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第一章

マリンの困惑

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 今日から学校だと言うマロウのお見送りがあるとの事で、リーンは朝食前から支度をし始める為にいつもより少々早く起きた。
 昨日からアリスが故郷へ帰っているので、久々に支度はサンミッシェルと2人きりだ。
 相変わらず手早く準備をするサンミッシェルだが、やはりアリスがいるのと居ないのでは勝手が違う様だ。
 朝食の準備が出来た、とログスが呼びに来たが、まだまだ準備が終わって無かったのでログスの横に部屋清掃の為に控えていたマリンにサンミッシェルが手伝いを申し出る程には時間が無かった。
 マリンは天然ボケのお喋りおっちょこちょいメイドだが、初めてここに泊まった日にリーンを着せ替え人形にした筆頭者で、とにかくドレスの着せ替えに関しては一級品だった。彼女が専属メイドに立候補したと聞いた時には毎朝人形にされるのでは…と懸念したリーンの反対により結局、部屋清掃員止まりだった。
 そんなマリンに千載一遇のチャンスが今到来した。サンミッシェルのお願いを聞き終わる前にはもうドレスに手をかけている程、マリンの動きは早かった。
 リーンの懸念は取り越し苦労だった様であっと言う間に準備が終わってしまったのだ。リーンもついつい感心して褒めてしまったのは言うまでもなかった。

「リーン様、マリンは跳ねっ返りで、お喋りで、おっちょこちょいですが、こういう事に関しては他薦される位には有能なのです。初めにお話しした通り朝準備にはメイド3人で行うのが通例で、マリンなら申し分無いと思います。それにアリスにお着替えや湯浴みなどの仕方を教えたのはマリンなのですよ」

 サンミッシェルの言葉に目を輝かせる様に頷くマリンは見事に貶された部分は聞いていなかった様だ。

「んんっ。マリンはお調子者で冗舌で粗忽ですが、リーン様の事が好きすぎて、それに余計拍車がかかる様なおバカですが、だからそこリーン様に不利益になる様な事は致しませんし、危害を咥える事は有りません。それだけは私が保証致します」

 サンミッシェルは咳払いしつつ、敢えて貶した部分を言い直した意味をようやっと気付いたマリンは複雑ながら、同意してた。

「リーン様、貴方様に誓って不利益になる様な事は致しません。アーデルハイド家の主人よりも貴方様を優先する事をお約束致します」

 この間無表情でサンミッシェルの話を聞いていたリーンは真面目に、真剣に言うマリンに小さく微笑んだ。

「分かりました。マリンを専属にするようリヒト様にお願いしてみましょう。マリン、誓いをお破りならぬ様願います。私が何者であってもです」

「はい、必ずやご期待に応えて見せます」


 朝食時にリーンはマリンの専属希望をリヒトにお願いすると、勿論二つ返事で了承されたが他のメイド達から悲痛な叫びが上がった事をリーンは知らない。

 それはさておき、今日はオリハルコン鉱石の取引の際にお願いしていた最後の商品をハロルドの所へ受け取りに行く。

「あぁ、リーン様!よくぞおいで下さった!」

「マスティス卿、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」

「いやはや、今日はアーデルハイド子息がご入学される日です。お見送りもさぞ盛大だったのでしょう」

 ハロルドの言う通り、お見送りとはどう言うものか分からなくなってしまう程盛大なものだった。
 正直、花嫁のバージンロード…もしくは極道、マフィアのボスのお見送り…?あ、これは大奥の殿様のおと~り~とか言うやつかも知れない…!と混乱してしまう程、屋敷中の人達がエントランスから門までの道のりに整列してマロウが通り過ぎる少し前にお辞儀をしていく。そのマロウの堂々たるや、とても12歳の少年には見えず、思わず嘆息してしまった。

