学生探偵事務所

鈴江直央

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湊②

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  15年前。
 僕達から何もかもを奪おうとした研究者達は一時的に姿を消したが、それでも今もなお生きている僕や渚の事を血眼になって探しているだろう。あの事件の後僕は上手く姿をくらました。


     ﹣15年前﹣

 僕が黙って立っていると、清田博士はジリジリと間合いを詰めてきた。気がつくと僕の周りにはよく知った警察、研究者、少し前に絡みがあったヤクザの残りなど、複数の人物に取り囲まれていた。
 だてに何でもできてきた訳じゃない。努力してきたから僕は何でも、そう"何でも"できる。

 一斉に放たれた銃弾や一斉に襲い掛かってきた人間を軽く避けると銃弾は当たるはずの僕ではなく奴らの仲間に命中する。因みに僕は撃たれても修復のほうが早くてちくっと痛む程度ですむが、普通の人間はまたとない激痛に苦しむだろう。現にもう息はない。
 僕は相手に指一本触れず、またやり返すこともなく、ただ逃げの姿勢を取って仲間内で事を済ませるようにした。ただ一人、悠真の父だけは、どうしても出来なかった。
 「博士。僕らは貴方を尊敬してました。悠真もきっと。どれだけ裏切られても僕らに貴方を殺す事はできません。どうか、逃げてください。二度と僕らの前に現れないでください。」
 こういう時でも、笑ってしまう僕はおかしいだろうか。博士は悔しさと恐怖を滲ませた顔で走って行った。遠くからはサイレンの音が鳴り止まない。僕の周りには息も絶え絶えな奴や死んでしまった者も。
「だから、僕らには手を出さないほうがいいのに。」
 小さく呟いて僕はその場を後にした。


       ﹣現在﹣

 僕や渚の身柄は行方不明、またあの時の死体や怪我人は互いにやったと言うことで処理された。僕は15年ぶりに日本に足をつけた。
「懐かしいなぁ。」
 僕は何も罪を犯してはいないけれど、噂や事件はいつまでも残るもので、僕はなかなか帰ってくることができなかった。やっと帰って来る気になったのは、そういえば悠真や渚に連絡していなかったなと気がついたからだった。
「ここ、まだあったんだ…」
 随分と古ぼけてはいるが、15年前と同じ出で立ちでそのビルはあった。入ってすぐ横のジメッとした薄暗い階段を降りると、もういつ書いたのかも忘れた看板が見えた。

 "学生探偵事務所"

 今になって思えば何でこんな名前にしたのか謎だ。そっとドアノブをひねると小さく音を立てて扉は開いた。そこには、不機嫌そうな顔の金髪ピアスの男、妖艶でセクシーな美女、物憂げな顔をした真面目そうな美青年がいた。
「…………」
 互いに暫く見つめ合った。
「おっさん誰。」
 金髪の男が口を開く。
「僕は、ここの家主、、というか、事務所の経営者…?というか、」
 しどろもどろな僕に金髪の男は詰め寄ってじろじろと眺めてきた。居心地が悪くて思わず後ずさる。
「ここ、俺らのたむろする場所。出てって。」
「残念ながらここは僕が買った部屋だ。出ていくのは君達だよ。」
 僕はそう言いながら近くの棚の中から(たしかこの辺りに仕舞っていたはず)この建物との契約書をひっぱり出してきて見せる。
「ほーら。だから言ったじゃない。やけにキレイだし、開かないドアばかりだし、誰か使ってるって。」
 美女はやれやれと首を振った。
「と言っても、僕も15年ぶりなんだ。君達いつからここに?」
「もう数年ここに定期的に集まってるよ。」
 美青年はそう言うと小さくあくびをした。なんだか個性的な子たちだなぁと思いながら僕はお得意の笑顔を向ける。
「僕は高杉湊。ここ、学生探偵事務所のリーダーです。」
 三人はきょとんとした顔で僕を見つめた。
「は?ここ探偵事務所なのか?」
「もう15年も前の話だけどね。ところで君たちこれ、不法侵入だけど。」
「…誰も使ってないと思ってたから…。ねぇ、ここ使わせてよ。僕らあんまり、その、」
 美青年は少し申し訳なさそうに言った。僕はそれぞれの顔をじっと見つめて、なんだか少し懐かしさを感じた。皆でここで事件を解決しようとしてたなぁ…。
「使うなら僕が君たちを雇うよ。出入りは自由。ただ、働いてもらう。」
 僕の提案に一同はぱっと顔を合わせてそれぞれが目配せすると、それだけで通じたみたいに全員同じタイミングで頷いた。
「何でもやるわ。ある意味毎日退屈だし。」
 美女は髪の毛をかきあげながら言った。
「なんでもか。働いてもらうとは言ったものの、僕もしばらく日本にいなかったからやらなきゃ行けないことが溜まっててね。仕事が入れば収集をかけるから。とりあえずみんなの名前を教えてもらえる?」

