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第四章

見えない影

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 各国の代表者達との会合が少し重苦しいもので終わり、使用人達によってそれぞれ当てがわれた部屋へと戻っていく。

「最後の一言は余計でしたね…問題はないですか…?」

「はい、問題ありません」

 ラテは即答してリーンの背を撫でるが、実は少し良くないことになっていた。

 リブリーによって書かれた物語を忠実に再現することでこれまでリーン達ディアブロとの戦いを避けることが出来ていた。
 たが、代表者達との会合でリーンは予定にない事をした。そのせいで本来なら和やかな空気で終わるはずだった会合がピリリとした空気で終わった。
 それが直接的に何かと関係があるのかと聞かれればまだ何も見ていないのでラテにも分からない。でも、能力を使うようになってからの経験上、ラテは嫌な予感がしてならなかった。
 リーンの為にも今すぐ予言を見ておきたいが、各国の代表の案内のために今この場にはリヒトしかいない。

「…リヒト様」

「良いよ。リーンは私が見ているから」

 それがラテが一番嫌だと言うことを知っていながらも、さも当然のように言うリヒトにラテは眉間に皺を寄せる。

 リーンは誰にも頼らない。
 それがラテの中では当たり前になっていた。
 いや、正確には頼り方を知らない。
 どうやって人を頼るのか、必要としたり、求めたりするのか。それを知らないようだった。
 それは神という絶対的な立場や力を持つリーンには当たり前の事だったのだろうとラテは想像していた。

 だから、リヒトとの未来を見た時にこの寂しがり屋の神さまが少しでも安らげる居場所となるなら、と自らの気持ちを押し殺してリーンをリヒトの元へ見送った。

「いえ、結構です」

 ただ、戻ってきた二人を見てやらせない気持ちになったのは言うまでもない。
 自分がどんなに求めても、どんなに努力してもその場所には立たないと自分自身の能力ゆえに知ってしまっているから。

(全く、残酷な話よね…)

 この能力があったから今の場所に立っていられるけど、本当に欲しい場所は絶対に手に入らない。

「そう?」

「誰か戻ってくるのを待ちます」

 夜はレスターのものだった。
 でも、すぐにリヒトのものになった。

 レスターはラテがリーンの背を押したからだと知っているがそれを責められたことはない。

「ハルト様、少しおやすみになられてはどうでしょうか?」

「…そうですね。じゃあ、少しだけ」

 当たり前のようにリーンを支えて歩くリヒトの後ろをラテはただついて行く。

「リーン様、おやすみに?」

「レスター、少し良いですか?」

「はい」

 ラテは後ろめたさからレスターを最近避けていた。レスターも自分と同じだと分かっているからだ。
 この寂しがり屋の神さま愛してしまったのは不幸だったのだろうか。絶対に報われないと知りながらも自分を捧げずにはいられないから。

「…リブリーは何か言ってきてはいないですか?」

「いえ。特に何も」

 レスターはリーンには気付かれない程度にラテを一瞥し、直ぐに答える。
 ラテは《予知》を見るために仕方がなしに自室に戻る。

「リーン様、何故あのような事を?」

 皆んな疑問だっただろう。
 リブリーの台本は穴場にいた使用人達全員が知っていたから。これまで寸分の狂いもなく台本通りに事を進めていたのに突然リーンは予定にないことをした。

「…突然、言わなければならない気がしたんです」

「…レスター、やはり何か問題が…」

 不安げな表情をするリーンをレスターはそっと抱き抱える。最近は他人に奪われてばかりいた愛しい人の温もりを確かめるように、そっと優しい。

「何かあったのですか?」

「え…?」

「リーン様のそのような表情は大変珍しいので」

「…」

 長くそばで見てきたから、なんて言葉は言わない。リーンが何処にでもいるような普通の人だと分かってからもレスターはその態度を変えることはしなかった。

「女神様~!大変なのです~!」

「…リブリーどうしたの?」

「だ、誰かが…私の台本を添削したみたいなのです!」

「どういうこと…?」

「リブリー、一旦落ち着いて初めからしっかりと話しなさい」

 リブリーはわざとらしく手を胸に当てて、大きく数回深呼吸をする。

「…じ、実は私の部屋のペンの位置が何故か変わってまして…」

「ペンの位置?」

「わ、私の部屋が汚い事は重々承知でございますが…お母様から頂いたペンとインク瓶だけは絶対に無くさぬようにと常に置く位置を決めているのです」

 リブリーの能力はとても有能で、それ故に狙われてきた過去がある。彼女の臆病さもそのせいであるのは間違いない。
 だから、リーンが指示を出してどうしても部屋から出なくてはならない時以外は彼女は頑なに部屋から出てこない。
 勿論使用人を部屋入ることも嫌がり、彼女自身は掃除が苦手なようで部屋は散らかり放題。

「…誰かが貴方の部屋に入ったという事ですね?」

「そうなのです、女神様」

 この屋敷には信頼をおいた者しか入れていない。そもそもティリスの魔法でダーナロの屋敷と同じように関係者もしくは承認した者以外は入れないようになっている。
 ということは。

「…裏切り者ですか?」

「リブリー、書き換えられたのは何処か分かりますか?」

「全く分かりません。ペンの位置か変わっていた他には部屋から無くなった物もありませんし…」

「不幸中の幸いと言いますか…、もしリブリーの変な癖がなければ我々は知らないうちに踊らされるところでした…」

「…レスター、私の行動にも制限がかかるようですね」

「「まさか…」」

 心当たりなんてものじゃない。
 リーンは意図的に誰かにセリフを書き換えられ、リブリーが書いた物語以外の未来を強制的に進むことになったのだ。そして、それをこの屋敷の中にいる誰かがリブリーの存在とその能力を知り、行い至ったという事。

 そして、その能力は神であるリーンにも有効であるという事。それを相手も知った可能性があるという事。

「不味いことになりましたね」

「…何より、私に犯人が分からないのです」

「…どう言うことですか?」

 リブリーの質問に対してリーンは困ったように眉尻を下げる。

「私はヴェルムナルドール…この世の全てを知る者です。私が犯人が分からないという事は逆に相手が誰なのか言っているようなものなのです」

「…?」

「リーン様と唯一渡り合える者《ディアブロ》彼以外にリーン様に分からないことなどない、という事です」

「では、これは《ディアブロ》の仕業という事ですか…?」

「違うと思いたいところですが…確実にそうなのでしょうね」

 リーンはおろか、ラテですらこの事態を予測出来なかった、と言うことはこれからこの事態を予測することは出来ないということ。

「…緊急事態のようです。皆んなを集めてください」

「はい」

 今も近くにディアブロの影を感じ、四人の間には息苦しい空気が立ち込めた。












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