「確かに、盛大ではありました」

 リーンは思い出しながら少し困った笑顔で答えるとハロルドはリーンの心中を察してか、同じ困った様に笑った。

「マリン、あれをお願いします」

「はい、リーン様」

「おやおや、そう言えばあの赤毛のメイドはお連れになってないですね?」

「男爵様。発言を失礼致します。赤毛のメイドと申されましたアリスは昨日、お家よりお暇を頂きまして、故郷の方に帰っております」

 マリンは丁寧な口調で説明する。
 リーンは敢えて赤毛の、と親しさを出さない振る舞いに感心していた。

「あぁ、貴方様のでしたか。フォレスト家の御令嬢
マリン・フォレスト様」

「覚えて頂けて光栄で御座います。マスティス男爵様」

 リーン、そっちのけで話し始めた2人は如何やら顔見知りだった様だ。
 マリンはフォレスト男爵家の三女でアーデルハイド家に奉公に来ていて、現在は18歳。そろそろ奉公が開けて社交界に出て婚約者がいてもおかしくない年頃だ。

「男爵様、リーン様をジャシャールに抱かせたままではご自由がございません」

「いやはや、そうでしたな!お約束の品、ご用意出来ておりますよ!その後色々お伺いしたい事もありますしね…」

 含みを持たせたハロルドに案内された部屋は何の変哲もない客間だ。何の変哲もないとはよく言ったもので、ハロルドの稼ぎは多いだろうに言うほど煌びやかな感じはしない。寧ろ、男爵と言う地位に合わせて抑えている様にも感じる。

「リーン様、此方を」

 部屋の中を観察していたリーンなハロルドは可笑しそうに笑いながら何かを差し出す。麻布の様なもので包まれているそれをマリンが広げる。

「やっとご用意が出来ました。これを集めるのは随分と大変でしてなぁ」

 リーンは少し手に取って観察する。

「何故か私が仕入れしようとしたら値上がりしまして。一体誰の仕業なのやら…。参りました」

 マリンがリーンを見つめているので、そのまま頷く。マリンはにこりと笑ってそれを包み直してジャンに手渡した。

「マスティス卿、ありがとうございました。これで契約の品は揃いました。また貴重な情報をありがとうございます」

「それでリーン様…いつ頃のご予定で?」

「マスティス卿、4日後にまたお会いしましょう。時刻は分かり次第手紙もリヒト様がお飛ばしになられると思います。無事に全てが終わる事を願っております」

 リーンの話が終わるとマリンはにこりと笑って、ジャンの代わりにリーンを抱き抱える。そのまま手を振るハロルドに軽く会釈をして挨拶もそこそこにハロルド邸を後にした。

 馬車の中でマリンはリーンの目の前に座り、何かを考えながら目を伏せている。

「マリン。あんなにきつく当たるとジャンは勘違いしてしまいますよ?」

 リーンの発言に顔を上げたマリンは顔が真っ赤だ。

「リーン様、けっ、決して私は、ジャ、ジャシャールに疚しい気持ちなども、持って、全く、持ってなど、あの、無いのです…。…あの…リーン様…私はそんなに分かりやすく…いえ、あの…」

「マリン。私だから気付いたのです。誰も貴方の心に秘めたジャンへの想いにはあのミシェルでさえも全く気付いておりませんよ」

 良かった、と肩を撫で下ろすマリンは肯定してしまった事には気付いていないらしい。しどろもどろに否定するマリンを可愛く思ってしまうのはしょうがない事だ。

「私は如何したら良いのでしょうか?いえ、別にジャシャールはどうでも良いのですが、そ、その、どうでもいいのです。はい。ただ、私も三女とは言え男爵家の娘であるのでそろそろ婚約者ぐらいはいた方が体裁が整います」

「そうですね、貴族と言えど男爵家の三女でアーデルハイド家に奉公に来ているぐらいですし。これが皇宮とかならフォレスト男爵も貴方に高い身分の殿方との結婚を望まれているのかも知れませんが…。そうでないとすると、騎士爵やその御子息の方とかどうでしょう?例えばミルやライナ。ジャンは平民ですが、リヒト様のお力が有れば騎士爵を賜る事も可能かと」

 リーンの話にボソボソと独り言を言いながらまた何か考え出した。

 今日は何とも楽しい1日だった。マロウの入学にマリンの専属。欲しい物も手に入ったし、良い返事も聞けて、ジャンとマリンの恋模様。嬉しい事がこうも沢山ある日はそうそう無い。
 4日後、全てが上手くいけば、もう言う事もない。そう思うリーンだった。


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