かった。」
手を力強く握り目に涙を浮かべて悠真が言った。
「悠真、おれ……、」
「刺されたんだよ、覚えてない?」
あぁ、そうだった。確か、薫を庇って。薫は無事だろうか。自分と同じ目をしたあの子は。そんなことを思ってると病院のドアを勢い良く開けて薫が飛び込んできた。
「遅い!遅い遅いばか!」
今まで見たことのない顔で薫は叫び、抱きついてきた。泣きそうな怒りそうな安心したようなそんな顔。なんだ、お前はそんな顔ができるんじゃないか。自分がお前の歳の頃はそんな顔をする事さえ拒否していたよ。
「なんで、何で庇ったんだよ。なんで分かってたのに言わなかった?俺達そんなに頼りないのかよ?」
弱々しく発された言葉。この子はずっと不安なのだろう。
「怪我人を、出したくなかったから。怪我をするなら自分でいいと思っていたし。」
「…もうこんなむちゃしないって、約束したよね?」
悠真が珍しく低い声で言う。怒っている。分かったけれど言葉はするりと出た。
「おれは、いつ死んでもいいから。」
瞬間、乾いた鈍い音とじわりと熱くなる頬。
「ごめん。帰る。」
悠真は早々に出て行ってしまった。この場に居てくれている兄の湊や、今の探偵事務所のメンバーも静まり返る。
「悪い。一人にして。」
誰の目も見ることができずに絞り出したのはそんな事だった。どこまでも自分勝手で、最低だ。
「また来るよ。」
15年経ってもさほど変わらない外見の兄はぽんっと頭を軽く叩いて出て行った。
・
1年に2回ほど昔使っていた事務所の掃除をしに来るようになってもう数年。あの事件以降兄からの連絡は全く無いし生きているのか死んでいるのかも分からない。
「ねぇ渚、ここ絶対誰か使ってるよ。湊さんかなぁ。」
「兄貴だったら連絡来るだろ。」
それもそうか。とゴミを袋に放り投げながら悠真が首を傾げる。確実に自分たち以外に出入りしてる痕跡があるが、未だに出会ったことはない。マリから兄の様子の報告は受けるものの本人には会えていない。それに使っていない部屋だし特に荒らされる訳でもないので咎めてはいない。
「研究室、入らないの?」
「うん。」
片付けに来る度に悠真に聞かれもう何度も同じやり取り。資料室とこのメインの部屋は片付けたが、自分が使っていた研究室と兄の使っていたアジトと書かれた部屋は開けられずにいる。
「さて、ゴミ出しして帰ろっか!」
悠真が伸びをしながら言った。学生の頃から変わらない悠真の物腰の柔らかさと、穏やかな雰囲気が自分にとっては心地がよく、気がついたら結婚していた。
「僕がいないと渚死ぬでしょう?」
というのが悠真の結婚当初の口癖だった。自分は悠真に生かされてると思うし悠真のために生きたいと思う。だから、死にたくても生きたい。
「あぁ、あっちぃなぁ!」
「ちょっと汗飛ばさないで。」
「もーうるさいよー。」
賑やかに話しながら部屋に入ってきた三人は自分と悠真を見て固まった。悠真はすぐに自分の前に来て庇う。
「君たちは?」
悠真の真剣な表情はお世辞抜きにかっこいいと思う。いつもふわふわと笑っているから余計そう思う。
「俺たち、ボスに雇ってもらって、ここ使ってるんです。」
焦ったように話してきた美青年と目が合う。
「あれ?渚先輩?」
「あぁ、直人か。」
「渚、知り合い?」
悠真の背中を軽く叩いて、安心しろと伝える。悠真はすぐに緊張を解いて話を聞く体勢になる。
「高校のときの後輩。何かわからないけど懐かれてた。」
「その言い方酷いですよ~!」
「おい、直人!ちゃんと説明しろ!」
金髪にピアスといういかにも不良な男が直人という美青年の胸元を掴む。
「あれ?なんだか勢揃いだね。」
そこにサングラスをかけたいかにも怪しい男が現れた。また、謎な事をしている。
「おい。何やってんだ。」
自分の声がとても低く部屋に響いたのが分かった。
「ま、待って渚、説明するから、」
「いつからいつまでどこに何しに今までどうしてたか話せ。」
慌てた様子の男に詰め寄り睨みつける。お前は誰だと詰め寄る。
