上 下
46 / 188
第一章

誘拐

しおりを挟む



「ラミアン教皇猊下、遠路遥々この様な質素な場所までお足運び頂き、恐悦至極でございます。この通り私、ディスクラムは何事もなく聖国へ帰る所でございました」

「無事で何よりだ。変わった所はないか」

「はい、変な者に付けられたり、見張られたり等も無く…。彼らは油断したのでしょうなぁ」

「ヴィンセント、詳細を話してやれ」

 へこへこと媚び諂うディスクラムに如何にも煩わしいと言わんばかりに話しを聞き終わるとまた素っ気ない声でラミアンはそう言いながらドカッ、と近くの椅子に身体を預けた。ラミアンが座ったのを見てディスクラム、続いてヴィンセントが腰を下ろす。スイは咄嗟にヴィンセントの後ろに控えた。
 一同落ち着いた所でヴィンセントはこれまで挙げられている情報を話させる。

「…ですので、現在は枢機卿のマスカス様、ベノボルト様、ライデン様の御三方が行方が分からなくなっております」

 淡々と話すヴィンセントにスイがチラリと視線を向けるが、その表情は何も写していない様だった。
 状況報告が終わり、ディスクラムの側仕えが新しく取った部屋にラミアンを送り届けたヴィンセントとスイは一つ下の階の埃っぽい部屋に入る。

「スイさん、疲れたでしょう。貴方を巻き込むことになって大変申し訳ございません。今日はもう何も無いでしょうから、ゆっくりなさって下さい」

 先程までと打って変わり少しだけ明るくなった表情にスイは安堵すると、馬に跨り続けた此処1週間の疲労のせいか途端に睡魔に襲われ、ヴィンセントの言葉に甘えて休む事にしベッドに横たわる。
 よくよく考えると司教である彼と幾ら部屋が空いてなかったとしても同室である事はあり得ない。スイは聖国に雇われた兵士で、身分は平民。そんな彼が貴族であるヴィンセントと同じ部屋で寝食を共にする事は非常識な事だ。しかし、疲労し切った彼は相手がヴィンセントであるからか油断しきっていて、そんな事にまで気が回らずスイはそのまま眠りに着いたのだった。
 強面な顔に似合わずスヤスヤと眠るスイを優しい笑顔で見ていると、建て付けの悪い部屋の扉の隙間から覗く松明の明かりが揺らめくのが見えた。
 扉の外に人の気配を感じヴィンセントは身構える。

「ヴィンセント、私だ。そこにいるか?」

「べ!…ベノボルト様…」

 その怪しい人影が突然自分を呼ぶ声。そして聴き慣れたしゃがれ声に思わず大きな声をあげてしまう。
 
「…んー、司教…何かあったのですか?」

「ぃいえ、起こしてしまい申し訳ありません。何でもありませんので気にせず、もう一度ゆっくりお休み下さい」

 一瞬目を覚ましたスイにもう一度寝るよう促す。 
 スイは猊下にまた無理難題を押し付けられ、寝れてないのかと心配になりつつもヴィンセントの優しく話す声色に誘われて再び眠りにつく。

「…取り乱してしまい申し訳ありません。ベノボルト様は…どうしてこちらに?」

 扉に近づき小声で話す。

「これからディスクラムを誘拐する。楽しそうだろう?まぁ、今は全く時間がないから説明は後だ。お前は私の話に合わせて上手く話せばいい。出来るだろう?」

「…は、はい」

 再びスイが起きないようにそっと扉をあげて、部屋を後にする。淡々と歩き出すベノボルトの後ついて行くと、宿屋の裏手側の人気のない裏道に面した裏庭に出た。
 そこにはディスクラムの姿がある。あれだけ1人になるな、部屋から出るな、と口が酸っぱくなる程に言われていたのにも関わらず不用心にも程がある。
 どうやって此処に呼び寄せたのかは知らないが自らここに来たのは一目瞭然だ。

「ベ、ベノボルト…本当か?」

「あぁ、本当の話しじゃ無ければ、何故私がそんな事を知っているのだ」

 ベノボルトの姿を見て開口一番に言う一言目から一体何の話をしているのかヴィンセントには分からない。

「そ、そうだな。疑って悪い。ヴィンセントも協力してくれるのか?」

「あぁ、そうだ。こいつは猊下の側遣いだしな、お前の望み通りヴィンセントも連れて行く」

「そ、それじゃあ、私が猊下の奴隷をくすねている事を問い詰められて…その…殺される事もないんだな、?」

 何の話をしているのだろうか。猊下の奴隷をくすねている?
 疑問が次々押し寄せてくるが問いただす訳にもいかない。とにかく今はただただべノボルトの指示に従い話を合わせるしかない。

