愛人

鈴江直央

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短編

桜の木の下に眠る姫

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  序章

なんだかつまらないなぁと思った。
友人や家族には恵まれているし毎日忙しく生活していて充実感も十分なはずなのだが。
やはり、なんだか、
「つまんないな」
思わず呟いた言葉に友人が目ざとく反応する。
「なにが?」
「分からないけど。何か、わくわくするような、童心に帰るというか、そういうのを味わいたい」
友人はやれやれと首を振った。
「お得意の捜し物でもがんばれよ」
僕はムッとして思わず言い返す。
「立派な探偵サークルなんだ。バカにするな」
「ごめんごめん。まぁほら、楽しいことは何かしら活動してたら舞い込んでくるって」
友人は言い残して逃げるように行ってしまった。
思わず出そうになったため息を我慢して今日も何の変哲もない日常へ足を向けた。

  一限

朝が弱い僕にとって午前の授業は眠気との戦いだ。
何とかあくびを噛み殺しながらノートと向き合っていた僕はふと、周りの雰囲気が少し違うことに気がついた。
不思議に思って様子をうかがっていると前の席から1枚の紙切れが回ってきた。
そこには、

「桜の木の下に眠る姫」

とあった。
どういう事だろう?と首を傾げていると友人が目配せしてこう言っていた。
『お前の好きそうなネタ仕入れといたからがんばれ』
語尾に星マークでも付いてそうな笑顔だった。
頑張れと言われてもこれだけでは情報が何もないしなぁ……。
とりあえず授業に集中するか、とそのメモをポケットに突っ込んだ。

  二限

何かが引っかかるなぁ…と、先程のメモを見つめてみた。
なんにせよ学校だから桜ばかり植わっていてどこから手を付ければいいやら。
大学内を歩き回るのも中々苦労する。
僕はふと、中央広場に唯一咲かない桜の木がある事を思い出した。
小さくて枯れたのではないかとどこかで聞いたような……。
むしろそこしかないか、と、僕は中央広場に足を運んでみた。
なんの代わり映えもしない、いつもと同じ光景が広がっている。
「咲かない桜。これか」
確かに小さくて目立たないが、蕾をつけても良さそうなくらいにはしっかりと"木"に成長している。
枯れてしまっているようには見えない。
「下、てことは土、?」
しゃがみ込んで軽く土に触れてみる。
雨ばかり降って少し湿っぽさの残る何の変哲もない土だ。
「うーん。なんだろう。」
中央広場をぐるっと回ってみたものの、目ぼしいものは何もなく、とりあえず立ち去ろうとしたとき、ふと正門からこの桜の木までがちょうど一直線に見えることに気がついた。
なんとなく気になってそのまま真っ直ぐ正門へ向かい、
正門から桜の木の方を向いた。
「……なんにもないか」
少し何か見えるかもしれないと期待したことは内緒だ。

  三限

「どう?あの謎解けた?」
友人がどこか楽しそうに声をかけてきた。
「全然。あれだけじゃなんとも。」
「じゃあ俺が知ってる事を1つ教えてやろうか。」
嫌な予感。
「…なんだよ。」
「昼飯1回分。」
この友人と一緒にいたらある意味退屈しないな、と思ったが口にはせず、
「分かったよ。で、知ってる事って?」
「お前の事だから、咲かない桜はもう見たと思うけど、あれ、なんで咲かないか知ってるか?」
「いや…知らない。」
友人は声のトーンを下げて僕の耳元に口を寄せる。
「噂によると昔あそこで誰かが自殺したって。」
「自殺?」
「この学校、昔は高校と同じ敷地だったんだって。上級生にいじめられてた学校では有名な美人が、いじめに耐えかねて自殺したって話。」
「眠る姫はその女子生徒って事か。」
「噂、だけどな。実際そういう事件があったかどうかは知らない。みんな怖がって調べようともしないし、俺は野次馬で知ってるだけ。」
ふぅん。と相槌を打ちつつ、そんなことが本当にあったか調べてみても良さそうだと思った。
「んじゃ、昼飯行こうぜ!」
全く、調子の良い奴だ。