金髪ピアスの男は高倉真也
セクシー美女は林田夏林
美青年は桜井直人
と名乗った。
「さてと、何から手をつけようかなぁ。」

          ・

 日本に帰ってきてからある程度のことが落ち着き、愉快なメンバーとまた日々暮らすようになってから半年が経った。僕は未だに渚と悠真を見つけられずにいた。何にせよ情報が何も無いので宛がない。ただ、15年放置していた部屋が、やけにキレイだった、と言った夏林の言葉がどうしても引っかかり、二人は定期的にここに帰ってきているのではないかと思っている。
「うるせぇ!触んな!」
 突然そんな言葉が耳に飛び込んできてそれと同時に路地から一人の人間が飛び出してきた。僕はよけ切れなくてぶつかってしまった。思ったよりも小柄な子だったので、ぶつかって転んだのは相手の方だった。
「いってぇ…」
「ごめんね、大丈夫?」
 手を差し出すも、彼は僕を睨みつけて慌てて立ち上がった。彼の後ろから大声で叫びながら何やら突進してくる。彼は盛大に舌打ちして走ろうとした。考えるより先に体が動いた。
「こっち。」
 彼の腕を半ば無理やり引いて走り出す。しつこく追いかけてきた連中を何とかまいて、僕達は事務所へと転がり込んだ。
「急にごめんね、大丈夫だった?」
 30歳を超えてもなお10代とさほど変わらない体力なので、僕は事務所についても息切れも何もなく話しかけた。一方で少年は呼吸を整えるのに忙しそうだ。僕は水を入れて彼の前に置く。
「僕は高杉湊。ちょっと気になって。引っ張ってごめんね。」
「…」
 不審感を隠すことなく僕を睨みつけるこの目に既視感を覚える。
「今、追いかけてきてた人たち、ヤクザの下っ端じゃない?なんで絡んでるの。」
「関係ないだろ。」
「関係ないんだけど、僕昔あのヤクザ絡みで色々あってね。一般市民なら関わらないことをおすすめするよ。」
「…おじさん、警察?」
 少し怯えたように聞こえた。だから違うよと笑ってみた。ホッとしたように顔を緩ませた。その仕草にまた何かが引っかかる。
「俺は、東屋薫。おじさん。もし、あいつらのこと知ってるなら、助けて欲しい。」
 彼は真っ直ぐに僕を見つめて言った。親が残した借金の取り立てに来ているらしい。
「…助けると言っても、僕もお金がある訳じゃないし。」
「借金、親が借りたやつじゃ無いんだ…。押し付けられたやつで、俺たち学生だしどうしたらいいかわかんなくて。親は、もう、いないし…」
 どうしたものかと悩む。
「あいつらは金さえ払ってくれたら誰でもいいんだ…。金がないなら手だって簡単に汚す。…信頼してた人達は皆、」
 そこまで言うと黙り込んでしまった。何か助けになれたら良いが…。
「君の借金でないなら、元の人に取り立てるべきだと伝えるか、その人を呼んでくるか。」
「それが、分かんないんだ。回りに回って俺達のところまで来たみたいで。辿るのも出来ないし、多分みんな、消されてる。」
「ふぅん。じゃ、警察に突き出す?あのヤクザたち、昔捕まえた人達の残りだし。ま、増えてるかもだけど。」
「そんなこと、できるのか…?」
「ま、物は試しで。」
 なんにせよ僕が持ってる情報は昔の物だから効果は期待できない。でも放っておくわけにも行かない。久しぶりに気合をいれた。

