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第二章

絶望の時

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 壁の板は雨晒しのせいか痩せこけてしまい、その隙間から冷たい風が通り抜けて中にいる人々の気持ちを落ち着かせるように背中を撫でる。
 何とか住めるぐらいのボロ小屋にこれだけの人が集まり身を寄せ合っているのは決して寒さを凌ぐ為ではない。

「皆さん。本当にここまでよく耐えて下さいました。私が不甲斐ないばかりにこの国を今のような有様にしてしまい、本当に申し訳ありません。しかも、この取り戻す為の戦いに貴方達を巻き込んで…。それでもこうして力を貸して頂けたのですから、例え何があろうとも必ず我が国を取り戻しましょう」

「王妃様、貴方が謝る事じゃない。こんな所に来てくれた。そんな王妃様はこの世界に貴方様ぐらいだろうさ。ここは俺達が最も早くに動くべきだったんだ」

「ありがとうございます。…後継者はまだ皆幼く未熟者では有りますが、先日神より【勇者】のクラスを賜りました。今がこの長き苦しみから抜け出す絶好の時だと神が仰るならば我々はやり遂げなければなりません」

 頷く男達はこれからの辛い戦いに挑む決意を強く固めている。
 暴動を繰り返し、王宮へ反乱の意思を表明し続けて来た彼らももう体力と我慢の限界だ。そこで見えて来た巧妙の兆し、その象徴となる王妃と【勇者】となった王太子の存在は彼らを幾らか勇気付けただろう。

「誠に遺憾ながら数日後には“種付け法”の交付が発表されるでしょう。このような非常識極まりない法令を発令させてはなりません。それこそこの国の崩壊となるでしょう。一部からは悲しい事にこの法令を賛成する声が上がっている事も事実です。奥様やお子様方を守る為にも我々が立ち上がるしかありません」

「王妃様。我々の準備もあと少しで整います。整い次第作戦を開始しましょう!」

 男達の決意を受け止めた王妃の表情は悲しみと憂いで歪みつつも上に立つ者こその威厳ある凛々しい雰囲気を醸し出していた。


 しかし、その集会には招かざる者がいた。

「王よ。反乱軍の方にはやはり王妃が付いておりました」

「おい、そこの伝令め!訂正しろ。今の王妃はメルーサだぞ!あやつを王妃などと呼ぶとはお前どうなるか分かっておるな」

「し、失礼致しました。ゆ、有力な情報を得て参りましたので、しししし、し、死罪だけは…どうか…」

 焦り吃る伝令の男は死への恐怖からか体が震え、額の汗は滴り落ちる程だ。彼の背後で剣を構える兵士は視界には入っていないが、その鞘から抜き出す音を聞けば、今の状況を理解するには十分だった。

「ほう、述べてみよ。有力で無ければこの場で首を落としてやろう」

「はっ。反乱軍はまだ準備を整えきれておりません。ですので襲撃にはまだ時間があります!」

 彼の話が終わる前に振り上げられた手の意味する事を知っている者は視線を逸らし目を瞑る。恍惚とした表情の者もいるのが信じられないがそれが事実だ。

「そ、それから!作戦決行日は“種付け法”の制定前に、と!」

「ほう、それは良い情報を持って来た。では彼らを驚かせてやろう。宰相」

 楽しそうに話しながら手を下げる。はぁ、はぁと全身を上下させている彼は何とか首の皮一枚繋がっただけでとても生きた心地がしなかった。

「はい。王よ、ここにおります」

「では、“種付け法”は今より開始だ。直ぐに始めろ」

「王よ!法令は先に交付した後に発令とこの国の法律で決まっております。これはお父上様がとても大事にしておられた法なのです。どうか再考されて頂きたい!」

「なに?私に歯向かうと申すのか?宰相よ」

「…いえ、再考を進言しただけで…お考えが変わらないのであれば…」

「そうだ。お考えは変わらない。直ぐに始めろ」

「…畏まりました」

 大きな口を開けて高笑いをする王に拍手する者。苦虫を噛み潰したような表情の者。関わりたくないと目を背ける者。
 宰相は彼らの表情を眺めていた。

 その後直ぐに発令された法律は沢山の波紋を呼んだ。率先して女に襲いかかる者は意外にも少なかった。
 発令はお昼過ぎにも関わらず、その直後から国民達は其々対策を取り、危険人物には近寄らない、1人で出歩かない、警備員を配置するなどしていたからだ。
 しかし全くなかった訳ではない。被害者達は当たり前だが泣き寝入りで訴える事も叶わず、悲しい話だが、兎に角子が出来ないことを願うしか無かった。