「落ち着いて先輩、この人、俺達がここに無断でたむろしてるのを見かねて雇ってくれたんだよ。今はこの人の元でボランティアみたいな事やってる。」
「そんな事どうでもいい。」
「随分と失礼じゃない?初対面なのに偉そう~」
先程まで爪をいじりながらつまらなさそうにしていたセクシーな美女が口を挟む。
「渚、だめだよ、落ち着いて。」
悠真の声になんとか落ち着き、口を開く。
「自分は清田渚。こっちは夫の清田悠真。そんでお前らがボスと呼ぶこいつは自分の兄だ。」
「久しぶりだね渚。僕も今年日本に帰ってきてバタバタしてて…」
「それにしてももっとタイミングあっただろ!死んだと思ってたんだぞ!またどうしようもねぇ奴ら拾ってるし。」
兄は懐かしそうに微笑んだ。
「だいたい!あの後どこ行ったんだよ!ボスとかだっさい呼び方させんなこいつらに!」
「えー?みんな気に入ってるよ?それに、あの後は怪我も何もなくただ海外に行ってただけ」
「そういう問題じゃない!………ほんとに、怪我無かった?」
後半は柄にもなく声が震えそうになった。
「本当だよ。ちゃんと僕は僕だ。」
その答えを聞いて安心した。兄が兄であることに変わりはないけれど、やはり、再生したより、そのままのほうが良いに決まっている。
「募る話もあるし、まだ紹介したい子たちがいるからゆっくり話そう。今日は遅いしまた後日。」
兄がボスらしく場をまとめる。色々な才能を発揮してきて、今も尚才能を開花させ続ける。自慢で羨ましくて大好きな兄だ。
「今日は自分たちの家に来い。悠真がご飯作る番なんだ。」
「良かったらぜひ。」
何年経っても変わらない雰囲気、距離感。これがきっと家族ってものだ。
・
兄はあの事件の後、すぐに日本を発って15年間ひたすら色々な世界を旅したらしい。色々なことを学び身につけたと言う。両親の面影のある街にも赴いたそうだ。
「すぐに連絡しなくて本当にごめん。中々日本に帰って来る気力も、なくて…」
無理もない。自分たちの命が狙われているのは両親の研究中からずっとついて回ることだったし、今も尚闇の世界ではどんなやり取りがされているか分からない。自分たちの身の安全は保証されていない。
「そういえば、博士は元気?」
最後に自分たちを盛大に裏切った人でさえ、この兄は心配する。それに悪意も善意もない。純粋に聞くのだ。
「父は、自首して裁判やらなんやらに追われてます。僕はもう父と関わるつもりはないので、母から聞いた話ですけど。」
悠真の父は兄や自分を裏切り、売ろうとし、実験しようとした。あの事件の後すぐに裏で行っていた人体実験などの研究を明らかにし、警察に自首した。
「そっか。」
「それにしても、マリはファインプレーだったな。」
渚の膝の上でにこにこと微笑む少女。あれから色々と研究を重ねて、やっと人形になり、この世界を自由に動けるように出来た。
「湊様のパソコンの中は動きが鈍くてつまらなかったです。」
「むしろよく壊れて無かったよね…。」
悠真が苦笑する。マリを人形ロボットにしたのはいくつか理由があるが、主なものは自分が子供を生むつもりがないことだ。悠真もそうだろうと思っていたと言った。その代わりにもう何年も一緒にいるマリを我が子のように、と思ったのだ。実際生みの親ではあるのだから。
「ねぇ、渚。渚は大丈夫?」
兄がふとそう聞いてきた。
「そんなヤバそうな顔してる?」
「いや、むしろ逆。いい顔になった。」
「じゃあそういう事だ。」
兄は安心したように笑った。昔はこの笑顔が嫌いだった。いつも同じ笑顔だったから。だけど、今は少し雰囲気が柔らかくなっている気がした。
「花音ちゃんは元気?」
「高木優輝と仲良くやってるよ。」
「相変わらずだよね。」
なんてことない、離れていた間の時間を埋める話し。こういう時間だけが流れていたらいいのにと思った。
・
「東屋薫だ。」
ふてぶてしく放たれた自己紹介。なるほど、確かに自分を見ている気持ちになる。薫は早々にヘッドホンをして本を読み始めた。その人を拒絶する態度に少しばかり苛立つ。
「周りに複数の人がいるときは、耳を塞ぐもんじゃない。」