           ・

「すげぇ…どうやったの?」
 薫は目の前で起きたことがまだ理解出来ていないようだった。
「簡単だよ。彼らの良心にちょっと語りかけただけ。」
 訳がわからない。と首を振る薫に笑いかけ、目の前で大金を脇にしっかりと抱え震えているヤクザの一味に詰め寄る。
「いいかい?これからこの子の周りの人間すべての人に関わらないでくれ。でないとそれ、返してもらうからね。」
「わ、わかった。もう、来ない、顔も見に来ない。心配するな。」
 よっぽどトラウマになったのか男は逃げるように去っていった。その様子を薫はぽかんと見つめていた。
「さて。これで一件落着、かな?」
「……うん…。ありがとう、おじさん…」
「そのおじさんっての、やめてくれないかなぁ。」
「おじさんでしょ。」
 苦笑いで返すと、出会ってから初めて薫は少し、微笑んだ。ような気がする。
「で、あのお金は何。どっから出したの。お金無いって言ってたじゃん。」
 薫は気になることがありすぎるのかグイグイと詰め寄ってきた。
「あれ?あれの出処は秘密だよ。」
「は?おじさんもああいう奴らと同じなの?」
「違うよ。あれは正式なお金だし僕のお金だよ。前借りしただけ。お世話になってた人にね。」
「ふぅん…?」
「まぁ、これで君は平和に暮らせるし、いいんじゃないかな?」
 にこにこと笑いかけてくる湊。お世話になっていた人。という過去形の話し方や、素顔を見せないであろう笑顔が薫にはどこか悲しそうに見えた。
「まぁ…ありがとう。何かお返しを、、」
「要らないよ。高校生に集るほど腐ってないからね。でもそうだな、良かったら僕のこの事務所で何でも屋さん手伝ってみない?個性のある子たちばっかりいるけど、きっとうまくやっていけるし。」
「…俺誰とも馴れ合うつもりないけど。信じてるのは兄貴だけ。」
 言ってからしまったと思った。相手に余計な情報を漏らすのは危険だ。
「そっかぁ…なんならお兄さんも来ればいいよ。気が向いたらね。いつでも待ってるから。」
 湊は何も深く聞いてこなかった。正直とても助かった。

           ・

「兄貴、ただいま。」
「おかえり薫。」
 借金の事をどう話すかしばし迷う。話す前からきっとこの兄は知っているだろうけど。
「ちょっと前に、不思議なおじさんに会って、その人が、借金立て替えてくれた。もう、あいつら来ないって。」
 この人には手短に話すのがいい。何故ならもう全部知っているから。だけどこの人は、俺が自分から話すことを望む。
「そっか。それはお礼しないとね。」
「うん。その人の仕事手伝うことになった。良ければ兄貴もって。どうする?」
「そうだな。やってみても良いかもしれない。」
 意外な回答に驚きつつ、軽く料理するため冷蔵庫を開ける。
「それより薫。今日しんどいんじゃない?ご飯はオレが作るから休んでていいよ。」
「…そう?ありがとう。」
 これを嫌じゃないと思う自分は異常なのだろうか。自分をじっと見つめるその瞳に吸い込まれそうになる。彼の目には自分はすべて筒抜けだ。だけど、嫌じゃない。
「明日にでも、その"おじさん"に挨拶に行こうか。」
 そう言って兄貴は小さく笑った。

