一万円札幻想

日浦森郎(西村守博)

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 ゼロフレーション?

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 「ここまで議論を引きずってきたのに、今さら申し訳なく思うんだけれど、すこしだけ、未来のことも語っておかなくっちゃならない」
 「未来ですか?」
 「そう、未来だ。こちらの世界ではすでに結論のでてしまった出来事であったとしても、そちらの物質の世界では、結果がでるまで五年十年と、結構な時間がかかることがある」
 「はい。それがこの世とあの世の一番の違い、だそうですね」
 「うむ。そうだ。だから申し訳ないけど、ここからはほぼすでに決定してしまったあの世の事実だけを言うよ」
 「解りました」
 「今までの議論を通して、僕たちは、国民経済でデフレの状態だけは避けなければならない、と同意した」
 「はい、その通りです」
 「もちろん行き過ぎたインフレはよくない。2~3%のインフレ率の範囲で収めなければならない」
 「失業率とインフレ率の関係性ですね。フィリップス曲線では、どちらも2~3%で推移するはずです」
 「その通りだ。普通ならそれで良いんだが、未来はどうなのかという問題がある」
 「いったい人類の未来とは、どういう世の中なんでしょう。ひどいインフレなのか、それとも地獄のようなデフレなのか?」
 「ちなみに、君はどっちだと思う?」
 「わたし、近ごろ経済のことを考えていて、どうにも腑に落ちないことがあるんです」
 「それはたとえば、ドローンとか、車の完全自動運転とか、いわゆるA・Iに関連することじゃないかい?」
 「そうです、そうです! わたし、どうもA・Iの発展してゆくスピードが、尋常じゃないと思うんです」
 「その通りだ。君の直感は正しい。そしてそれが、話しておかなければならない未来の事実そのものだ!」
 「だとすれば、ますますデフレが、人類の未来を支配するんでしょうか」
 「それは、イエスとも言えるし、ノーとも言える。‘’君たちしだい‘’、だと言うのがより正確だ。いずれにしても、君たちの感覚からすれば、眼がまわるくらいのスピードで物事が推移する。A・Iの世界では、シンギュラリティとか言うそうじゃないか。技術的特異点と言うのか、世界が根本から変わってしまう。労働という点からみれば、まさしく労働者の敵だ」
 「そういう世の中が、本当に来るんでしょうか?」
 「来るか、と聞かれれば、来る、と言うしかない。前にイギリスの産業革命時のことを聞いたとき君は、サボタージュはやらない、資本家の思い通りになるのは忍びないが、労働者の要求は別の方法で意見を通したい、と言ってたいたね」
 「はい。その時は、仮定ですがそう言いました。経済が大きく伸びてゆくときに、サボタージュのような消極的な方法で自分たちの想いを遂げるのは間違っている、と考えたからです」
 「しかし、今度やってくる第四次産業革命は、変化を感じることも難しいほど時間の経過がはやく、人々はハイパーインフレどころか、逆のハイパーデフレを見ることになるだろう」
 「ハイパーデフレですか? 信じられない! 頭が混乱しそうです」
 「もちろん、今すぐという訳ではない。ここ十年、二十年のうち徐々に起こり、段々とそして確実に、スピードアップしてゆくだろう」
 「ハイパーとはいえ‘’デフレ‘’と名がつくんだから、物理的に仕事がなくなるんでしょうけど、どんなに頑張っても失業を免れないとするなら、私たちはこれからどう生きれば良いんでしょうか?」
 「ごめん、びっくりさせちゃったね。でもA・Iがたとえ今なかったとしても、いつか未来はやってくるんだ。便利なだけの未来は、幻想にすぎない」
 「はぁ………」
 「いいかい。短期間で失業率が50%の社会がやってきても、それだけで世の人々が不幸になる、という訳ではない。たとえ仕事を失ったとしても、前向きに生きることはできる。要はそれを支えうる、‘’政府‘’があるかどうか、ということだ」
 「どうでしょう。労働者の半分が職を失って、そんな社会に明るい未来が待ち受けている、なんてとても思えないんですが………」
 「もう一ついいかい。政府の経済政策が、どこまでも正しいことが前提だよ。かりにいま失業率が50%だとして、そしてそのかん十年か二十年、GDPが倍に増えたとしたら、その国の経済は成長しているかね?」
 「それは成長している、と思います。毎年4%~8%前後ものびていて、その国の調子がかんばしくない、とはとても言えません。でも、失業率50%というのは本当ですか?」
 「どう説明すれば良いのか? そうだな………。君は、SF小説やSF映画は好きかい?」
 「はい。わたし、こう見えても、‘’トレッカー‘’の一人ですよ。高校生のときから大好きでした!」
 「それじゃ、その中に‘’レプリケーター‘’という装置があるのを知ってるね?」
 「はい。転送装置の派生です。物質をエネルギーに変換したものを、もう一度物質に再変換して、人々の手に入るようにしたものです。たとえば食べ物など、なにもない所から、データだけでいくらでも出すことができます」