薫のヘッドホンを奪いながら言う。
「いいか、探偵として五感を自ら防ぐことはナンセンスだ。情報を読み取れなくなる。」
薫はとても嫌そうに舌打ちをする。
「俺は、助けてくれたおじさんの話しか聞かない。」
「なら、自分たちもお前の話は聞かない。この事務所に居る時は孤立するな。」
なるほど、こいつは確かに骨が折れそうだ。自分もこんなのだったとはいえ、周りの人に感謝はしてきた。ただ、兄や悠真は苦労しただろう。
「先輩、卒業したあとどこ行ったんですか?」
爽やかな笑顔で話しかけてくる後輩。直人は高校のときひどく荒れていて、何故か仲間意識を持たれて懐かれた。
「研究してた。自分のこととか、気になることを。」
「凄いですね。高校の時もずっと学年一位だったし。見かけによらず。」
「見かけ通りだろう。」
軽くおでこを押して茶化す。
「おい!この部屋あっちぃんだよ!冷房ねぇの?」
こちらはこちらで自分にとってはあまり好まない人種だ。情に熱く正義感に満ち溢れた青年。
「真也。お前はもう少し声のボリュームを下げてくれ。」
「渚さんがちっさいんでしょ。」
「あんたが無駄に大きいのよ。」
割って入ってきたのは近くのバーで働いている美女、夏林。歳は変わらないほどか、もう少し上か。歳の話を振ると怒るのでもう聞かないが。
「まぁまぁ、皆、そろそろいいかな?」
兄が手を軽く叩いて言った。
「今日みんなに集まってもらったのは、近々前に警察から頼まれていた事件の犯人を捕まえてもらおうと思ったからなんだ。」
皆の顔がどこか真剣になる。兄には人をこういう顔にさせる力がある。やる気を起こさせるのがうまいのだ。
「今日まで色々と調べて情報も集まった。それぞれ二人一組で動いてほしい。」
「薫。お前は自分と組め。」
「…分かった。」
案外すんなりと頷く薫。兄がそれぞれに役割を振ってるのを聞いてから口を開いた。
「使えるかわからないけど、確か…」
いかにも今思い出したかのように研究室の鍵を棚から取り出し入ってみた。
「あそこ、入れるんだ…」
「渚しか入れないよ。僕らが入ろうとすると怪我するから出て行けって追い出される。」
悠真は内心驚きながらみんなに説明した。
「うっ、はっくしょんっ」
盛大にくしゃみを何回もしながら、渚は何かを手にして帰ってきた。
「ちょっと改良すればすぐ使えるはずだ。」
「それは、いいものを見つけたな。」
この時、昔渚が唯一人前で見せる笑顔を久しぶりに見た。いたずらっ子の顔。
「お前ら、楽しいぞ。」
悠真と兄貴が苦笑したのがわかった。
・
渚が皆に配ったものはインカム型の通信電話だった。これ一つで仲間の位置が把握でき、声も届く。
「先輩こんなのばっかり作ってたの?学生のころ。」
「今もこんなのばっかり作ってるけどなんか文句あるのか?」
「いや、すごいっすよ。」
「今はスポンサーがいる。色んな企業に案を売ったり商品として売ったりしてる。」
「因みにこのインカムは買えば数万するから扱いには気をつけてね。」
悠真がにこやかにさらりと脅す。実際、商品化されたものは何万とする。真也や直人は急に触る手を引っ込めた。
「とりあえず、これさえあればどこでも、このメンバー誰とでも会話出来るから。」
「海人にも渡さないとな。」
「薫の兄貴か、まだ会ったことないな。」
引きこもりだから。と、薫は小さく言った。どこか居心地が悪そうに。
「なんだ。昔の兄貴と一緒だな。」
「渚!?酷い!」
兄貴が大げさに狼狽えてくれたお陰で場が少し和む。
「それじゃぁみんな。怪我や事故がないように。何かあればすぐ連絡するんだよ。」
兄貴の言葉にみんながしっかりと頷いて、それぞれの役目を果たすために出ていった。自分は渡された資料を片手に、薫の早くしろと言う声に従って事務所を後にした。
・next story・
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
がんばーれっ☆
あああああぁぁあありがとうございます!!
誤字脱字アドバイスあればよろしくお願いします!