           ・

 その日はなんだか慌ただしかった。真也が不良と喧嘩するし、直人は好きな人に振られたと泣くし、夏林は働いてるバーでセクハラを受けてキレている。そんな三人をどうにか宥めて帰らせたあと、二人はやって来た。
「やぁ。いらっしゃい。」
 改めて見ると端正な顔立ちに何かを決意したようなきりりとした顔つき、そう、これは渚の顔だ。似ているのだ。そんな薫の隣には、帽子を目深に被りあまり顔が見えない青年の姿。
「妹がお世話になりました。どうしようもなかったので、、本当に助かりました。」
 思ったよりもはっきりと澄んだ声で彼は言った。
「性分でね。後悔する方は選択しないんだ。」
 二人を座らせてコーヒーを淹れる。ふわりといい香りが部屋に立ち籠めた。
「改めまして、僕は高杉湊。よろしくね。」
「オレは鈴木海人。妹は東屋薫。よろしくお願いします。」
「何だか訳ありって感じだね。ここにはそういう人たちばっかりだから、気にしないで。僕もその一人だし。話したくなったら話したらいいし、話したくないなら話さなくていい。」
 海人は少し息を呑んだ。薫がなぜこの人を頼ったのか少しわかった気がした。
「…世話になるなら話しておく。オレと薫は義兄妹。親が再婚なんだ。でも、その両親も離婚して…消えた。オレたちは残された者同士って訳。」
「そうだったんだ。」
「兄妹だけど、オレは薫が大事だし好きだ。だから薫に何かあったら許さない。そういう危ないことはさせないで欲しい。」
「えっと…そうなんだね…。ただの掃除とかボランティアが多いから大丈夫だと思うよ。」
 薫をちらりと見て不思議そうな顔をする湊に薫は嫌そうな顔で言った。
「俺、女だから。一応。」
 湊は今度はまじまじと薫を見つめた。
「そっか。何だか僕の妹を思い出すよ。いつか会わせたいな。」
 優しく笑いかける湊に二人はなんだか居心地が悪くなり、助けてもらった礼を重々言って帰路についた。
「なんか、謎の多い人だな。」
 帰り道、兄貴は呟いた。自分達のことを棚に上げてよく言う。
「でも、いい人みたいだよ。」
「オレはまだ信用してない。あんなふうにいい顔する奴はいくらでもいる。」
「そう、だね。」
 きりきりと痛むお腹を抑えて答える。
「あの部屋少し寒かったな。帰ったら暖かくしよう。無理はしたらだめだ。」
 薫のすべては海人に知られている。女であるがゆえのこの周期も、体のことも、そして日常生活の全ても。
「ありがとう。」
 人と向き合う事自体大変だったはずなのに、顔色一つ変えずに着いてきてくれた兄に、素直に感謝した。

           ・

 海人と薫が帰ったあと静まり返った部屋でコーヒーを啜る。生きていくのに必死な彼らの話はまた追々してゆくとして、とにかく悠真と渚を見つけなければ。
 ふと、昔自分が籠もっていた部屋のドアを見つめる。帰ってきてから資料室以外、僕の部屋と渚の研究室は入っていない。忙しかったのもあるが、なんだか気が向かなかった。開けてみるか…、と棚の奥から鍵を引っ張り出した。
「うわ…埃…」
 ゆっくりとドアを開けると記憶の中とそう変わらない部屋。当時使っていたパソコンやモニターもそのままだ。狭い部屋によくこれだけ設置したな、と自分でも感心しつつ、真正面の椅子が置いてある場所まで来る。
 埃まみれだけど、少し改良すればどれも使えそうだ。興味本位で電源をつけてみる。暫くモーターの唸る音がしてから、モニターに今の雰囲気と似合わないツインテールの無表情の女の子の姿が浮かび上がった。ノイズが混じり、うまく映らないけれど、これは間違いない。
「マリ…?」
 名を呼ぶと主は小さく肩を震わせた。
『…みな、と…様?』
 不思議そうな顔をした少女は暫く僕を見つめた後モニターから出てくるような勢いで言った。
『湊様!どこにおられたのですか。皆心配しています。』
「ごめん。なかなか帰って来られなくて。マリ、渚達は今どこに?」
『私がもう連絡しておきました。皆してマリを一人にして、ひどいです。』
 渚が造ったプログラム、マリは画面越しでないと活動できないため、電源が切られていると眠った状態になるらしい。それでもこうして会話できている所を見ると、渚はマリのアップデートを怠っていないようだった。
「ごめんね。また会えて嬉しいよ。」
 僕が笑いかけると、ぷんぷんと怒っていたマリはいつもの無表情に戻ると優しく笑い返してくれた。15年前には絶対見せなかった表情で、少し驚く。
『マリは渚様の生き写しと言っても過言ではありません。マリが素直に感情を表すということは、そういうのとです。きっと、会ったらびっくりしますよ。』
 そうか、渚は生きていて、ちゃんと笑って過ごしているのか。ほっとしたらなんだか眠くなった。今日はもうここで寝てしまうのも悪くない。
 謝らないといけないこと、話したいことが沢山だ。世界でたった一人の血の繋がった妹に話さなければいけない。だけどその前に、少し休もう。
「マリ、少ししたら起こして。」
 この兄妹は、目覚まし時計じゃないんですよ。と文句を言っているのが聞こえたが、僕はすぐに眠りについた。



               湊②‐Fin‐
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