「では、私の屋敷へ行くぞ。マナ探知をされないように牢に入って貰うしか無いが、許してくれ」

「あぁ、死ぬよりはマシだ。ヴィンセントもありがとう。助かるよ」

「いえ、ディスクラム枢機卿のお命の為ですから」

 素直にベノボルトに従うディスクラムに違和感を覚えるが、さっきの話の通り何か事情があるのだろう。
 此処で純粋に疑問が生まれる。
 猊下の奴隷に関して盗みだか、何やら、やらかしたらしいディスクラムはベノボルトに助けを求めて本当に助けて貰えると思っているのだろうか、と。
 枢機卿達は知っている筈だ。このベノボルトと言う人間について。何度も言うように彼は面白い事や楽しい事にしか興味を持たず普段はただの飲兵衛であるという事を。
 ヴィンセント自身も体験した事があるので父のように慕いながらも、そう言った面では全く信用していないのだ。もし、今後自分がラミアンから命を狙われる事があってもベノボルトだけは頼る事は無い。だが、そんな思考すらなさそうに思われる。

「猊下が転移してきては困るからな、水晶も預かろう」

 ディスクラムは言われるがままに転移水晶をベノボルトに渡し、ベノボルトの転移魔法でベノボルトの屋敷まで飛ぶ。
 眩しいほどの暖かい光が落ち着いた頃。目の前は牢屋で中にはディスクラムがいる。ベノボルトとヴィンセントはそれを外から見ている何とも不思議な気分だ。
 ディスクラムと別れた後、ヴィンセントの目に映ったのは他の行方不明になっている筈の枢機卿達も投獄されている光景だった。反響の魔法がかかっているのか中からの声が聞こえてくる事はない。
 ヴィンセントに必死に何かを訴えてかけているが、そんな事に構うよりも今の状況をベノボルトに確認したい気持ちが勝った。

「どう言う事なのですか?ベノボルト様」

「ん?あぁ、ちょいと手紙を送ってな、このままだったら猊下に殺されるぞ!っと脅したら、自ら牢屋に入ったんだ、こいつら」

「はい、それは先程も見てましたので、分かりますが…」

「リーンからな、面白い提案を受けたんだ。枢機卿達の悪事を教えるから牢屋に繋いでおいて欲しいってな」

「ディスクラムは何故私を呼んだのでしょう?」

「お前は頭がいいから信用出来るんだそうだ!アハハハハ!まぁ、それがなくても連れてきてたがな。リーンからの指名だ。頑張れよ!」

 それからベノボルトからリーンと言う少女の協力している事。その少女から枢機卿達の悪事を聞き、それを手紙に認めて脅すと助けてくれと縋り付いたので牢屋に入れて置いた。という何とも突端話を聞かされたのだった。

 それからベノボルトに匿われているティリスと再開し、ティリスもリーンに頼まれ、この作戦に参加する事を聞かされた。
 詳細は明日、その少女から聞かされる、とだけベノボルトは言い、ヴィンセントとティリスを2人きりにしてくれた。

「ティリス。少し顔色が良くなったな」

「リーン様からソウザイパン?と言うものを頂いたからでしょうか?」

「リーン様はどんな方なのだ?ベノボルト様も信頼なさっているように見えたが…」

「リーン様はヴェルムナルドール様です」

「…?」

「リーン様は女神様です」

「…女神様…ヴェルムナルドール様?」

 ヴィンセントの反応に楽しいそうに笑うティリス。笑顔のティリスに安心したヴィンセントも笑顔になる。

「ヴィンセント。リーン様は必ず我々を、いえ、我々の国を救って下さいますよ」

 ティリスがここまで回復したのは神の力のお陰なのか、それとも彼女の聖魔法の為せる技なのか、それをヴィンセントには判断する事は出来なかった。
 しかし、あの気まぐれで自由人のベノボルトを動かし、頑固で用心深いビビアンを動かし、1度しか合っていないティリスがここまで信用しているのなら、本当に神なのかも知れない、と言うことだけは理解した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

虎はお好きですか?

兎屋亀吉
ファンタジー
 死した後、転生を繰り返す一柱の神がいた。正確には元神が。  前世ではひどい目にあった。まさか運悪くブラック企業に就職してしまって過労死するとは。今世は労働基準監督署がすべてを支配しているような世界だったらうれしいな。おっと久しぶりの人外転生ですか。人間関係に悩まされる心配は皆無ですね。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

処理中です...