 「つまり、言ってみれば‘’無限供給‘’、みたいなものだね。人々は働かなくても飢えることがない。どころか、生活の基本ラインはすべて満たされる、という訳だ」
「その通りですが、先生はそういう世の中がもうすぐやって来る、と仰っしゃるんですか?」
 「そうだ、国が考え方を間違わない限り、かならず来る。いや、たとえ間違っていたとしても、来るものは来る!」
 「………」
 「三十年間、政策を間違えつづけた政府が、デフレの収縮の呪いに翻弄されつづけた政府が、やがてやってくるハイパーデフレに太刀打ちできるのか、と思っているね?」
 「人々は、‘’デフレ‘’がどんなに恐ろしい現象か、よく知らないんです。というより、知っていても解らないのは、いったいどうしてなんでしょうか?」
 「そうだね。一般の人々はともかくとして、官僚の大多数まで解らないとなると、なにか不思議な気がするね。いずれにしても、デフレを三十年間ずっと退治できないまま、こんどはハイパーデフレと対峙しなければならないんだ」
 「………。分かりました。私、やってみます。いえ、やらせてください! 私や私たちが頑張らなくては、道はけっして開けないんですよね!」
 「君の大いなる宣言に、感謝する。仲間たちも皆、喜んでいるよ。力のかぎり、全力をもって、協力しよう!」
 「先生! わたし、思うんです。日本国民が、けっして乱暴なことをせず、どこまでも理性的に問題に対処できる国民であること。それが、いちばん嬉しいんです。戦争前と戦争後の国民性の違いとでも言うんでしょうか、大きな力に引きずられやすい欠点はまだあるけれど、少なくとも戦前のようなことは無いと思います。この三十年間デフレの中で、腐らずになんとかやって来た国民の理性に賭けてみたいと思います」
 「僕もそう願うよ。まえに‘’民族‘’に特有のカルマ、という話をしたことがあると思うけど、日本人はそのカルマを、少しづつ少しづつ修正してきたようだね」
 「はい。たとえ、失業率があした50%になろうとも、誰もホームレスなんかになるのを良しとせず、互いに助けあっていけると信じます」
 「良きかな、良きかな! 頼んだよ倫子ちゃん。きみの信じる心が強ければ強いほど、僕たちのパワーもますます強くなる。ぜったい不可能と思えることも、増幅したスーパーパワーで乗りこえられる!」
 「はい!」
 「あの世では、経済はすべて需要と供給が時間の差なく現象化するもので、きみたち物質界の人はほとんど馴染みがないだろう。いわばインフレもデフレもなく、いわばゼロフレーションとでもいうべき現象なんだ。この需給ふたつを出来るだけ一致させるため、君には頑張ってもらいたい。それが苦しんでいる人々の幸せにつながる、と僕は信じている!」
 「先生にそう言っていただけると心強いです」
 「さて、そろそろお別れの時がきたようだ。もうすでに君は、この世の人でもあり、あの世の人でもある。僕たちの世界にどっぷり浸かってしまって、どちらの世界の住人か判然としなくなってると思う」
 「え~っ? そうなんですか!?」
 「ふむ。詳しいことは後々いうことにして、この世に帰っても僕たちが見えるはずだ」
 「それは有り難いんですけど、お話する事もできるんでしょうか?」
 「もちろんだ。君がチャンネルをオフにしない限り、うるさいくらい入ってくるよ」
 「そうですか。わたしも、霊能者になってしまいましたか。ときどき、見える程度だったんですが………」
 「ま、覚悟するんだね。な~に、生きながら死んでいるのも、乙なもんだよ」
 「先生のいじわる!」
 「えへへっ。さて、お別れの趣向は、なにが良いかな? なんでもお望みのままにするけど?」
 「え~と、それじゃ帰りの道は、超特急でお願いします。わたしの生身の体のほうも、ちょっと心配ですので」
 「わかった。ところで、も一つ面白い趣向があるんだけど、試してみるかい? 君の好みにも合うはずだが」
 「わたしの好み? いったい何でしょうか?」
 「さっき君は、学生時代からSFが好きだと言ってたじゃないか。で、それに出てくる‘’転送装置‘’をつかって、あっちの世界まで、送ってあげようと思うんだ」
 「え~っ、そんなことも出来るんですか。あっ、ここは霊界だから、できて当たり前ですよね。じゃ、お願いしようかな」
 「よし来た。それじゃ千代さん、兼さん、クニさん、ここに来て、この丸いマークのところへ立ってくれたまえ! 倫子ちゃんは‘’転送‘’の合図をたのむ!」
 先生がそう言うと、まわりの雰囲気が見る見るかわって、宇宙船のデッキの転送室ができ上がった。女性陣それぞれが、それぞれの服装で転送スポットに乗り込んでゆく。なんとも不思議な光景だった。皆んなそれぞれニコニコしていた。
 「それじゃ帰るとするか。倫子ちゃん。さぁ、合図を出してくれ」
 「は、はい。それじゃ行きます。て、転送!」
 景色が暗転した。一秒もたたぬ内に、顔をのぞき込んでいるキリコがそこにいた。キリコも満面の笑顔だった。
 
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