 同時にどの村、街にも聞こえるほどの大きな音が空に響き渡り、その重々しい雰囲気とはかけ離れた綺麗な円がいくつもいくつもおり重なり合いながら空を覆うと言う摩訶不思議な出来事が起きた。
聞いた事もない爆発音に誰もが空を見上げたのは無理もなかった。そしてそれは王都も例外ではなかった。
 1番の混乱が起こったのは王城だった。
 何が起こっているのかわからない爆発音が途絶える事なく響き続けていて、それと爆音と共に殆どの場所を抵抗する暇もなく制圧されてしまったからだ。

「お、お前!俺は仲間だろうが!」

「仲間?笑わせる。エミリーを襲っておいて良くもそんな事が言えるな!」

「襲って何が悪い。法律で認められているだろうが!はっ!笑わせる。人の女を襲ってはいけないとはなっていないだろう?」

 青筋が浮き出る程に力を込める男は完全に武装していて、床に這いつくばらされている男は団服のままだ。明らかに殺し殺されそうな状況だが、今この国で正常な判断をしているのは一体誰なのだろうか。

「こっちは抑えた。気持ちは分かるが…殺すな、カミール。エミリーの為にも」

「…分かっている」

「は!お人好しだなぁ~。しらけるぜ」

「カミール!」

 振り上げられた拳にはキラリと輝く物が握られている。呼び止められた声と共に止まった刃先はその男の喉仏に赤く細い筋を付けた。

「ラック。マルティア王妃様の話ではそのアホな法律を試みた者は死罪だそうだ。楽しみだな、お前の首が広場で晒されているのを見るのは」

「……王妃、?マルティア様が生きてるとでも…」

 苦しそうに、でも笑顔で言い切ったカミールの言葉に青ざめているラックと呼ばれた兵士は再び振り上げられた拳によって気絶させられ、グルグルに縛り上げられ、廊下に放り出される。
 廊下で待機していた農民の男達は廊下に出されたグルグル巻きの人間を物のように引き摺りながら王宮の広間まで運び出す。
 気絶から目を覚ました数人はこの状況をどんな感情で見ているのだろうか。理解できないだろう。転がっている人間は貴族も兵士も給仕も使用人も関係なく投げ捨てられていくのだ。

「これで全部か?これだけ死罪にするには何日かかるんだ」

「あとは王の間に立て籠もっている王と王妃、数人の大臣、第2王子から第4王子達とその母親、更にその側仕え数人で終わりだ」

「まだ終わって無かったのか」

 見下ろしながら聞こえるように聴かせるように発せられる話は彼らの人生の終わりを告げるには余りに雑な方法だ。だが、彼らにはそれだけの罪がある。だからこそ声を発する者、逃げようとする者、泣き叫ぶ者、命乞いをする者、全てに短く分かりやすく簡単に説明してやったのだ。

「お、お願いだ。金ならある。幾ら欲しい?言い値を払おうじゃないか」

「おー、さすが貴族だ。そうだなお前達が死んだらその資産が国民に配られるんだそうだ。貴族も相当減るから武勲を立てたものには爵位も与えられるらしい。ありがとうございます」

「…馬、馬鹿な。お前みたいな下賤な者が貴族になれる訳が無いだろう!騙されてるぞ!ワシは侯爵だ!ワシの縄を解くなら王に言ってお前を特別に男爵に…」

 言い終わる前に彼の近くに投げ捨てられたのは…もう、見間違えるはずもない。今日の朝の報告まで踏ん反り返っていた王その人だから。

「誰に言ってくれるって?」

「お、お願いだ!そ、そうだ!私の娘は器量も良くて私に似てとても美人なんだ。娶らせてやる!どうだ!」

 兵士は顔を突き合わせて笑ってみせる。

「あんたに似てるなら豚だな」

「おい。何をしている」

 唖然とする侯爵と名乗る男は途端に目の色を変える。助けが来たと言わんばかりに体をくねらせて声がする方へ進む。

「大変申し訳ありません。宰相様」

「おー、カーディナル!来たか!コイツらが私を馬鹿にしているのだ。死罪を要請する!」

「馬鹿に?豚と言ったことですか?」

「なんだ、聞いていたのか!」

「本当の事なら馬鹿にしてるとは言えないのではないですか?」

 そして更に青ざめていく侯爵。本来同じく王族派に与している筈の宰相の言葉としてはあり得ないからだ。そしてそれを見ていたそれ以外の者たちは絶望感以外のものを感じる事はなかった。







 
 
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