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第三章

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 その日の夜。恒例になっている夕食兼報告会を宿屋の中に設けられているティールームで行われていた。この宿屋はハルト様をお迎えするにあたって大掛かりな工事が行われたそうで、勿論このティールームもこれでもか、と言う程に見事に煌びやかな空間だった。
 そんな中でパーティーに参加する為のドレスを買いに行く事を皆んなに報告したのだが…。

「私は買いに行くって話したのよ?どうしてもう用意されているの?それに何故サイズが合うの?お金は?どういう事なの?」

「もちろん!サイズは完璧です!リーンハルト様にお伺いしましたから!勿論、私だけが伺ったのでご心配なく!」

「お金もハルト様からお預かりしてるしな!」

「…ハルト様からご連絡が?」

「はい、お昼頃、緊急連絡がありまして」

「だからって…勝手に買ってきて…」

 アンティメイティアの怒りを目の当たりにして震え上がる2人は笑って誤魔化すことしか出来なかった。

「まぁまぁ、アンティさん。私達はハルト様からドレスを用意して置くよう言われたのです」

「…指定があったの?」

「アンティさんがそのパーティーに参加するならとびっきり良いのを。とおっしゃられて…自身ではきっとワザと安っぽいのをかうはずだから、と。それに暫く調査の仕事も休んで良いと…仰っておりました」

 ふと思い出す。

ーーーアンティ。貴方にしか頼めないのです。とても難しいお仕事になりますが、貴方になら任せられます

(あの意味深なお言葉はついて行きたい、という思いを隠せない私に灸を据える為に言った言葉ではなかったのですね…)

「そうなんです!だから私達で用意をしてまして!これなんて如何でしょう!絶対にお似合いになられます!!」

「おい!アンティメイティア様はぜってー紺だろうが!」

「いーえ!アンティメイティア様は赤です!絶対に!ぜぇぇぇぇえったいに赤です!!」

 メリッサ、オリバー、2人は殴り合いになるのでは?と心配になるくらいの喧嘩状態だ。

「2人とも…静かにさなさい」

「「…すみません」」

 ふと、2人のいざこざを静かにさ見ていたルーベンに視線を向ける。

「…ルーベン。昼間はすみませんでした。私は少し焦っていたようです」

「いえ、私にはアンティ様が何に焦られていたのかはわかりませんが、今は慣れない給仕のお仕事をされていて私どもよりもお忙しいのです。愚痴も溜まりましょう」

「でも!もうあんな真似はやめなさい」

「…確かに無謀でしたね」

「…ルーベン、貴方って本当大人よね。私よりも年下なのに」

「…いえ、私なんて平凡な男ですよ」

 ニッコリと笑っているはずなのに、何処か悲しそうに見えたのは私の見間違いだったのだろう。
 ルーベンは私の前に跪き、私は差し出された大きな箱を受け取った。

「アンティ様、僭越ながら私もドレスをご用意させて頂きました」

「…これは…」

「確かにアンティ様なら何だってお似合いになられると思いますが、わざわざ安い物を着て着こなしてしまったら寧ろ疎まれると思いませんか?」

「…違う作戦の方が良さそうね」

「気に入って頂けましたか?」

「…えぇ。これにするわ」

 ルーベンが持ってきたドレスは薄紫色の優しいレースがあしらわれた物で、綺麗なのに派手すぎず、かと言って安っぽい訳でも無い。生地に良いものを使っているのは明らかで肌触りも見事だ。
 このドレスを見ているとなんだか落ち着いてくる。
 
「アンティメイティア様…素敵です…」

「おぉ、さすがルーベンだな」

「アンティ様、よくお似合いですよ」

「…ありがとう、ルーベン」
 
 メリッサに着替えを手伝ってもらって自分が貴族だった事を思い出す。
 あの頃父に“常に自分を好きでいなさい”と良く言われていた。自分でも今まで着てきたドレスの中で1番似合っている、と自信を持って言えるし、久しぶりに自分が少し好きになれた。
 思わずその場で回って見せてしまった程に浮かれている事に気付き、恥ずかしさから目を逸らしたが、その目線の端に映る笑顔のルーベンを見て安心した。


ーーーメイティは将来何になりたいの?
ーーーはい、お母様!メイティはお父様みたいになりたいです!
ーーーあら、どうして?
ーーー皆んなの為に頑張ってて、とってもかっこいいからです!
ーーーふふふ、じゃあ沢山お勉強しないと!
ーーーお、お勉強!頑張りますわ!