  四限

少し時間が空いたのでさっそく図書館へやって来た。カウンターにいる女の人に、友人から聞いた事件を聞いてみた。
「自殺ねぇ…、」
どこかめんどくさそうに立ち上がると近くの棚から数年分の新聞を持ってきてくれた。
「前努めていた職員が、過去にあった事件とか調べるのが好きな人でね、それに数年分の新聞は挟まってると思うわよ。」
短く礼をして窓際の席に座る。パラパラと捲ってみたものの、同じような内容だしこの学校で起きている事件らしい事件は見つからない。
「なんもなしか」
薄々感じている事だが、もしかしたら友人が面白がって言っているだけかもしれない。何にせよあの友人は中々に癖のある人間だ。
「僕の反応見て面白がっているな…」
帰ろうかと思ったが日差しが暖かくて思わずのんびりしてしまう。
ふと窓の外を見ると咲かない桜が見えた。正門からも見えたが、このアングルは周りの垣根が根本を隠していてよく見ないと分からない。真反対は僕がよく行く教室で、今はからっぽだ。
「すみません。あの桜っていつから咲いてないですか?」
図書館の職員はまたすこしめんどくさそうに、でもしっかり答えてくれた。
「私がここに就いてからだから、15年ほどじゃないかしら。」
「その前は咲いてたんですか?」
「小さいけどよく咲いてたわよ。虫にやられてから全く駄目になっちゃったけど。」
「なんで切らないんですかね。」
明らかに何なんだと言う目を向けながらも最後まできっちり答えてくれる。
「何十年も前に卒業生が植えたらしいわよ。」
それなら切ったり抜いてしまわない理由もわかる。仕事中にすみません。と礼をして図書室を後にした。

   五限

虫にやられた、とあの職員は言っていたので、15年ほど前このあたりに大量発生した昆虫がいないかどうか調べてみたものの、やはりなんの手がかりもなく。
「なんだろなぁ」
周りと比べると背の低い桜の木の下に立って考える。土が少ないから栄養が足りていないようにも見えるが…。
「あら、ここの生徒さん?」
声をかけられそちらを見ると、自分の祖母ほどのおばあさんが微笑んでいた。
「こんにちは。あなたもお参り?」
「…お参り?」
「あら、違ったのね。ごめんなさい。昔、ここで娘を亡くしてね。毎年こうして会いに来るのよ。」
おばあさんは小さな花束を桜の木に添えると手を合わせた。なんとなくそのまま立っているのも悪い気がして、並んで手を合わせた。
「もうしばらく、この桜が咲いてるのを見てないわね。」
木の幹に優しく触れながら言う。
「あの、娘さんは、ここの生徒だったんですか?」
「そうよ。私に似てとっても美人でね。でも、主人の気の強いところも似ていたから、何かと問題があったみたい。耐えられなくて自殺してしまったの。」
「…そうだったんですか。」
「でも、こうして貴方みたいな優しい子に見つけてもらえたから、あの子も喜んでるはずよ。」
ありがとうとまた微笑みかけられる。ただの興味だけで動いていたので居心地が悪くなった。
「でも、毎年こうして会いに来られてるんですし、娘さんはずっと喜んでると思います。」
「そうかもしれないわね。」
少し寂しそうに言い、おばあさんはまた桜の木を見つめた。
「おーい!お前いつまでそこでそうしてるつもりだ?」
お昼を奢った後すぐどこかへ消えていた友人が声をかけてきた。
「さっきから何回も呼んでるのに反応ないし、一人でぶつぶつ言ってるし大丈夫か?」
「は?一人?ここにおばあさんが……」
振り向いたらそこには誰もいなかった。供えられた小さな花束だけが風に揺れている。
「お、これ、お前がしたの?粋なことするね。」
「あ、いや…」
おばあさんはどこに行ったのだろう。また会えるだろうか。
なんだか不思議な気持ちで、帰路についた。

    六限

「ねぇ聞いた?季節外れだよねぇ!」
「聞いた聞いた!満開なんでしょ?」
次の日、大学に行くとなんだかいつも以上にざわついていた。
「やっときたか!もう見たか?」
すぐさま友人に捕まり聞かれる。
「何を。」
「桜!咲いたんだよ。お前昨日何した?」
「え、咲かない桜が?」
いいから見てこいと、背中を押され、見に行くとそこには満開の桜が立っていた。
「すげぇ…」
『誰かに知ってもらいたかったの。私のことも、母のことも』
微かに聞こえた呟きに周りを見渡すが、見慣れた学友達が色めき立っている姿しか見えない。
「…そっか。よかった。」
何だか色々なことが報われたような気がして桜を見つめた。

  終章

その桜が咲いたのは後にも先にもあの時だけだった。僕が大学を卒業する頃には枯れてしまい、卒業生達が植えたものであり名残惜しくはありつつも処分する事になった。その作業中、花壇の土の中から女子生徒の制服と白骨した遺体が見つかった。当時は行方不明で処理されており、現在も見つかっていなかった女子生徒のものだと判明した。20年以上前の事件だった。その母もすでに他界しており、少し地元がざわついただけですぐに忘れ去られた。
「あーあ、また退屈だな」
そう言葉にしたものの、僕の心は満足感と期待で満ちている。これから歩む道を二人が見守ってくれているような気がした。

                 ・Fin・
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