 あの頃の私は無邪気に領民の為に身を粉にして働く父の姿に憧れていた。私にとってはヒーローのような父は厳格で厳しく、余り笑わないし、話さない人だったが、たまに私の顔を見て眉間の皺を少し緩ませるその顔が私を大切にしていると言っているように見えて、そんな不器用な父がとても好きだった。

 父と母は政略結婚ではあったが、お互いをとても大切にしていて愛のある家庭だった。
 母は頑固で無口な父の考えがわかっているのか、父が何も言わなくても先々行動して父の仕事も手伝っていたし、他家との交流の少ない父の代わりにお茶会などの奥様仕事もそつなくこなしていた。
 父もあれで案外愛妻家で母との記念日は欠かさず花やプレゼントを送っていたし、言わずもがな父は相当な美形で婚約後も結婚後も関係なく言い寄ってくる者は後をたたなかったが、一度何処ぞの御令嬢が邸宅内の執務室で仕事中の父に勇敢にも言い寄っている所を目撃した事があったが、あの口下手な父が怒りを露わにして“自身の顔を良く見て物を言え。私の妻よりも綺麗な女はこの世にいない”と中々な惚気を聞いた時には流石の私も赤面したものだ。

 だから、私達の領地が流行病に侵食されたあの日。父が私と母を遠く離れた母の実家へ送ろうとした時も強く抵抗したし、父が国を裏切り、忠誠を誓った王からの命令を無視してポーションを配り続けた時も寧ろ誇りに思うくらいに大好きだった。
 父が反逆の罪で断首台に送られた時も決して目を逸らさず、溢れ出る涙を堪えて“私達は間違った事などしていないのだ”と断固とした意思を貫いた。

 父の処刑で罪は償った、はずだった。しかし、あの王がそれで許すわけはなく、屋敷は何度も野盗に襲われた。それが王の仕業だと誰もが気付いていたが、見て見ぬ振りだった。
 唯一手を差し伸べようとしてくれていた昔から親交があるポーションの件でも協力してくれた3家は国からの監視が強く、その手は届かなかった。

 何度目だったか。

ーーーメイティ様!お逃げ下さい!
ーーーどうしたの??
ーーー野盗が屋敷に火を!
ーーー!!!

 それからの事は余り記憶にない。
 誰かに追われてたように思う。
 兎に角必死に逃げて、隠れて、逃げて、逃げて…
 後に屋敷は全焼し、母も屋敷にいた使用人達もみな焼け死んだと知った。皆んなはワザと逃げなかったのだ。抗議の為、家の名誉の為、死ぬ事を選んだ。忠誠心の高い使用人たちもきっと納得して心中したのだ。でも、何故私だけ流したの?1人残されてどうすればいいの?
 涙は出なかった。もうとっくに枯れ果ててしまっていた。醜くも生き残り、そして疲れ果てていた。

 誰も助けてくれなかった。その想いが強く残っていた。
 あんなに皆んなの為に頑張っていたのに、誰も。
 父は何の為に頑張っていたのか。父は何の為に死ななければならなかったのか。
 本当にそれだけが情けなくて、恨めしくて、悲しかった。
 それからは感情のない抜け殻のようで、ただ朝日が上がるのを見て、夕日が沈むのを眺めていた。何も考えたく無くて、この時既に私は死を待ち望んでたように思う。

 全てが夢になりかけていた時。
 私の転機は突然舞い込んできた。
 イアンと出会ったあの日を迎えたのだ。

 何かに導かれるままに屋敷に向かって出会った人。
 今まで美しい者も物も見て来て目は肥して来た筈だが、その余りの美しさにこの世の何にも例える事が出来ない程に孤高の存在で。正直本当に実在しているのか?と実感も殆ど無かったように思う。

 これが何なのか。
 どのような感情なのか。説明出来ない。ただ純粋にずっと死ぬまで側に居たいと思ったのだ。








 

 


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